Mystisea
〜想いの果てに〜
四章 覚悟と命
11 ヘルムート
「早速ご登場だ」
ヘルムートが前方を見ながら三人に警戒を促した。遠目から<ホーン>が放つ不気味な光が眼に入る。レイとセリアにとっては初めて出会う魔獣でもあるので、必要以上に緊張していた。
「危なくなったら下がれよ」
その言葉が二人に向けられたのか、それとも三人に向けられたのか、それは分からなかった。ヘルムートは槍を構えて<ホーン>の前へと躍り出る。
「久しぶりだな。つっても俺にとってはついさっきでもあるんだがな」
悠長に挨拶をかますヘルムートにマリーアは呆れてしまう。人間の言葉を理解するわけもないのに、何を馬鹿なことをするのだと。
言葉の意味を理解したわけではないだろうが、<ホーン>はヘルムートを見るとその凶暴性を露にした。恐らく自分を傷つけた相手を覚えていたのだろう。完全にヘルムートだけを見ていた。
「グルォォォォ!!」
唸り声を上げて<ホーン>はヘルムートに向かって突進する。その素早さはかなりのもので、注意していなければ普通ならやられてしまうだろう。
ヘルムートはそれを槍で受け止めた。尚も<ホーン>は離れようとせず、自分に向かってくる。槍を挟んだ力押しになってしまう。ヘルムートだけならば力に敵わず早々に避けるが、今は違った。何とか耐え凌いでいる間に、マリーアが横から颯爽と現れ蹴りを<ホーン>にかます。
「やるねぇ」
女とは思えない実力を持つマリーアを見て、ヘルムートは感心した口調を見せる。強い女は嫌いではなかった。
倒れこんだ<ホーン>を追うように、マリーアは追撃を仕掛けていく。けれど<ホーン>もすぐに立ち上がり、今度は標的をマリーアに向けてきた。その素早い突進にマリーアは防ぐ術を持たず、吹き飛んでしまう。
「先生!」
セリアが慌てて駆け寄り、傷の具合を見る。そんな二人を狙わないように、レイが<ホーン>を挑発していた。<ホーン>はそれによってレイを向き、今度はレイへと突進する。目の前でやられると予想以上の速さにレイは驚き、無意識に身を竦める。けれどその間にヘルムートが現れ、レイを庇った。
「勇気あるじゃねぇか。それでこそ男だ」
「ヘルムートさん……」
マリーアとセリアに攻撃を行かせないように、レイが<ホーン>を挑発したことを言っているのだろう。その賛辞の言葉にレイは嬉しく思った。
「おらっ!」
ヘルムートは槍を振り払い、<ホーン>の身体に傷をつける。足を怪我しているとは思えないほどの動きだった。身体を傷つけられた<ホーン>は先ほどよりさらに怒りを表した。その叫び声に四人は耳を塞ぎたくなる思いだ。この狭い場所が余計に響かせているのだろう。
「うるせぇやつだ」
再度ヘルムートは<ホーン>に向かって槍を薙ぎ払う。<ホーン>はそれを避けて横からヘルムートへと突進してきた。それを槍で受け止め、その<ホーン>の横からまたもやマリーアが攻撃を仕掛ける。
「私を忘れないでちょうだい」
「あんた、強いね」
「あなたもね」
<ホーン>を前にして、ヘルムートとマリーアは横に並んだ。
そして同時に二人と一体が動き出す。
「俺は左から行く!」
「分かったわ」
それを合図にヘルムートが左へと走りこみ、マリーアは右へと走りこんだ。<ホーン>はヘルムートを狙っているようで、ヘルムートの姿を追い続けていた。そして素早い動きでヘルムートへと攻撃を仕掛ける。
「ってぇ…!」
痛みに顔を顰めながらも、ヘルムートは倒れずにその場に踏ん張る。そしてヘルムートを囮に、マリーアが後ろから駆けて<ホーン>の身体へと渾身の拳を打ち込んだ。それにより<ホーン>はその場で倒れ、やがて絶命した。
「ふぅ……」
「大丈夫ですか!?」
怪我を負ったヘルムートにセリアが駆けつけてその治療をする。後ろからレイも心配そうに見ていた。この戦いでは二人の出番は余りなく、ほとんど後ろで見ているだけだったとも言える。それほどまでに、マリーアとヘルムートの強さに圧倒されていた。
「ありがと。おかげで助かった」
その言葉は三人に向けられていた。それを素直にマリーアは受け取る。そしてヘルムートは辺りをゆっくりと見回した。
「えっと……あぁ、あった」
やがて一点を見つけると、そこへ向かって一直線に歩き出す。その向かった先の壁には、掌に収まるくらいの鉱物が埋もれていた。ヘルムートは迷いもせずにそれを手に取り、マリーアたちに向き直る。
「よし。目的は果たしたし、サレッタに帰るか」
「そんな小さなものが兵器になるんですか……?」
「あ?あぁ……こう見えて結構凄いんだぜ、これ」
ヘルムートは鉱物を笑いながらレイに見せていた。それは年相応ともいえる幼い笑顔だ。
「ヘルムート!生きてたのか」
「悪かったな。心配かけて」
「何言ってやがる。誰もお前の心配なんかしてねぇよ」
「何だよそれ」
「ガハハハハッ」
ヘルムートの姿を見たダインは大口を開けて笑っているが、心の中では無事に帰ってきてくれて安心していた。ヘルムートもダインのそんな様子に苦笑している。
今この場にいるのはマリーアとヘルムートだけだ。レイとセリアは港に行く前に宿へ帰るように言っていた。それから二人だけで港まで来たのだ。ヘルムートの顔を見るたびに、船乗りの男たちはこぞって嬉しそうな顔をしていた。それだけでヘルムートが港の男たちからどれだけ愛されていたかが分かる。
「まぁ、無事で良かったや」
「女神が助けに来なきゃ死んでたけどな」
「女神ぃ?」
おどけた調子のヘルムートを、ダインは頭がいかれたのではないかと一瞬心配した。けれどすぐに隣にいるマリーアを見て分かる。
「あぁ、姉ちゃんのことか」
「ね、姉ちゃん……?」
そんな言い方をされたのは初めてでもあったので、マリーアは目を丸くしていた。ダインから見ればマリーアはまだまだその部類に入るのだろうが、すでに三十路に近い歳ともいえるマリーアは、悔しいけれど自分がそうではないという自覚はしている。
「ガハハッ。ヘルムート、お前いい女を見つけたな」
「お?やっぱり分かるか?」
「何を言っているんですか!冗談は止めてください!」
砕けた調子で話を続ける二人にマリーアは制止をせずにはいられなかった。だがそれを聞いたヘルムートは僅かだけれど顔を顰めて反論する。
「別に冗談じゃないんだけどな……」
「何か言いましたか?」
「い、いや……」
けれどマリーアに物凄い形相で睨まれれば、それもすぐに終わってしまった。それを見たマリーアは、未だ不機嫌な顔をしながらもダインに尋ねる。
「それで……船のことなんですけど」
「あぁ。マールへ行きたいんだったな。そうだなぁ……後二週間以上はかかるな」
「二週間!?」
ダインが提示した期間に、マリーアは驚きを示した。すかさずダインへと食って掛かる。
「彼が鉱物を取ってくれば兵器は作れるんじゃないんですか!?」
「そうだ。兵器はすぐに作れるだろうが……それを動かすためには魔力を持った魔道士が何人か必要なんだ。今その旨をマールへと伝えに行かせてるが、それらを連れて帰ってくるにはまだまだかかるんだよ」
「そんな……二週間以上も待ってるなんて……」
僅かに希望が見えてきても、すぐに絶望の底へと追い落とされてしまう。今回もそうだった。マリーアは魂が抜けたように、呆然とその場に突っ立ってしまう。
「……済まないな。騙すような真似をして」
「いえ……」
「どうする?出航するまで待つか?それとも……歩いて行くか?」
「……それしかないですね」
出航が出来るようになるまで待っても、恐らく歩いていくよりは早くノルンに着くことが出来るだろう。それでもマリーアは長い時間をかけて歩いていくことを決めた。この町に留まり続けることは難しいのだ。いつ帝国の人間がここへ探しに来るか分かったものではない。ましてやつい先日に第三騎士団と遭遇しているのだ。マリーアの考えではシェーンが密告することはないだろうが、部下である騎士たちから漏れる可能性は十分考えられた。リュートの傷を治すためにも後二、三日は滞在するであろうが、治り次第にすぐ出発することになるだろう。決して楽な道ではないとこを行かせることに、マリーアは四人に心の中で深く謝った。
「ダインさん。お世話になりました」
「……そうか。本当に済まなかったな」
「いいえ。仕方のないことですから」
「……道中、気をつけな」
「ありがとうございます」
ダインの眼を見ると、それは全てを見透かすかのようにマリーアを見ていた。マリーアはもう一度深く礼を言い、港を後にする。
そして、二日後のまだ陽も昇っていない早朝。
傷も大分癒えたリュートを見て、セリアは回復力が早いと言葉を零していた。それには他の皆も納得している。
二日の間ほとんど宿に引き篭もっていた五人は部屋を出て、まだ人もいない町の通りを歩いていた。すでに前金として宿の主人にも金を渡していたため、今朝はまだ誰にも会ってはいない。このまま誰にも会わずに町を出て行けると信じていた五人の前に、道を塞ぐように人影が現れた。それを見たマリーアは警戒を強めて構える。
「おいおい、そんな警戒するなよ」
その聞き覚えのある声に驚き、マリーアが声の主の名を呼んだ。
「ヘルムート……さん?」
「正解!声だけで俺のことが分かるなんて嬉しいね」
「……何を言ってるんですか」
やがて五人の前に姿を現したヘルムートにマリーアは呆れてしまう。そしてまだヘルムートに会ったことのなかったリュートが、知り合いであると思われるマリーアに尋ねた。
「先生、この人は?」
「この前話したでしょ。坑道に倒れていた男よ」
「この人がですか!?」
「何だ?俺ってそんな有名か?」
「そんなわけないでしょう」
終始ふざけているヘルムートを前に、マリーアはなぜここにいるのかと疑問が浮かんでくる。この時間は普通ならまだ誰も起きているはずがないのだ。まさか偶然ではないだろう。
「それよりどうしてここへ?」
「あぁ。そりゃ俺もあんたたちに着いていくからさ」
その予想だにしなかったヘルムートの言葉は、マリーアだけでなく他の四人でさえも言葉を忘れたかのように口を開けなかった。