Mystisea

〜想いの果てに〜



四章 覚悟と命


12 マリーアの誓いと覚悟








「な、何を言ってるんですか!?」
「何って……だから一緒に行くって言ってるだろ」
 一番に言葉を思い出したマリーアが、理解出来ない言葉を放つヘルムートに食って掛かる。逆にヘルムートもマリーアが聞き返す意味が分からないとばかりに、飄々とした態度で佇んでいた。
「そんなの駄目に決まってるでしょう!私たちは遊びで旅をしてるわけじゃないんです!」
「知ってるさ、そんなこと。お前たちが帝国から逃げてるなんてな」
「え……?」
 スラリとヘルムートの口から紡がれた言葉に、マリーアは一瞬呆気に取られていた。けれどすぐに目の前にいる男に対して警戒を強める。そんな姿を見たヘルムートは、ただ苦笑しているだけだった。
「どういうこと……?私たちの正体を知っていたの!?」
「最近じゃこの辺りで専らの噂だ。帝国の最強を誇る騎士団を養成するとこでもある士官学校の女教官が、同僚であるあのライルを殺し、さらには皇帝までも殺そうとし、あまつさえ生徒を数名人質して逃げた……ってな」
「な……何だよそれ!そんなのデタラメだ!」
 その聞き捨てならない言葉に、リュートが有り得ないと怒鳴った。同じようにレイとセリアも口々に同じことを言う。マリーアもそのことに驚きを隠せず、身体が少しだけ震えていた。ヒースだけが相変わらず無表情に佇んでいる。
「分かってるさ。けどな、これは噂ではなく事実だ。帝国の宰相であるアイーダが世界中に公表したんだよ」
「そんな……」
「もちろんそれが作り話だっていうことが分かってる者もいる。主に……帝国から酷い扱いを受けている連中だな。サレッタの船乗りたちだって、誰一人信じてやいないさ。けど、ほとんどの人間はきっと信じてるだろうな」
「それは本当のことなんですか!?先生だけが……そんな扱いを受けるなんて……絶対おかしい!!」
「そうだな。俺もそう思うさ」
「それじゃ……ダインさんも……?」
「……あぁ。あんたがお尋ね者だって最初から知ってたさ。急ぎの旅だと知っていたのに、黙ったまま俺を助けに行かせてホントに悪かったってさ」
 それでマリーアは納得した。最後に交わしたダインの言葉が、マリーアの中で引っかかりを覚えていたのだ。まるで全てを知っていたかのようだった。
「とにかくだ。事情はだいたい知ってる。別に一緒に行ってもいいだろ?損はしないと思うぜ」
「けれど、知っているならなおさら貴方を連れて行くわけには……」
「そんなに俺のこと信用ない?帝国に密告するとでも思ってるのか?」
「そうじゃありません!」
 傷ついたような顔をするヘルムートに、すかさずマリーアは言葉を放った。するとヘルムートはそれを聞いた瞬間に、その顔を引っ込めて嬉しそうな顔をする。その表情の変化にマリーアは騙されたと思った。
「もしかして、俺のこと心配してくれてる?」
「……違います!」
 ニヤニヤした笑みを浮かべるヘルムートに、マリーアは怒りも湧き起こらずただ突き放すだけだった。そんなマリーアに、ヘルムートは残念そうな顔をする。
「ふーん。じゃぁ何でだ?」
「それは……」
 本当はヘルムートの心配であっていたのだが、素直に頷くのは戸惑われた。何か言い訳を探そうと視線を周囲に向けると、そこでもう一つの理由に思い当たる。
「理由は言えません」
 けれどそれを言葉にすることは出来なかった。そのマリーアの発言にヒースは顔を俯かせる。恐らく自分のことなのだろう。その優しさがヒースにとって嬉しくもあった。けれどヒースはマリーアと違って、珍しくヘルムートが一緒に来ることに賛成だったのだ。
「言えないってな……」
「俺のことだったら気にしなくていい」
 なおも渋っているヘルムートの言葉を遮って、ヒースが言葉を発した。するとその場にいた全員がヒースの方を見る。
「ヒース……?」
「……先生、別にいいじゃないですか。この人悪い人じゃなさそうですし、別にヒースのことだって大丈夫ですよ!」
「リュート!貴方は分かってないわ!」
 それはリュートとマリーアの二人ともが、ヒースを想っての言葉だった。
リュートはヒースにたくさんの人と触れ合って欲しくて。マリーアは魔の子という存在を隠したくて。そのどちらが正しいかなんてなかった。どちらにも考えはあるものだ。
「けど先生!ヒースはもっと人と一緒にいるべきです!」
「それはそうかもしれないけど……」
 その先を言葉にすることはマリーアには出来なかった。
 けれど、どんなにいい人だとしても魔の子と知れば反応は一変するものだ。それがリュートには分かっていない。同時に、いつまでも分からないままでいて欲しかった。その矛盾した考えにマリーアは苦笑を浮かべる。
「いったい何の話してるんだ?」
 そこで一人蚊帳の外になっていたヘルムートが会話を遮って言葉を発した。マリーアはヘルムートとヒースを交互に見て、何て言ったらいいか分からずに言葉を濁す。
「それは……」
「すぐに分かる。どうせマールまでの間だけだ。それまでは……我慢してくれ」
 その言葉の意味に、それぞれが理解出来ない思いと理解出来た思いで半々だった。ただ一人全てを分かったような顔をするヒースは、時間が惜しいとでも言うばかりに歩き始める。その方角は紛れもなくマールの方面だ。このままここにいれば話が終わらないと思ったのだろう。
「おい、ヒース!ちょっと待てって!」
「あ、リュート!」
 一人先を歩き出すヒースをリュートが真っ先に追いかけ、そのリュートをレイが追いかける。このまま戻ってくる気配のないヒースたちを見て、マリーアは複雑な顔を浮かべながらため息を吐く。
「ため息吐くと幸せが逃げるぞ」
「……ほっといてください」
 自分は賛成したわけでもないのだが、どうやらすでにヘルムートが着いてくることは決定事項のようだ。マリーアも先を行く生徒たちの姿を見ながら、自分も歩き始めた。






 アルスタール帝国の西にある魔導国家マールへと行く方法は二つ。一つが港町サレッタから船でマールのノルンへと行く方法。もう一つが徒歩で二国間の国境でもあるジュデール橋を渡る方法だ。
 ジュデール橋はアルスタール帝国と魔導国家マールを結ぶもので、この橋を渡る以外に歩きでマールへと行く方法はなかった。ジュデール橋の中央が正確な国境であり、そこからマール側とアルスタール側に分かれている。そして軍隊は許可無く相手国の領地へ渡ることは禁じられていた。
 サレッタからジュデール橋へ行くには険しい道のりではないのだが、早くても数日はかかるだろう。けれど比較的穏やかな道のりなので、それほど苦になることもなかった。
 ヘルムートを新たに連れて、リュートたち六人はその日何時間も歩き続け、夜になると魔獣も訪れなさそうな安全な場所に寝床を構える。最初はすぐに音を上げていたリュートたちだが、すでに慣れきったのか何時間歩き続けても、何も文句を言うことはなかった。けれど疲労は隠せず、すでにみんなが疲れ果てている。それに加えてリュートは病み上がりでもあるので、言葉には出さないが一番辛い思いをしているのだろう。もう立てないとばかりに、その場に横になった。
「大丈夫、リュート?」
「大丈夫だって。ちょっと疲れただけ」
「無理はしないでよね」
 セリアとレイがリュートの身体を心配し、横になるリュートを上から覗き込んでいた。それに恥ずかしさを少し顔に出しながら、リュートは笑って答える。そんな三人をマリーアは微笑んで見守っていた。
 けれど後ろでヘルムートの小さな驚愕の声を聞き、慌てて後ろを振り返った。
「ヒース!?」
 そのヒースとヘルムートの状況に、マリーアは驚きの声を上げる。ヒースがヘルムートの前でバンダナを取り外していたのだ。よく見れば、瞳の色も漆黒に戻っていた。その様子を眼にしたヘルムートは声も出ないほどに固まっている。
「……」
「魔の子……」
 僅かにその小さな呟きをヘルムートは発しただけだった。ヒースは何も言葉を返さずに、ヘルムートと視線を交わす。マリーアもそんな二人の様子に、言葉を挟むことも出来なかった。
 その膠着状態の中で最初に言葉を出したのはヘルムートだ。
「あんたたちは知ってたのか……?」
 それはマリーアに向けられたもので、彼女は静かに頷いた。
「知ってたわ。例え貴方でもヒースに何かをしようと言うならば、私は貴方をどうにかしなければいけない」
「……そうか」
 そのマリーアの言葉に、ヒースが大切にされていることが理解出来た。ヘルムートにとってはすぐに理解出来るはずもなく、言葉を探すようにまた黙る。そんなヘルムートにヒースが声を掛けた。
「少しだけ二人で話をしたい」
「何……?」
「それはダメよ!」
 ヘルムートが訝しげに首を傾げ、マリーアはすかさず止めに入る。
「二人で話すのは危ないわ」
「……それって俺を信用してないってことか?」
 マリーアにとって自分よりも目の前にいる魔の子を庇うことに、ヘルムートは軽い嫉妬心を覚えた。
「大丈夫だ」
「ヒース……」
「別にいきなり襲ったりなんかしないっての」
 心外だと言わんばかりにヘルムートはマリーアに言葉を向けた。そして未だ不安そうな顔を浮かべるマリーア見ながらも、ヒースとヘルムートは連れ立って歩いていく。着いた先がマリーアのいる場所から見えるとこだったので、安心しながらもマリーアは二人の様子を見守っていた。もちろん何を話しているのかなんて聞こえてくるはずもない。何かおかしな様子があればすぐに駆けつける準備だけは怠らなかった。
 けれどマリーアの考えも杞憂に終わり、しばらくすれば二人は一緒にマリーアの元に戻ってきた。それからすぐにヒースは一人で寝る準備を始め、ヘルムートはマリーアの前に腰を下ろす。
「何を話してたの……?」
「……別に大したことじゃないさ」
 それは明らかに誤魔化した答えだった。マリーアは怪しく思ったが、深くは追求することはしない。
「なぁ……」
「……?」
 ヘルムートが珍しく口籠りながら言葉を掛けた。それにマリーアは違和感を感じながらも、その言葉が紡がれるのを待つ。
「どうして逃げ続けるんだ?」
「……」
「真実がどうであろうと、あんたはすでに反逆罪なんだ。本当に帝国から逃げられると思ってるのか?帝国だけじゃない。マールもレーシャンも、あんたらを逃がしはしないはずだ。そうまでして、逃げ続ける必要があるのか?」
 その言葉は確かに正論だった。本来ならマリーアたちに逃げ続ける場所などないのだ。例え一時の場所を見つけても、すぐに逃げることになってしまうのだろう。ヘルムートの考えは当たり前のことでもあったが、マリーアはすでに決めたのだ。
「確かに貴方の言う通りだわ。もし逃げるのが私だけだったら、すぐに諦めていたかもしれない。けれどリュートたちは違うわ。彼らはただ巻き込まれただけ。本当なら今頃騎士団に入っていたはずなのに……私たちがあの子たちの人生を狂わせたのよ」
「それは違うだろ。お前もあいつらも、帝国に狂わされたんだ」
「そうかもしれないわね。けれど巻き込んだのは事実よ。だからは私は誓ったの……あの子たちを守るって」
 その決意は固いものだった。誰に何を言われても、そう簡単に変えられやしないのだろう。
「覚悟はあるのか?この先何が起ころうと、何を犠牲にしようと、あいつらを守るっていう覚悟は」
「あるわ」
「……そうか。ならあんたは何も気にせずにあいつらを守れ。そんなあんたを俺が守ってやる」
 その言葉は予想外だったけれども、マリーアの心を癒すには十分なものだった。
「ありがとう……」
 ヘルムートは照れたような笑いを浮かべ、恥ずかしさに話を変える。それからは重い話題は消えて、しばらくの間二人だけで会話が弾んでいた。