Mystisea
〜想いの果てに〜
四章 覚悟と命
13 避けられぬ戦い
サレッタを後にしてから数日、リュートたちはやっとの思いでジュデール橋に辿り着いた。見渡す限り、ジュデール橋は長く続いており、その先にマールが見える。その長さは普通に歩いても数十分はかかった。その中間には軽い関所みたいものがあり、そこが本当の国境なのだろう。
「久しぶり……」
この中で唯一マールが生まれ故郷であるセリアが、そのジュデール橋を見ながら呟いた。リュートとレイは初めて見るために、興奮気味に軽く騒いでいる。
「さて……どうやって通ればいいのかしら。さすがに兵士は数人いるわよね……」
中間の関所に必ずマールと帝国の兵士が数人は配置されているのだ。出来れば見つからずに通りたいとこで、マリーアは橋を見ながら悩んでいた。けれどその隣でヘルムートが楽天的に言葉を発する。
「別に今さら考えたって始まらないだろ。行けばどうにかなるさ」
「けどもしばれたら私たちがマールにいることもばれるのよ?」
「……だが、ここを通るんだろ」
今度はヒースがヘルムートの言葉に同調していた。それでもマリーアは悩んでいたが、今いる中で一番の楽天家の言葉でそれも吹き飛んでしまう。
「いいじゃないですか!行けば何とかなりますよ」
リュートの眼は輝き、それは明らかに早くこの橋を渡りたいと思っている眼だった。マリーアはそれに呆れ、一人で悩んでいた自分が馬鹿らしく思えてくる。
「そうね……。それじゃ行きましょうか」
やっと決意し、リュートが先頭を走りながらジュデール橋を渡り始めた。けれどマリーアはジュデール橋を進むたびに、なぜだか不安が胸を過ぎる。それを確信させるかのように、国境まで半分ほど歩いた所でセリアが口を開いた。
「どうして、人が一人もいないのかしら……」
「え……?」
マリーアがその言葉に反応した。マリーアはここへは一度しか来たことがなかったために、その言葉でやっとおかしいことに気づく。
本来なら今の時間であれば、このジュデール橋は人で賑わっているはずなのだ。二国間を行き来する人や、行商人などがたくさんいるはずなのに、今はマリーアたち以外の人間は誰一人いなかった。その不気味な光景を見ながら、マリーアは微弱だった不安が一気に膨れ上がる。
その時、突然ヘルムートが後ろを向いて叫んだ。
「後ろだ!!」
その言葉に最後尾を歩いていたマリーアが、セリアの身体を掴んで前へと跳躍した。そのすぐ後に数本の矢が降りしきる。
「そんな……!?」
マリーアが体勢を整えた後に、後ろを振り向くとその状況に驚愕の声をあげる。マリーアたちが通ってきた場所を、退路を塞ぐようにと帝国騎士団が立ちはだかっていたのだ。その数もかなりのものだった。
「ガルドー!?」
そして先頭を行っていたリュートから、その名前が聞こえてまたもやマリーアは後ろを振り返る。それを見てマリーアはやっと、嵌められたことを悟った。国境の前にもまた同じくらいの帝国騎士団がいたのだ。その中心には、ガルドーが斧を携えて立っていた。
「やっぱ予想通りだな……」
隣で呟かれた声に、マリーアはその人物を見た。
「どういうこと!?貴方まさか!?」
全てを知っていたかのような言葉を紡ぐヘルムートに、マリーアは疑いの眼差しを向ける。それを受けたヘルムートは軽く傷ついた表情を見せながらも、マリーアの考えを否定した。
「言っとくけど俺は密告なんかしてないぜ。けど……ここで騎士団が待ち伏せしていたのは予想していた」
「……!?だったら何で言わなかったのよ!?」
「言ってあんたはどうした?マールへ行くのを諦めたのか?あんたらはどこにも行くあてがないんだろ!?だったら待ち伏せされても、ここを通るしかないだろ!」
「ヘルムート……」
「……安心しな。あんたらは必ずマールへ行かせてみせるさ」
そのヘルムートの表情は、今の状況に似合わないくらいに不敵に輝いていた。それを見たマリーアは、ヘルムートが何を考えているのか分からず不安になる。
「この数を相手になんて……」
「俺はあんたに命を助けてもらった。今度は俺が助ける番だろ?……見ろ、敵将のお出ましだ」
「……あれは!?」
ヘルムートが顎で促した先には、マリーアがよく知る人物がいた。その人物はニヒルな笑みを浮かべ、マリーアの眼をジッと見詰めている。
第四騎士団団長――ヘレック=ダストーン
それはかつて、マリーアが士官学校時代に仲が良かった者の一人だった。
「知り合いか……?」
「えぇ。とってもね……」
「……けれど、敵だ」
「分かってるわ……」
昔は仲も良かったが、士官学校を卒業して教官と騎士の道に分かれた時に、ヘレックとはほとんど交流もなくなっていた。こうして姿をお互い確認するのも久しぶりなのだ。それでも、マリーアはヘレックと戦いたいとは思わなかった。
「先生……」
「セリア、貴女は後ろに下がりなさい」
マリーアとヘルムートが後方のヘレックたちと対峙しているように、リュートたちもまた前方のガルドーと対峙していた。前後から挟まれ、逃げ道なんてあるわけもない。戦いは必至だった。
「分かりました……」
戦おうと決めたはずなのに、やはりそれが目前に迫ると足が竦んでしまう。自分がいては、また迷惑になるのだろうとセリアは感じていた。騎士団相手では自分が戦うことすら出来ないことに、悔しさでいっぱいなのだ。
「行くぞ!」
「えぇ……」
「よく来たな、リュート」
「ガルドー……」
あれからまだそんなにも日が経っていないというのに、再び目の前に現れたガルドーにリュートは呆然と立ち尽くしていた。
「何でここに……」
「決まってるだろ!今度こそお前を殺しに来たんだ!」
「何度言ったら分かるんだ!俺はお前と戦いたくなんてない!」
「……まぁいいさ。今日は絶対にお前を殺すと決めた。例えお前が剣を抜かなくてもな!」
ガルドーは大きな斧を手に持ち、リュートと対峙した。そして隣にいるヒースにも眼を向ける。
「ふんっ!まだ悪魔と一緒にいるのか……」
「……!?その言葉を取り消せ!」
「そんなにお前にとってその悪魔が大切なのか?だが安心しろ。その悪魔もお前も、共に死んでいくんだからな!……殺れ!」
ガルドーの最後の言葉が合図となり、リュートたちの前方にいる帝国騎士が一斉に動き始めた。リュートはそれを見て、僅かに躊躇するが、そのすぐ後に自ら剣を抜いて構えだす。それを後ろで見ていたレイが、非難を交ぜた驚きの声を上げた。
「リュート!?」
「……戦いたくなんてない。けど、俺はもう決めたんだ。ヒースを守るって……」
「……」
その言葉に、レイもヒースも、何も言葉を発しなかった。その間に徐々に騎士たちが近づいてくる。覚悟を決めて、リュートは彼らに挑んだ。
「レイ、お前は後ろにいろよ」
「リュート……?」
「お前は優しいからさ。人を殺すなんて出来ないだろ」
「そんなの、リュートだって同じじゃん!リュートだって優しいよ!」
「けど……俺はもう、人を殺してしまったから」
「……!?」
リュートの口から発せられた内容は、レイにとって初めて知る事実で、それに驚愕した。自分のことでもないのに、腕が震え出す。身も震え、真っ直ぐにリュートの眼を見れなくて、地面に視線を向けて俯いてしまう。リュートはそんなレイを何ともいえない表情で見ていた。その瞬間初めてレイは、いつの間にか出来たリュートとの距離を実感したのだ。
「紅蓮の焔をここに!」
二人が話をしている間に、近づく騎士たちを牽制するようにヒースは魔法を放つ。そして一人でそのまま騎士相手に突っ込んだのだ。
「ヒース!?」
その行動にリュートは大声を上げる。ヒースもまた、リュートに人を殺して欲しいなんて思っていない。出来ることなら、敵の全てを自分が片付けたいと思っていた。
ヒースが動いたのを見て、リュートもまたすぐに動き出した。もちろんその方向は、自分たちに向かってくる騎士たちであって。そんなリュートを見ていたレイは、その場を動けずに立ち尽くしていた。
「ヒース!……ッ!」
すでに敵と衝突しあい、リュートは騎士に向かって剣を振るっていた。完全に断ち切ったわけではないが、それでも以前のように迷いは感じられない。ヒースを助けに行こうとするが、騎士たちにその道を阻まれていた。思うように動けずにいるとこで、リュートの前方にガルドーが現れる。
「立派じゃないか、リュート。それなら本気で戦えそうだな」
「ガルドー……」
以前は攻撃することもなかったのに、今では全然変わっていた。その変貌にガルドーは驚きながらも、本気で殺せることに嬉しさのあまり笑みを浮かべる。
「悪魔の心配をするくらいなら、自分の心配をしな!」
そうしてガルドーは斧を豪快に振るった。それをリュートは剣で受け止めるが、力の差で押し負ける。
「何で……何でそこまでお前は俺を殺したいんだ!?俺が一体お前に何をしたんだ!?」
今の攻撃が確実に自分の命を狙ったことであることに気づいていた。あれからいくら考えてもその理由に心当たりは浮かばない。
「やはりお前にとっては心当たりにもならないんだろうな……。所詮お前にとって、俺はそういう存在なんだよ!」
「そんなわけないだろう!俺はずっとお前をライバルだと思っていたさ!お前はそうじゃなかったのか!?」
互いに斧と剣をぶつけ合いながら、二人は叫びながら会話をしていた。
「ライバルだと……?俺を見下していたくせに、よくもそんなことを言えるな!」
「見下してなんていない!お前は勘違いしてるだけだ!」
「どうだかな!」
ガルドーが斧を横薙ぎに振り払い、リュートはそれを後ろに下がって避ける。そのままお互い間合いを取って、次の攻撃の隙を伺っていた。しかし突然ガルドーが斧を一旦下げて、口を開いた。
「……初めて模擬戦をした日のことを覚えているか?」
それはガルドーがリュートを恨むきっかけになった出来事でもあった。