Mystisea

〜想いの果てに〜



四章 覚悟と命


14 ガルドーの想い








 当時、士官学校に入学したばかりの生徒たちはまだ幼く、身体も子供のような者たちばかりだった。その中で一際大きな身体を持ち、その強さと体格からみんなに憧れられる生徒がいた。それがガルドーだ。
 上級生さえも上回る身体を持っていたことにより、ガルドーは周りのみんなから恐れられると同時に、慕われていた。けれど入学してから数ヵ月後、初めての模擬戦でリュートと試合をした日により、その生活も一変してしまったのだ。
 リュートもまた強い方ではあったのだが、力の強いガルドーに勝てるとはほとんどの人が思っていなかった。けれど結果はガルドーの惨敗に終わった。ガルドーもまた自分を負かしたリュートに憤りを覚えたのだが、問題はその日の夜の出来事だったのだ。
「しかしすごいよ、リュートは!」
「どうしたんだよ、急に」
「今日の模擬戦のことだよ!あのガルドーをあっさり負かしちゃうなんてさ」
「そうそう!みんな驚いてたぜ」
 ガルドーが休憩室へ行こうとしていた時、ちょうど中からその会話が聞こえてきた。内容が自分に関わることだったために、思わず立ち止まってしまう。そのまま会話が続くものだから、出るに出られずに休憩室の扉を挟んでリュートたちの会話を聞いていた。
「そうか?へへっ、ありがとな」
 まだ高く、変声期を迎えていないような声でもあった。そのリュートの言葉にガルドーは部屋の外でムッとする。それと共に、リュートの周りにいる同級生たちも騒ぎ始めたのだ。
「でもホント凄いよ。あの時のガルドーの顔見たか?とてもじゃないけど、信じられないって顔だったぜ」
「俺も見たぜ!何か阿呆な顔だったよな」
「確かに。でも俺も最初は信じられなかったな。ガルドーは俺たちの中でも一番力が強いだろ?リュートも強いほうだけど、さすがに負けると思ってたし。なのにあっさり勝っちゃうんだもんな」
 その同級生たちは昨日までガルドーの傍にいた友達でもあった。その友人たちから信じられない言葉を聞き、ガルドーはその場に立ち竦んでしまう。さらにそれに追い討ちをかけるように、リュートの言葉にみんなが反応する。
「確かにガルドーは身体もでかいし、力も強いけどさ。でも動きは遅いだろ。戦いは別に力だけじゃないと思うな」
「へぇ……さすがリュートだな」
「ハハッ、確かにガルドーはノロマかもな。あの身体だからしょうがないかもしれないけどさ」
 それが例え悪意を持った言葉でなくても、まだ幼いガルドーを傷つけるには十分なことであった。身体が人一倍大きかろうと、ガルドーは少年なのだ。その言葉を聞き、ガルドーは目の前にある扉を開けることも出来ずに、自室へと帰っていった。
 そして翌日、以前と変わらぬように接してくる同級生たちをガルドーは自分から払い除けたのだ。友達のふりをして、内心では自分を馬鹿にしていると思ったからこその行動であった。急に人を寄せ付けなくなったガルドーを見た同級生たちも、リュートに負けたことが原因なのだと思い込み、ガルドーを腫れ物のように扱うようになる。結果、その事件が一因となって、ガルドーはクラスの中でも浮いた存在になったのだ。それから卒業するまで、友達と呼べる存在すら出来ることはなかった。



 ガルドーは愛を欲していただけ



 ガルドーは幼少の頃から、周りの子供よりも体格のでかい子供だった。だからこそ小さくて可愛い女の子を希望していた両親からは、恵まれた愛情を注がれなかったのだ。さらにその後に希望の妹が生まれれば、それは一層大きくなり、ガルドーは両親から邪険にされるようにもなっていた。

 愛情を知らずに育った少年は、闇雲に人の愛情を求めて
 けれど人の愛情に慣れていなかった少年は、自分に向けられる感情に鈍感で

 士官学校に入って周りから羨望の眼で見られたガルドーはすごい嬉しかった。けれどそれも長くは続かなく、すぐに昔のように一人になったのだ。最初は寂しく、やがてそれは憎しみへと変わっていった。その矛先は自分を負かした存在である、リュートへと。



 少年は愛を欲していただけ






 目の前で繰り広げられる戦闘を見て、レイは動くことも出来ずにリュートの姿をジッと見詰めていた。敵である騎士を斬ったのを見たときは、自分が斬られたと思ったほどに。
「どうして……」
 今はガルドーと対峙して剣を合わせている。いくら仲が悪かったとはいえ、どうして知っている人間と剣を合わせているのか。レイはそれが不思議でならなかった。
「レイ……」
 自分を呼ぶ声にレイはやっとのことで身体を動かした。振り向いた先には、自分と同じように蒼白な表情をしたセリアが立っている。レイはセリアを見て、急に緊張が解けたようにその場にしゃがみ込んだ。セリアがレイに近寄って触れると、その身体は止むことなく小刻みに震えていたのだ。レイの気持ちが分かるセリアは、自分も知らずのうちに涙を流していた。レイは震えながらも、同じ言葉を紡ぐ。
「どうして……、どうして!」
「レイ……」
 二人とも同じ言葉しか口に出さず、もうその場所から動けずにいる。前と後ろで戦いが起こっているというのに、その間の二人がいる周辺だけが場違いのように雰囲気が違っていた。






「何だよそれ!そんなのお前の誤解だ!」
 ガルドーから話を聞いたリュートが第一声にそれを叫んだ。リュートにとってはすでに記憶もおぼろげなことである。けれどリュートは絶対にガルドーを見下したことなど、一度もないと断言出来た。
「そうか……やはりお前は覚えてないんだな」
「そうじゃない!お前は勘違いしてるんだ!あの時俺たちが何を話してたかなんてもう覚えてないけど……、それでも俺たちは誰一人お前を馬鹿になんてしていないさ!」
「まだ認めないのか!」
「お前こそどうして分かってくれない!?」
 二人が言葉をぶつけ合っても、それがお互い理解することはなかった。自分の想いが伝わらないことに、リュートはもどかしく思う。
「……もういいさ。今さらお前が思い出したところで、何も変わりはしない。俺は……お前を殺す。そう決めたんだからな!」
 ガルドーはもう話すことなど何もないというように、再び斧を構えてリュートに向き合った。そしてリュートの動きを待つこともせず、すぐに走り出す。自分に向かってくるガルドーを見てリュートも剣を構えるが、心と身体は行き違っていた。
「こんなの理不尽だ……」
 それでもリュートはガルドーと戦わずにはいられなかった。昂りそうな気持ちを抑え、リュートは自分を目標とするガルドーの斧を受け止めた。
「それでいい、リュート!最後くらい本気で戦おうじゃないか!」
「ガルドー……」
 リュートの剣とガルドーの斧が弾き合い、お互いが一歩ずつ離れる。しかしすぐにガルドーがその距離を詰めて攻撃を続けた。リュートに休む暇も与えずに、一方的に斧を振り続ける。リュートは防戦一方だ。そんなリュートに焦れたのか、ガルドーは攻撃の手法を様々に変えてくる。
「ッ……!」
 力の強いガルドーの攻撃は油断ならず、その風圧でさえリュートの身体にかすり傷を負わせていた。リュートも負けずに、ガルドーへと反撃する。その攻撃に殺意などありはしなかったが、本気で致命傷を狙うほどの攻撃だった。
 士官学校時代の模擬戦なんかとは全然違う。真剣でガルドーと戦うことなど何度かあったが、こんな戦いは初めてなのだ。リュートは知らずと、汗が次々と垂れていく。
「これならどうだ!」
 リュートの隙を突いて、ガルドーが横から斧を薙ぎ払う。そのいきなりの攻撃にリュートは咄嗟の判断が利かず、その攻撃が身体を傷つけるのを許してしまった。
「ぅっ……!?」
 その激痛に身を悶えて、その場にしゃがみ込んでしまう。それを好機とばかりに、ガルドーは止めを刺そうと斧を振り上げた。リュートはすぐにそれを察知して、ギリギリのところで横に倒れこんで避ける。そのリュートを追いかけようとガルドーも動くが、それより先にリュートが立ち上がって体勢を整えていた。
「いつも通り逃げ足だけは素早いな」
 その挑発に昔ならば、食って掛かったのだろう。けれどリュートはそれを冷静に受け流し、剣をガルドーに向けた。横腹がガルドーの斧によって裂かれ、血が流れ続けている。けれどその傷でさえ、先日シェーンに負わされた傷に比べれば大したことなどなかった。
「ガルドー……」
「どうした。負けそうになって命乞いでもするのか?生憎だかそれは無駄なことだ」
「……本当に退いてはくれないのか?俺たちが戦わないといけないのか?」
 リュートもやっと覚悟を決めて、最後にその言葉を紡いでいた。もちろんガルドーの反応はリュートの予想通りで、決していいものではない。
「当たり前だ!やっと、やっとお前と決着が着くんだ!今さら止められるわけないだろう!」
 ガルドーは気持ちを昂らせて、リュートに向かって走り出す。手負いを負ったリュートに今度こそ止めをさそうとして。リュートもガルドーの覚悟と想いを知り、正面からその攻撃を待った。その表情は真剣で、そして悲しみを隠したものだった。
「これで終わりだ!!」
 ガルドーはリュートの前まで走ると、高らかに斧を上からリュートの身体へと振り下ろした。普通の兵士や魔獣ならば、その一振りで命を失ってしまうのだろう。けれど、リュートは違った。
 ガルドーが斧を振り上げた瞬間を狙い、リュートも身体を動かしてガルドーの懐へと潜り込む。そして素早くガルドーの身体を横から一太刀で斬りつけた。
「ぐぅぁっ……!?」
 その一連の動きをガルドーはスローモーションのように見えていた。自分が斧を振り下ろした間に、リュートが懐に潜り込み自分を斬る。

 奇しくもそれは、あの忌まわしき日の試合と同じだった。

 リュートが手応えを感じてすぐに後ろへ下がると、ガルドーはその場に膝を着いて倒れこんだ。身体からリュートよりも多い出血が止めどなく流れ、もう戦うことは出来ないだろう。ガルドーは斧を地面に着きたてながら、リュートの顔を見上げた。
「ハハッ……まさか最後がこうなるなんてな……」
 何の因果なのだろうか。あの日も自分が油断をして、こうやってリュートの前に跪いていた。今だって自分は油断をしていたと言えよう。傷を負ったリュートを目の前にして、すでに勝ったと思い込んでいたのだ。所詮それは言い訳でしかない。油断をしなかったとしても、負けていたかもしれないのだ。
「お前の負けだ、ガルドー」
 リュートがガルドーを見下ろし、そう呟いた。応急処置をすれば別に死ぬこともないだろう。リュートはお互いが死なずに戦いが終わったことに、ホッと胸を撫で下ろす。
 けれど、それも一瞬の間だけだった。
「負けだと……?まだだ……まだ終わりじゃない!」
「ガルドー!?何を……その傷じゃ、もう戦えないだろ!」
 ガルドーがゆっくりと立ち上がっていく様を見て、リュートは眼を見張りながらガルドーを止めた。治療すれば助かるだろうが、その傷で無理に動けば死に至る可能性もあるのだ。そもそも傷の深さから、容易に立ち上がることさえ困難なはずだった。
「言ったはずだ。俺はお前を絶対に殺すってな……それが例えどんな手段を用いたとしてもだ!!」
 その瞬間、リュートは信じられない光景に眼を疑った。
 ガルドーの傷が眼に見える速さで塞がっていったのだ。