Mystisea

〜想いの果てに〜



四章 覚悟と命


15 旧友との対峙








 ヘルムートは自分の武器である槍を、帝国騎士たちに向けて豪快に薙ぎ払っていく。槍を持つ身としては、昔から少人数を相手にするよりも、大人数を相手にするほうが戦いやすかった。一振りで何人もの騎士が倒れていくのは、なかなか心地いい気分でもある。
 帝国騎士を相手にしているというのに、ヘルムートは全然余裕を見せていた。その強さがかなりのものだと知るには、十分なものだ。けれどもやはりその人数からか、少しだけ押されがちではある。近くに眼を向ければ、そこにはマリーアが第四騎士団長であるヘレックと対峙して何かを話しているのが見える。その内容が気にならないといえば嘘ではないが、今はマリーアをヘレックとの戦いに集中させようと、一人で他の兵士を相手にしようとしていた。
「もっとかかってこいよ!」
 敵を挑発しながら、槍を振り回す。その挑発に何人もの帝国騎士が名乗りを上げていた。その誰もが、一対一だとしたらヘルムートにとっては物足りない相手なのだろう。しかし四方から襲ってくれば、それなりに苦戦もするものだ。倒しても次々と後続から現れ続けることに、ヘルムートは嫌気がさしてくる。それでも今は自分一人でこの騎士たちを倒さなければならないのだ。それはマリーアたちに着いていくと決めた時に、覚悟していたものだった。
 ヘルムートは最初からこのジュデール橋で帝国騎士団が待ち伏せしているであろうことに気づいていた。その規模がどのくらいのものであるかは分からなかったが、少なくとも五人を確実に捕らえる数はいるだろうと思ったのだ。そこに自分一人が加わっても何も変わりはしないのかもしれない。それでもいないよりはマシだと感じ、ヘルムートはマリーアに同行を申し出たのだ。
 そこには自分を助けてくれたマリーアたちを、今度は自分が助けたいと思ったから。ダインに一緒に行って来いと言われたから。そして、自分の意思でマリーアを救いたいと思ったからだった。
「そのためには……何だってするさ」
 関係ないのに、命を賭けることだってしよう。
 ヘルムートは終わりの来ない帝国騎士たちを、次々と槍で屠っていった。






 本当に、久しぶりなのだと感じていた。
 あの日からお互いが姿を確認することはあっても、こうやって向き合って話をするのは初めてだった。その初めての会話が、敵同士なのだということにマリーアは深い悲しみを抱く。
「久しぶりだな、マリーア」
「そうね……何年ぶりかしら」
「……士官学校を卒業した以来だ。もう十年にもなるか」
 皮肉を浮かべた笑みを顔に張り付かせ、かつての友であるヘレックが目の前に立っている。その姿は十年前から想像出来ないほどに、変わり果てていた。外見がではない。雰囲気がだ。その原因が自分にもあるのだろうと思うと、やり切れない気持ちになっていく。
「さて……分かってると思うが、俺は今お前を捕らえるためにここにいる」
「分かってるわ……」
「だがお前を捕らえれば、処刑されてしまうだろう。だから……俺のもとに来い」
 その命令とも言える口調に、マリーアは十年という歳月を思い知らされた。昔のヘレックならこんな言い方などしなかっただろう。今さら昔と比べることに何の意味もないのだが、マリーアはヘレックの一挙一動を見てそう思わずにはいられなかった。
「答えなんて分かりきってるでしょう?」
「……もうライルはいないんだぞ!それなのに、まだあいつを想うと言うのか!?」
「ライルのことは関係ないわ!私はあの子たちを守ると決めたの!帝国になんて……もう戻れないわ」
「なぜだ!?なぜそこまであの生徒たちを守ろうとする!?」
「私が彼らを巻き込んだのよ!あの子たちを守る責任が私にはあるの!」
 マリーアは力一杯叫ぶ。ヘレックが自分を欲していることは分かっていた。けれどマリーアがヘレックを選ぶことは絶対にないのだ。
「だったら俺がアイーダ様に口を聞くさ。あの生徒たちも命だけは助けてやる。だから俺のもとに来い!」
「命の問題じゃないのよ……。私たちは今の帝国と、その秘密を知ってしまった。だからこそ……」
「……それはアイーダ様のことを言ってるのか?だったらそんなの何の問題もないだろう」
「え……?」
「アイーダ様が魔族だということに何の問題があると言うんだ?ただ魔族というだけで、何にも変わりはしないだろう」
 そのヘレックから語られた言葉は、マリーアにとって大きな衝撃をもたらしていた。マリーアは信じられないような眼で、目の前にいるヘレックを凝視する。
「そんな……ヘレック……貴方、アイーダのことを知っていたの!?」
「知っていたさ。だがそれがどうしたというのだ?すでに伝承と化した魔族には俺も驚いたが、ただそれだけだろう?なぜそこまで騒ぐのだ」
「……なぜって……本気で言ってるの……?あの男が現れたからこの帝国は駄目になっていったのよ!?」
「別に駄目になどなっていないだろう。マリーア、お前は何か勘違いしてるんだろ。アイーダ様と共にいれば、お前にもあの方の凄さが分かるさ」
「ヘレック……!?」
 まるでアイーダを心酔しているかのようだった。自分が傍にいない間に、これほどまでに人は変わるというのだろうか。もはやヘレックは戻れない所まで来ているのだと、マリーアは理解してしまった。
「そこまで変わってしまったのね……」
「俺は変わってなどいない。変わったのはお前だ」
 自分が自分でなくなったことにも、気づいていない。マリーアはヘレックに深い哀れみを感じていた。
「ライルがいたら……貴方を助けることが出来たのかしら」
「……何?」
「きっとライルなら貴方を助けることが出来たのでしょうね」
 最初は自分にしか聞こえないような小さな呟きだったが、次のはヘレックに対して向けたはっきりとした言葉だった。ヘレックはそのライルという言葉に、敏感に反応する。
「そこまでライルが大事か!?あいつはもう死んだんだ!次こそ俺を見てくれたっていいだろ!」
「……ヘレック……」
 もはや何を言っていいのかも分からず、マリーアは口の中で言葉を濁していた。そしてヘレックの口から紡がれる言葉に、マリーアは有り得ないような驚きの声を上げる。
「せっかくアイーダ様がライルを殺してくれたというのに……。なのにお前はいつまであいつを引き摺っていると言うんだ……」
「……!?ヘレック……そこまで知っていたの……?」
 恐る恐るという感じで口を開くマリーアは、言葉とは裏腹にその返事を聞きたくはなかった。けれどヘレックはマリーアの思った通りに、望まない返事をよこす。
「知っているに決まってるだろう。最初はさすがに驚いたが……すぐに俺はチャンスだと感じたさ。やっとお前を手に入れることが出来るってな」
「何を……ライルが殺されたのよ!?それで何とも思わないの!?二人とも親友だったじゃない!」
「親友だと……笑わせるな!あいつはな、親友面していつも俺のことを見下していたんだ。何もかもがあいつに劣る俺を、馬鹿な奴だと蔑んでいたんだよ!」
「そんなはずないじゃない!ライルはいつだって貴方の心配をしてたわ!貴方のことを見下したことなんて一度もない!」
「だったらどうしてお前たちが付き合ってたんだ!?俺がお前のことを好きだとあいつは知っていたのに……なのにお前たちは隠れて付き合っていて……それを知った時、俺がどんな想いをしたか分かるか!?」
「……!それ…は……」
 そのことを言われては、マリーアは黙ってしまうしか出来なかった。ヘレックの言ったことは事実であるけれど、だからと言ってライルがヘレックを蔑んでいたなどとは有り得ないことである。それでもマリーアにはそれに反論する資格など有りやしなかった。けれどその時のライルの気持ちは十分に理解出来る。なぜなら自分も同じだったのだから。
「あの時のことは本当に悪いと思ってるわ……」
「別に今さら謝罪の言葉を聞きたいわけじゃない。ただ、あいつとお前は二度に渡って俺たちを裏切った」
「……ごめんなさい」
 マリーアは昔を思い出すと、思わずそれを口に出していた。あの時のことは本当に悪いと思っているのだ。
「……もういい。とにかく俺は決めたんだ。ライルが死んだ今、俺は何としてもお前を手に入れるってな!」
「ヘレック……」
「お前が拒むというなら力ずくで手に入れる。あの生徒たちを守るというなら、邪魔者は排除するだけだ!」
「……!?あの子たちには手を出さないで!」
「……ライルが死んだら、あいつらだ。ならあいつらが死んだら、次は俺になるんだろ……?」
 それはすでに壊れたともいえる表情で、すでに理性が切れているかのような状態だった。それを見たマリーアもまた、覚悟を決めてヘレックに挑む。
「させないわ。貴方があの子たちに手を出すと言うなら……私がここで貴方を!」
 リュートたちがガルドーと戦っているというのに、自分だけヘレックと戦わないことなんて出来るはずもない。
 誓ったのだ。リュートたちを守ると。
「……忌々しい……ライルも……あのガキたちも!!」
 どうしても自分へ向いてくれないマリーアに苛立ちが募りながらも、そのマリーアが愛情を向ける対象へとヘレックの怒りは増幅していく。もはや正常とも言えないような精神状態で、ヘレックは自身の剣を抜き出す。今にも先にいるリュートたちを殺そうとしそうな状態だ。
 そしてヘレックが動き出す。
「させないと言ったはずよ」
 その進路を立ち塞ぐようにマリーアが颯爽と前に現れ、ヘレックの顔面へと拳を寸止めで差し出した。そのマリーアの行動に、ヘレックはだんだんとおかしくなっていく。
「邪魔するものは……殺す……」
 そう呟いた後、急にヘレックは剣をマリーアへと突き出した。マリーアはそれをすぐに後ろへ跳躍して避けるが、剣の切っ先がマリーアの身体を少しだけ掠める。マリーアがヘレックの顔を見れば、ヘレックの眼はもはや不安定に泳いでいた。虚ろな視線を彷徨わせながらも、ヘレックは攻撃の標準をマリーアに定める。もはやその相手が誰なのかも分かっていないというように。
「ヘレック……」
 こうなったヘレックを見てマリーアは罪悪感に囚われる。きっとこんな風にまで追い込んだのは、アイーダなどではない。自分とライルのだと、はっきりと実感していた。
 友情よりも、恋情を取った自分たち。その時は何があろうともその選択を貫いていこうと決めたのに、今この瞬間、マリーアは初めて後悔したのだった。それはもうこの世にいないライルを恨めしいとまで思うほどに。