Mystisea
〜想いの果てに〜
四章 覚悟と命
17 石の欠片
いつからいたのか、とまずはそう思った。気づいたらガルドーの横に立っていて、いつものように妖しい笑みを浮かべながらこっちを見ている。その存在にリュートは怒りが膨れ上がり、その名を叫んだ。
「アイーダ!!」
リュートに叫ばれてもアイーダは一切顔色を変えず、リュートと、そしてヒースを見ていた。値踏みするかのようにヒースを見回し、やがてアイーダは高らかに笑い出す。
「フフフッ……ハハハッ……ハハハハッ!やっと見つけましたよ……魔の子の生き残り!!」
リュートはその言葉に驚き、ヒースを庇うように前へと出た。そしてヒースを確認すると、その表情にリュートは眼を見張った。ヒースは驚愕の表情を浮かべて、アイーダのことを見ていたのだ。その表情はリュートがこれまで見た中で一番顔色を変えたものだった。
「お前は……あの時の……!!」
「ほぅ……私のことを覚えておいでですか」
「……」
ヒースはいきなり現れたアイーダを見て言葉も出なかった。心の中では様々な感情が入り交ざっているというのに、何を発していいのか分からない。それを代弁するかのように、リュートが口を開く。
「どういうことだ、ヒース?お前、アイーダのことを知っているのか!?」
「……」
「知っていますとも。まだあの時は小さかったから、覚えてなかったらどうしようかとも思いましたが……その反応を見れば覚えているようですね」
「何……?」
理解出来ないような顔を浮かべ、リュートはヒースを見やった。するとヒースは徐に口を開いていく。
「七年前……俺たち魔の子の生き残りが住んでいた隠れ里を襲ったのが、あいつだ」
「……!?」
淡々と事実を話したヒースに、リュートはいまだ理解出来ないように頭を混乱させていた。その混乱振りをアイーダは面白そうに見詰めている。
「嘘……だろ…?」
やっと搾り出した言葉はそれだった。けれどヒースの顔を見て、嘘なはずもない。リュートはこの場で叫びたい想いを堪え、声を絞り出す。
「それじゃぁ……七年前にお前の両親が殺されたって言ってたのは……」
「えぇ、それも私の仕業です。本当は貴方も殺すはずだったのですが、親が命を懸けてまで逃げさせていましてね。この七年間ずっと探していのですがどうやら隠れて逃げ延びるのは上手いようでした」
「なっ……お前が……」
アイーダが語る事実を聞いて、リュートは怒りを胸の中で膨れ上がらせる。そして怒りの形相を浮かべて、アイーダへと叫んだ。
「お前が……全部お前のせいなのか!!」
今にもアイーダに斬りかかろうとする衝動を必死で抑え、リュートは頑張ってそれを押し止める。
「ふふっ、しかし面白い組み合わせですね。まさか貴方たちが一緒にいるとはさすがに私も驚きましたよ」
人を馬鹿にするような言い方にリュートはどんどん怒りを膨らませていく。
「まぁいいでしょう。さて、私が貴方に望むものが何か、分かっていますよね?」
それはヒースへと向けられた言葉だった。もちろんリュートには理解出来ないが、ヒースはそれを瞬時に理解する。
「渡すと思ってるのか?」
「貴方にその価値がどれほどのものか分かっているのですか?」
疑問を疑問で返してくるアイーダに、ヒースは警戒の色を浮かべる。今でも夢に見る七年前の出来事を思い出すと、アイーダの強さは明白だった。
「それは貴方が持ってていいものではない」
「それを決めるのはお前じゃないさ」
「……なぜそこまで拒否するのですか。たかが石の欠片。そこまで死守するものでないでしょう」
「ならどうしてそのたかが石の欠片を欲しがるんだ?」
いつまでも二人の会話は平行線だった。けれど横で聞いていたリュートが二人の話の中心にある石の欠片に意識が向く。
「石の欠片って……もしかして両親の形見ってやつか?」
「……」
「形見……?ふふっ……、確かに形見なのかもしれませんね。もともとは貴方のご両親が持っていたのですから。素直に私に渡せば良かったものを……、子供に渡して逃げさせるなど親としてどうかと思いますがね」
「黙れ!!お前がそれを言うのか!」
親を馬鹿にされ、ヒースが激昂して言い放った。それを見てアイーダはさらに笑みを浮かべていく。
「健気のことですね。今だ死んだ両親を愛しているのですか……本当に……理解し難い!」
「……」
「さぁ、素直に渡しなさい!心配せずともすぐに両親のもとへと送ってあげますよ!それならば形見も必要なくなるでしょう!」
「させると思ってるのか!!」
リュートが庇うようにヒースを後ろにやって前へ踏み出す。そんなリュートを哀れな子羊と思うかのように、アイーダは見ていた。
「残念ながら貴方の相手は私ではありませんよ」
「何……?」
その時、アイーダの隣にいる今まで静かにしていたガルドーが再び咆哮にも似た叫び声を上げる。
「ぐぉぉぉっ!!」
今にもリュートへ襲い掛かろうとしていた。そんなガルドーをアイーダがたった一言で制する。
「もう少し大人しくしていなさい」
まるで自分の僕かのような言い方に、ガルドーは大人しく従っていた。その状況に着いていけてないリュートは困惑気味にアイーダとガルドーの顔を見やる。何も分かっていないリュートに助け舟を出したのはアイーダだった。
「理由が分からないという顔ですね」
「当たり前だろ!何でガルドーがお前の言うことを聞くんだ!」
「彼はすでに私の僕となりました。私の命令は何でも聞きますよ」
「そんなことあるはずないだろ!」
ガルドーは素直に誰かの言うことを聞く人間ではない。それを知っているからこそ、ガルドーがアイーダの僕だなどと、信じられるわけもなかった。けれどアイーダは尚も信じられない言葉を続ける。
「もう貴方も気づいているのではないですか?彼はすでに人間ではない。魔族に魂を売り渡した魔獣と化していくのですよ」
「何…だって……?」
アイーダの言葉を理解できず、リュートは頭の中で何度もその言葉を反芻した。そしてゆっくりとガルドーの姿を視界に入れる。咆哮を放ち、時間が経つにつれ、ガルドーの姿から遠ざかっていってるようにも思えた。その瞬間、初めてリュートは自然とアイーダの言葉を理解する。
「何で……こんなことに……」
「それも気づいてるのでしょう?貴方への憎悪からですよ」
「そんな……」
「私がこの男に持ち掛けた話は一つ。憎き貴方を倒すために、魔族に魂を売り渡さないかと。最初は拒否したのですがね……結局最後には私の話に乗ってきたのですよ」
「それ…じゃぁ……これもお前が……!?」
「人聞きの悪いことを言わないで下さい。選んだのはあくまでこの男の意思。それだけ貴方への憎悪が深かったのでしょう」
リュートはもう鎮めることが出来ないほどに、怒りが胸の中で膨れ上がっていた。その対象はもちろんアイーダであって、リュートは剣を構えて飛び出していく。
「うぁぁぁっっ!!!」
「リュート!」
声にもならない叫び声を上げるリュートをヒースは呼び止めるが、構わずにリュートはアイーダを狙って走る。けれどその二人の間にガルドーが立ち、異常に膨れ上がった腕をを横薙ぎにリュートへと振るった。そのためリュートは橋の隅へと吹き飛ばされ、勢いよく身体を転がせている。そんなリュートを逃さないように、ガルドーは追い討ちをかけるためにリュートのもとに走った。
「リュート!!」
ヒースは堪らず叫ぶが、それを塞ぐようにヒースの前にはアイーダが立ち塞がる。いつものように妖しい笑みを浮かべ、今にもヒースを殺さんとする勢いでもあった。
「何度も言わせないでください。あれを渡しなさい」
「……なぜそこまでこれを欲しがるんだ」
そうしてヒースは懐から石の欠片を取り出した。リュートのことが気がかりではあったが、このアイーダを前にしては他のことに気を配っている余裕など微塵もない。
ヒースが取り出した石の欠片は、前にリュートが見た時と当たり前だが何ら変わってはいない。トパーズのような色をした欠けた宝石。何度見ても、これに金が掛かるような価値などあるとは思えなかった。けれどきっと何かの理由があるのだろう。でなければ、こうしてアイーダがこれを執拗に狙うはずがない。
「本当に、貴方はその価値を知らないのですね」
ヒースが取り出したものを見て、アイーダは眼を輝かせる。瞬時にそれが本物であると分かったのだ。
「それがどうしたと言うんだ!」
「いえ……。貴方が知らなくても当たり前ではあるんですよね。何せ知る前に私が貴方の両親を殺したんですから」
「ッ……!!」
わざと両親の死を口に出し、ヒースを動揺させる。いくら大人びても、いくら大人の強さがあっても、まだ両親を愛するほんの子供に過ぎないのだ。
「それに、貴方がその欠片の意味を知る必要などないのですよ」
「……」
ヒースはアイーダと対峙しながら、その雰囲気に圧され少しずつ冷や汗を掻く。何があってもヒースはこの欠片をアイーダに渡そうとは思わなかった。それは両親の形見だからではない。何か他の理由がそうさせるのだ。そしてヒースはこれをチャンスとばかりに、ゆっくりと口を開く。
「……<果てに輝く希望>」
「……!!」
その言葉を口にした瞬間、アイーダは始めて顔色を変えた。それを見てヒースは何かに確信を浮かべながら、そのままアイーダの顔を見続ける。アイーダはすぐにもとの笑みに直し、けれどさっきとは違う雰囲気でヒースを圧してくる。
「とんだ食わせ物ですね。名前は知っているというのですか……」
「……」
「ならばいちいち隠す必要もないでしょう。さぁ渡しなさい!貴方の持つ、フルミネールの欠片<果てに輝く希望>を!!」
アイーダは眼に見えるほどのどす黒いオーラを纏いながら、ヒースを気圧してくる。それに何とか耐え凌ぎながらも、内心で笑みを浮かべる。
フルミネール
その言葉が意味することが何なのか分からないが、その言葉をヒースは頭に強く刻みこんだ。そしてもう話は終わったとばかりに、ヒースもまた戦闘体勢へと移る。いつでも魔法を放てるようにし、短剣を構えてアイーダを睨み付ける。
七年前、両親や里の仲間が協力して倒そうとしても、全然敵わなかった魔族。あの時は見ていることだけしか出来なかったが、今は違う。覚悟を胸に秘め、ヒースはアイーダに挑んだ。