Mystisea

〜想いの果てに〜



四章 覚悟と命


19 命を懸けて








「そろそろ限界か……」
 ヘルムートは背後の状況を確認して、一人そう呟いていた。すでにリュートたちの傍にいる騎士は全滅しているようだが、リュートとヒース、それぞれが強敵と対峙していた。対してこちらは相変わらず騎士の数が減ることもなく、マリーアもまたヘレック相手に苦戦を強いられているようだ。ここらが潮時なのだろう。ヘルムートはそう判断して、マリーアたちと一緒に行くと決めた時から分かっていたことに行動を移す。
「もうお前らと遊んでる暇はないんだよ!」
 ヘルムートは目の前に群がる騎士たちを目掛けて槍を大きく一振りする。それによって騎士たちは後方へと倒れこんだ。その隙を狙ってヘルムートは背中を見せて反転する。最初の目的はすぐだ。
「マリーア!」
「ヘルムート!?」
 自分が戦っている場所に向かってくるヘルムートを見て、マリーアは驚きの声を上げる。何せその後ろから大勢の騎士たちが追ってきているのだ。理由が分からず呆然としていると、ヘルムートはマリーアの腕を取り立ち止まることなく走った。
「逃げるぞ!」
「え……逃げるって…ちょっと、ヘルムート!」
 自分の腕を掴んで走るヘルムートを見てマリーアは抗議の声を浮かべるが、何となくすぐにヘルムートの考えを察してしまう。
「貴方まさか……!」
「……言っただろ。あんたらを必ずマールへ行かせるってな」
 そのヘルムートの言葉にマリーアは確信した。そしてそれに嘆きながらも、それを止めようとしない自分を責める。
「逃がすか!」
 マリーアと戦っていたヘレックもまた二人を追うように、追いかけてきた。その後ろにも大量の騎士たちが控えている。捕まればもう終わりだろう。
 マリーアは前を見て走った。そしてその状況に眼を見張る。レイとセリアは二人で蹲り、ヒースはアイーダと戦い、そしてリュートは――
「まさか……ガルドーなの……?」
 もはや原型を保っていないようなガルドーの姿を見て、瞬時に分かったのはさすがと言うべきだろう。マリーアは不安が駆り立てられ、その足を速めた。けれどヒースもまたアイーダと戦い苦戦しているだろう。それを助けにも行かなければならなかった。こんなところで迷いが浮かび上がるが、それを後押しするようにヘルムートが言葉を出す。
「行けよ。後のやつは俺に任せろ」
「ヘルムート……ありがとう…」
 本当に感謝してもしきれないだろう。マリーア一人では結局彼らを守ることなんて出来ないのだ。自分の力の無さが不甲斐なかった。
 けれど間に合うことはなかった。再び眼を向けた時には、リュートの剣がガルドーの胸を貫いていたのだ。あの姿を見ればガルドーに何かが起きたのは一目瞭然だろう。リュートもまた涙を浮かべながら戦っていた。あんな辛いことをリュートがしたというのか。
「ガルドー!!」
 間に合わず、マリーアはガルドーの名を叫ぶ。その瞬間、マリーアははっきりと見えた。ガルドーが安らかな顔をして死んでいくのが。走りながらも、マリーアは涙を流す。その直後にはリュートの大きな叫び声も上がった。それに気圧されたのだろうか。後ろを走っていた騎士たちが、少しだけ歩を止めたのだ。
 優先順位を間違えてはならない。
「リュート!立ち上がって!」
「……先生?」
「走るわよ!!」
「けど……ガルドーが!!」
 優先順位を間違えてはならない。
 マリーアはリュートの腕を掴み、無理矢理立ち上がらせ走り出した。力だけではリュートに敵わないだろうが、今のリュートは放心しきったようにマリーアに為すがされるままだ。けれどガルドーのことを仕切りに口を開いた。
「先生!ガルドーが……ガルドーが!!」
「分かってる!」
 優先順位を間違えてはならない。
 そうやってマリーアは何度も自分の頭に言い聞かせる。ガルドーだって自分の大事な生徒なのだ。本当なら今すぐにでも引き返したい。けれどその衝動を必死に抑えて、マリーアはリュートを見る。
「もう戻れないわ!今戻れば確実に死が待っているのよ!」
「…せん…せい……」
 マリーアは前を見て、リュートを連れて走った。段々とリュートも自分の力で走るようになる。ジュデール橋の国境も見えてくる。あそこを越えれば、マールに入る。そうすれば、何とかなるのかもしれない。少しずつそう思えてきて、マリーアはさらに走る速さが上がっていく。そして確認するように後ろを振り返った。
「良かった……」
 マリーアとリュートの後ろにちゃんと全員が走っていた。ヘルムートの隣をレイとセリアが、そして最後尾をヒースが走っている。けれど追ってくる敵の先頭は、ヘレックではなくアイーダだった。今までとは違い、その圧し出される雰囲気から逃がそうとしないことがありありと浮かんでいる。
「急がなきゃ……」
 そうしてマリーアは中間にある国境に辿り着く。マールとアルスタールを塞ぐかのように頑丈な扉が添えてあった。そこをマリーアは一旦立ち止まって、一瞬の溜めと共に激しい拳を当てる。それによって頑丈そうな扉はあっけなく音を立てて崩れ去った。それを見てマリーアはすぐに走りを再開して、マールへと足を踏み入れる。
 その瞬間だった。
「嘘!?」
 マールへと足を踏み入れたマリーアを狙うかのように、一斉にその足元に炎が飛んできたのだ。それを見たマリーアは眼を疑い、橋の奥を凝視した。
 そこにいたものは――
「魔道師団……!!」
 アルスタール帝国が帝国騎士団という武力を持つように、他の国々もまた同じような武力を持っていた。魔道国家マールが持つ武力、それが魔道師団。その名の通り、魔道士のみで構成されている。その魔道師団の数十名もが、これ以上先を進ませないかのように魔法を放ってきたのだ。これでは先なんて進めない。マリーアはそう思ったのだが、後ろからヘルムートの声が聞こえてくる。
「俺に続いて構わず走れ!!」
 いつの間にかヘルムートは追いついてきて、マリーアを軽々と越していた。するとそのヘルムートを狙って魔道師団は魔法を放ってくる。けれどヘルムートはそれに構わず、槍を構え出し魔法をものともせずに走っていた。もはや考えている時間すらない。マリーアは直感的にその後を続いて走った。その後ろをリュートたちも続く。
「止まれ!これ以上先に進めば今度は直撃するぞ!!」
 最初は威嚇だったのだろう。魔道師団の先頭にいる偉そうな男がヘルムートたちに警告を発する。けれど今さら立ち止まることなど出来るはずもない。誰一人その言葉で止まることはなかった。
「くっ……撃て!」
 その合図を一斉に、全員の魔道士が魔法を放ってきた。その数を見てマリーアやリュートたちは唖然とするが、ヘルムートは構わずまだまだ走り出す。もうすぐで魔道師団のいる場所に辿り着こうとするような勢いだ。
 そして放たれた魔法の一部も後ろを進むマリーアたちを狙っていた。マリーアはそれを立ち止まらず避けるが、リュートたちはそれを出来るとは思えない。焦りを浮かべるが、それはすぐに杞憂に終わった。頭上から降り注いでくると思われた魔法は、その全てが相殺して消えたのだった。そんなことが出来ると思えるのは一人しかいない。マリーアは後ろを振り向くと、そこにはヒースが走りながら手を上空へ掲げている姿があった。その身体からは血が流れているというのに、痛そうな顔一つすることはない。
「ありがとう……」
 声が届くとは思っていないが、それでもマリーアはそう言わずにはいられなかった。ヒースもそれを雰囲気で察したのだろう。微妙に顔に変化が訪れたのが分かった。
「と、止まれ!死にたいのか!!」
 ヘルムートはようやく魔道師団の場所へと辿り着いた。もう後はやることは一つしかない。その先を今考えたとしても無意味だろう。後数時間後には、自分は死んでいる可能性だってあるのだから。
 ヘルムートは魔道師団の中心へと立ち、槍を豪快に振り回す。魔道士は接近戦は苦手だ。こうやって至近距離から攻撃されれば、詠唱を中断せざるを得ない。そうして全ての魔道士が攻撃対象をヘルムートへと変える。けれどヘルムートは魔法をその身に喰らっても、止まることなく槍を振り回し続けた。
「行け!マリーア!!」
 少し遅れ、マリーアたちもまた魔道師団がいる場所へと辿り着く。その後の行動もすでにマリーアは理解していた。立ち止まって戦ったりなんてしない。立ち止まらず、その場を突き進む。



 そう、ヘルムートを一人見捨てて



「先生!?」
「止まらないで!!」
 リュートたちには分かっていなかった。またここで戦うとでも思っていたのだろうか。魔道師団の横を突っ走るマリーアを見て、驚きの声を上げたのだ。けれどマリーアはそれを一喝して先へと進ませる。リュートはようやくこの状況の意味を理解した。
 自分はどうしてこんなにも無力なのだろうか。
「……ごめん、ヘルムートさん!」
「……謝る必要はないさ。後は頼んだぞ、ヒース!」
 そのヘルムートの言葉にヒースは無言でヘルムートの顔を見て頷いた。最後尾を走っていたヒースもようやく魔道師団の横を通り過ぎる。ここからが大変だろう。すぐ間近に帝国騎士団も迫っているのだから。
「逃がしはしませんよ!!」
 帝国騎士団の先頭を走るアイーダが、逃がすまいとヘルムートの隣を横切ろうとしていた。だが人間離れしているその素早い動きをヘルムートは察知し、先を進ませはしなかった。
「お前がアイーダか」
 槍でアイーダの進路を塞ぐように横に突き出し、そのままアイーダを押し戻すように槍で振り払う。それをアイーダは難なく避けるが、その間にリュートたちはマールの奥へと入っていく。
「余程死にたいようですね」
「そうでもないさ。だが命を懸けてでも、俺はあいつらを逃がす!」
「それが死にたいと言うのですよ!」
 周囲を魔道師団、帝国騎士団に囲まれたヘルムートに助かる道はあるのだろうか。ヘルムートを狙えるように周囲から魔法や剣がいつでも飛び交う準備が出来ていた。この絶体絶命の状況にも関わらず、ヘルムートは不敵に笑う。
「なめるなよ……俺を誰だと思ってやがる!」
 そう高らかに叫び、ヘルムートは槍を構えアイーダ一人を狙った。それを待ち構えるように、アイーダも黒球を浮かべてヘルムートを狙っている。
 そうして二人は激しい爆発音を背後に、ぶつかり合った。