Mystisea

〜想いの果てに〜



五章 別たれる道


03 迫りくる追っ手








「正気ですか!?この森を通るなどとは!」
「先ほどからそうだと言っている」
 何度もしつこく聞いてくる目の前の男にシューイはうんざりとする。男は魔導師団の副長でラージュと名乗っていた。帝国からの反逆者捕縛の要請を受けて、マールが出してきたのがこのラージュが率いる中隊であった。さすがは魔導師団で、その全てが魔法に長けた魔道士である。
「しかし何度も言いますようにこのミストの森は人を惑わせるのです!極めて高い魔力を持つ者でないとここを通り抜けることは不可能だと!」
「だが貴方なら大丈夫なのだろう?」
「それは……!……そうかもしれませんが。だからといってもしシューイ様の身に何か起きれば」
「心配ない。貴方たちは我々を案内してくれればいい」
 ラージュの言葉を途中で切って、シューイが口を挟む。ミストの森の怖さを理解していないシューイに、ラージュは困り果てていた。
「なぜそこまでここを通ろうとしているのですか。ノルンへなら迂回して周ってもいいでしょうに」
「それだと意味がないんだ。すでに反逆者の方が先を行ってる。だからこそここを通り我々のが先にノルンへ着かなければならない」
「しかし……反逆者がノルンへ行くとは分からないじゃないですか」
「いや……あいつらは行くさ」
 ラージュにはその根拠が分からなかったが、シューイにはそれがはっきりと分かってしまった。
「でなければこの国になんて入らない……」
 ここしばらく姿を見ない愛しい少女の姿を思い浮かべながら、シューイは小さな声で一人呟く。
「……本当に危険な森なのですよ」
「分かってる。貴方たちには迷惑をかけて申し訳ない。だがこの森を通り抜けるために、力を貸して欲しい」
 今のこの大陸を統べている皇帝の息子にそんなことを言われれば、ラージュには断ることも出来なかった。渋々といった感じで、覚悟を決めてその言葉に頷く。
「分かりました。我々が道案内致しましょう」
「助かる」
 その言葉を聞くと、騎士団と魔導師団はすぐに慌しい準備に取り掛かる。その中でシューイは動かずに空を見つめ、この国に想いを馳せた。マールへ来るのは初めてではない。けれどノルンへ行くのは初めてだった。
 ノルンへ初めて行く時。隣に愛した少女の姿があり、そして彼女の両親へ会いに行く。
 それはもはや叶わぬ、神の子の密かな願いだった。






 マリーアはしばらくの間呆然としていたが、すぐに思い直して次の行動に移した。まずは慎重に近くにいるリュートとレイの側へと寄る。二人もまた同じように呆然とヒースとセリアが飛んでいった方向を向いていた。
「しっかりして!今はあいつを何とかするのが先よ!」
 マリーアは<レイブン>に眼を向けて二人を叱咤する。<レイブン>はその身体が燃えているというのに、未だに倒れる気配は感じられなかった。それどころか先ほどより凶暴性が増している。少し落ち着いてきたのか、暴れまわっていたのを止めて今度は三人を標的にしていた。それを知ってリュートとレイは少し立ち直り、<レイブン>へと眼を向ける。それには怒りの感情も少なからず含まれていた。
 <レイブン>が再び蔓を素早く伸ばして攻撃してくる。三人がそれを素早く避けて、バラバラに、けれど互いを見失わないほどには近く、<レイブン>に向かって走り出した。<レイブン>は三人を追おうと、必死に蔓を動かして三人を狙い続けている。
「やぁっ!!」
 一番にレイが<レイブン>のもとに辿り着き、その身体を剣で切り裂く。先ほどと同じようにそれは効果が見られないと思ったのだが、レイの剣は意外にも<レイブン>の身体を貫いていた。恐らくヒースとセリアの魔法の効果なのだろう。これをチャンスにリュートもマリーアも続いて攻撃する。
「おらぁっ!」
「はぁっ!」
 リュートの剣が<レイブン>の身体を抉り取るように斬りつけていた。そして最後に止めとばかりにマリーアが思いっきり拳を<レイブン>の顔に向けて放つ。たちまち<レイブン>は身を悶えるように唸り声を上げた。その様子を三人が一歩離れた場所で見ていると、やがて<レイブン>は動きを止めてそのまま動かなくなる。マリーアが確認しに近づくと、すでに<レイブン>は絶命していた。
「終わったんですか……?」
 レイの確認にマリーアは無言の頷きで返す。とりあえず三人ホッと一息をつくが、すぐに飛んでいったヒースとセリアのことを心配した。そしてこれからの行動をどうすればいいかも分からないのだ。
「先生、早く二人を探しに行きましょう!」
「待って!」
 今にも一人で先を行こうとするリュートをマリーアはその腕を掴んで止めた。マリーアの制止にリュートは不満な表情を浮かべて、その理由を尋ねる。
「お願いだから探すにしても三人纏まってちょうだい。絶対に一人で先走らないで。いいわね?」
「は、はい……」
 マリーアの真剣な表情から、リュートは何も反論出来ずにそれに頷いた。その返事を聞いてもマリーアはまだ心配であったが、何とかそれを押し止める。
「私たちだけではこの森を抜けることは不可能よ。二人を見つけなければ、ここで骨となるわ……」
「骨……」
 レイが不安そうにその言葉を口に出していた。マリーアは冷静な顔をしているように見えるが、その内心ではかなりの不安が漂っている。それを表には出そうとせず、マリーアはリュートとレイを傍に置いて二人が飛んでいった方向へと歩き始めた。






「おいっ、しっかりしろ」
 ヒースはすぐ傍で横たわるセリアを起こそうと、必死に声を掛ける。二人が飛ばされた時、そのショックでセリアは気絶しまっていたようだ。外傷が見られないだけマシだろう。
「ん……」
 声を掛けてから数分が経ち、ようやくセリアの意識が回復していく。その様子をヒースは安心そうに見てホッとした。セリアは眼を開けて、身体を起こして周囲を見回していく。そこにヒースの姿があったことに安堵したが、やがて先ほどまで何が起こっていたのかを把握した。
「そうだ……リュートたちは!?」
 セリアはリュートたちがいないのに気づき、懇願するような眼でヒースを見た。しかしヒースはそれを無言で首を振ることで答えを示す。その様子にセリアは信じられないような表情を浮かべ、途端に不安な顔になっていく。
「私のせいだわ……私の……」
 自分が<レイブン>の蔓に巻きつかれたせいで、ヒースまでも巻き込んでしまったことにセリアは自己嫌悪する。責任を感じすぎて、まともに脳が働いていないようでもあった。
「別にあんたのせいじゃない」
「ヒース……ありがとう…」
 そっけない言葉でもあったが、それだけでもセリアは嬉しく思っていた。礼を言うとヒースは少しだけ頬を染めながら、横を向いてしまう。そんな姿にセリアは笑ってしまいそうになったが、それを止めて見なかったことにしておいた。
「どうすればいいの……この森で逸れるなんて……」
 例え慰めの言葉を貰ったとしても、それだけでセリアの心が完全に晴れることはない。その顔に不安の表情がありありと浮かんでいた。けれどそれを吹き飛ばすように、ヒースが口を開く。
「大丈夫だ」
「え……?」
「かすかだがリュートの居場所を感じる」
「本当に!?」
 希望を抱くような言葉に、セリアは信じられなく驚いた。しかしヒースはそれに頷いて肯定する。これも魔力の高さから分かることなのだろうか。魔力の低いセリアは、そのヒースの言葉を半ば信じられはしなかった。
「あぁ。幸い遠くまでは飛ばされてない。あいつらも動いてるようだけど、そこまで時間はかからないはずだ」
 セリアはやはり半信半疑だったが、けれど今はそれしか希望はないのだ。意を決してヒースに託そうとする。
「分かったわ。貴方を信用する」
「あぁ」
 その言葉に二人は立ち上がり、そしてヒースを前にして歩き始めた。どこにいてもこの森は霧が濃く、遠くを見ることは出来ない。いつ現れるかもしれない魔獣に気を配りながら、慎重に進んでいった。そのおかげか、少し歩き始めてからすぐに魔獣の接近に二人は気づく。
「来る!」
 セリアもそれを感じていたようで、いつでも魔法を放てるように準備をしていた。ヒースも短剣を片手で構えながら、隙のない姿勢を見せる。そして緊迫した一瞬の中、左右から<ベルド>が飛び掛って襲ってきた。
「炎の旋律!」
「光の閃光よ!」
 二人が共に襲い掛かってきた<ベルド>に魔法を放った。それは一撃で仕留め、すぐに追撃がないかを警戒する。しかし近くには二体しかいなかったらしく、その後の襲撃はいくら待っても来なかった。そして再び歩を進めようとすると、後ろからセリアがヒースを見ていることに気づく。それにヒースは振り返ってセリアを見返した。するとセリアは慌てたようにその場をごまかそうとする。
「な、何でもないわ。行きましょ」
「……あぁ」
 ヒースがまた先頭を歩き、そのすぐ隣をセリアが歩いていた。余り話もなく進んでいると、突然ヒースが言葉を発する。
「呪術」
「……!?」
「そう思ってるんだろ?」
 突然心の中を見透かされたように、セリアは驚いて言葉も出なかった。ヒースは先ほどからセリアが言いたいことは分かっていたので、別に隠す必要もないので自分から話そうとする。
「ど、どうして……」
「そんな眼で見ていた。だけど俺の使っているのは呪術ではない。そもそも呪術とはお前たちが勝手に付けた名であって、本当の名前ではないからな」
「あ……ごめん…」
「別にあんたが謝る必要はないだろ」
 自分でも分かっていたのだが、セリアはつい口に出してしまっていた。
 呪術――それはかつてノーザンクロス王国にいた魔の子たちが使った魔法とはどこか違った奇妙な魔法。ヒースもまた魔の子であるのだから、それを使えてもおかしくないとセリアは思ったのだろう。
「確かに俺が使ってるのは魔法じゃない」
「それじゃぁ……」
「……魔術だ」
「魔術……?」
 魔術。初めて耳にした名前にセリアは戸惑いを見せる。魔法と魔術、似ている名前だが、それは違ったものだった。その意味を尋ねようとセリアは口を開きかけるが、それはヒースの険しい声によって遮られる。
「誰だ!?」
 突然ヒースは後ろを振り向き、見えない霧の奥の先へと声を掛けた。ヒースの言葉で初めてセリアもそこに誰かがいることを察知して、瞬時に警戒を浮かべる。しかも一人だけの気配ではなく、複数でもあった。その人数からリュートたちでないことは明白だ。
「あんたこそ誰なのよ!何でこの森に子供がいる…の………セリ…ア……?」
 霧の奥から現れた人物は子供の声に驚いて眉を顰めていたが、やがてその視線を隣にいるセリアにいると幽霊を見るかのような驚愕の表情を浮かべる。そしてそれはセリアも同様であった。ここにいるはずのない見知った人物を一瞬幻とさえも思ってしまったのだ。
「リンダ……」
 その身体に騎士団の鎧を着こなし、その手に弓を携え、その眼にセリアを写し、リンダは呆然と突っ立っていた。