Mystisea

〜想いの果てに〜



五章 別たれる道


04 リンダの想い








 二人は互いに視線を交わし、黙ったまま見つめ合っていた。そこにいる相手が本物なのかどうかさえも怪しい。この特殊な森が見せた幻影なのだろうか。そんな思いさえ頭の中を過ぎっていた。
「知り合いか……?」
 その中で一番に言葉を発したのはヒースだった。相手が騎士団の鎧をしていることから、味方でないことは分かりきっている。しかしお互いの名を呟いていたセリアを見ると、二人が知り合いであることは予想された。
「知り合いだわ……つい最近までのね」
 リンダよりも先にセリアが言葉を発し、哀しい表情で相手を見る。まさかこの森までやってくるなんて思ってもいなく驚いたが、すぐにセリアの頭はリンダが追っ手としてやってきたのだと理解した。リンダの後ろには同じく騎士団の鎧を着た騎士たちが何人か現れ始めていた。その数は十人以上はいるだろう。
「あんた……本当にセリアなの……?」
 目の前にいる人物を確かめるように、リンダも声を発した。
「……そうよ」
「ど、どうして……どうしてあんたがここに!」
 リンダはわけも分からずセリアに怒鳴りつけた。まさかミストの森に目標としていた人物たちがいるなんて思いもしなかったのだ。最初は頭が混乱していたが、けれどやがて冷静さを取り戻してく。
「あんた……あんたのせいでどれだけシューイ様が苦しんだと思ってるの!?」
 一番にセリアに会ったら言いたかった言葉でもあった。セリアが反逆者となって城からいなくなった後、シューイは表に出そうとはせずに内心で苦しんでいたのだ。それを一番近くで見ていたリンダはそうさせた原因でもあるセリアに怒りが沸いていた。
「それは……」
「あんたが反逆者になって、シューイ様はずっと苦しんでいたのよ!私たちには決して見せようとしないけど、いつも辛い表情をして……ずっとあんたのことを想ってるの!」
「リンダ……」
 改めてシューイの名を聞かされると、セリアも心が揺らいでしまう。これまでもずっと考えないようにしてきたのだ。けれど目の前にシューイとつながる人物が現れてしまった。
「リンダ、どうして貴女はここに……?」
 セリアは話を逸らそうと、分かりきったことをリンダに尋ねていた。
「決まってるでしょ!あんたたちを捕まえに来たのよ!」
「……」
 そして当たり前だけど、リンダからは分かりきった答えが返ってきた。
「けどね……私じゃ……私じゃシューイ様を救えないのよ……。悔しいけど、あんたしか出来ないの!だからシューイ様のもとに帰ってきてよ!私はシューイ様が苦しんでいる姿なんて見たくないの!」
 それは自分の負けを表す言葉だった。常にシューイを巡ってセリアと争ってきたリンダが、その言葉を口にしたのだ。その想いはセリアにも十分伝わってきた。
 リンダは当たり前だがセリアとシューイが両想いなことは分かっていた。けれど二人はそれを口に出さず、恋人にもならない。だからこそ自分の入る隙があるかもしれないと、限りなく低いその望みに賭けていたのだ。想いを口にしない二人に苛立ちながらも、自分はしつこく二人を邪魔してきた。
 セリアが反逆者になったと聞かされた時、ショックで信じられなかった。けれどセリアがいなくなったことで、シューイが自分へと向いてくれると思ったこともあった。しかしその考えは浅はかで、例え傍にいなくてもシューイがセリアを愛していることなど分かりきったことだったのだ。その時、リンダは今までにないほどにセリアを恨んだのだ。
「私はもう反逆者なのよ……」
「何言ってんの!?あんたがそうなったのにどんな事情があったか知らないけど、どうせ巻き込まれただけなんでしょ!シューイ様だってあんたの命を救うためならどんなことでもするに決まってるじゃない!」
「……無理よ」
「どうして!」
 自分の言葉を否定するセリアをリンダは信じられないような眼で見ていた。シューイのもとに帰りたくはないのだろうか。
「無理なのよ、もう。私たちは帝国の真実を知ってしまったから……だから……」
「どういう意味!?」
 問いただそうとするリンダにセリアは無言で首を振った。マリーアにもアイーダのことは今は誰にも言うなときつく言われていたのだ。しかしそれがなかったとしても、セリアはリンダにはきっと話さなかっただろう。
「例えシューイでも、私たちの命を救うことは出来ないわ」
「あんた、シューイ様を信じていないの!?よくもそんなことを!」
「そうじゃない!シューイは私たちよりも、何よりもお父さんと国が大切なの!だから私はシューイには何も言えないし、助けてもらいたいとも思わない!」
 シューイの近くにいたセリアは、誰よりもシューイが父と国を愛していることを知っていた。すでに帝国が駄目な方に向いてることを知れば、誰よりも悩むことは分かりきったことだ。自分勝手な願いだと分かっていながらも、セリアはシューイにそれを知ってほしくなかった。
「何よそれ……あんたそんなに死にたいの!?このままずっと逃げ切れるわけないじゃない!」
「……それでも、私は……」
「そんなに、そんなに人殺しになりたいの?」
「何言ってるの……そんなわけないじゃない!」
「もうみんな知ってるわ!マリーア先生が騎士団の人たちを殺したことも、リュートがガルドーを殺したことも!!」
「……!?」
 セリアは何も言葉を発することも出来なかった。リュートがガルドーを殺した。確かにそれは事実だろう。セリアもちゃんとその眼で見ていたから知っていた。けれどあれは殺せざるを得なかったということもセリアは分かっていた。
「……」
「……もういいわ。あんたはシューイ様のもとに戻るつもりはないのね」
「……ないわ」
 セリアがその決別の言葉を紡ぐと、リンダは悲痛な表情を浮かべ、そして弓を構えだす。その行動に今まで黙っていたヒースがセリアの前へと庇うように現れる。そこで初めてリンダはヒースに注意を向けた。
「何で子供がって思ったけど……そう、あんたが魔の子なのね」
「リンダ、何を!?」
 弓を構えだしたリンダにセリアは叫びを上げる。けれどリンダは標的をヒースに絞って、今にも矢を放つような勢いだった。
「あんたたちみんなその子供に騙されてるのよ!」
「何言ってるの!?そんなわけないじゃない!」
「その子供は魔の子なのよ!黒を持った恐ろしい人間だわ!」
 そしてその言葉と同時に、リンダは矢を放った。素早い速さで矢はヒースの心臓を狙って飛んでいく。ヒースはそれを避けようとしたが、すぐに後ろにはセリアがいたのだ。どうにかして受け止めようと魔術を放とうとするが、それより前にセリアがヒースを横へと押し出した。
「なっ……!」
 するとヒースは横によろけ、それと同時にリンダが放った矢はセリアの身体を貫いていた。その光景に、リンダとヒースは二人して驚いている。
「セリア!」
「……だ、大丈夫よ」
 急所ではないため命に危険はなかったが、セリアの身体からは血が流れ始めていた。セリアは矢を引き抜いて、近くへと捨てる。その行動をリンダは呆然と見つめていた。
「あんた……何でそんな子供を庇うの!?……まさか、それも操られてるんじゃないでしょうね」
「いい加減にして!ヒースをそんな風に扱うのは、貴女でも許さないわ」
 リンダもまたガルドーと同じようにヒースを人ではないように扱っていた。それが普通の人間の行動なのだと頭では理解していても、セリアには信じられないのだ。
「……そう。なら、貴女が操られていようと、正気でいようとどちらでもいいわ」
「リンダ……」
 リンダは今度はヒースではなく、セリアを標的に弓を構えた。どちらにせよリンダが自分たちに攻撃してくることにセリアは信じられない思いだ。
「覚えてる?私があんたに言った言葉」
「……」
「どうせ捕まえてもあんたが死ぬというなら……あんたを倒すのは私よ!」
「止めて、リンダ!!」
 そしてリンダは再びその矢を放った。それと同時にヒースがセリアの腕を引っ張り、その矢をかわさせる。するとリンダは逃がさないようにまた次の攻撃に移ろうとし、そして後ろでわけもわからず控えていた騎士たちへと言葉を放った。
「セリアは私が相手をするから、そこにいる魔の子を捕らえなさい!」
「は、はい!」
 その命令に騎士たちも動き出す。しかし彼らにはセリアの見知った顔もいくつかあり、恐らくは騎士になってまだ浅い人たちなのだろう。ヒースにとってはそこまで苦戦もしない相手であった。
 自分に走ってくる騎士たちにヒースは魔術と短剣を同時に放つ。
「風の刃をここへ!」
 見えない刃が次々と騎士たちを襲っていく。そしてヒースはこの森に漂う霧を利用して、後ろへ下がり遠距離で戦っていた。騎士たちはすぐ後ろにいくヒースを見失わないように走るが、突然横から襲撃を受けたりと、子供一人相手に苦戦を強いられる。もはやヒースの勝利は時間の問題なのだと、その場にいる誰もが分かりきっていた。
「あんたの相手は私よ!」
 その戦いぶりをセリアもリンダも見ていたが、騎士たちの分が悪いと感じてリンダは早々に自分たちの決着を着けようとした。
 次々と飛んでくる矢をセリアはかわしながら、まずは先ほど受けた傷を回復していった。しかしリンダはこれでもかなりの実力を兼ね備えている。セリアが敵うような相手でもないのだ。
「……っ!」
 次々と身体へと命中する矢の数と回復の早さでは、矢の数の方が上だった。回復がまともに間に合わず、傷が増えていくだけだ。リンダはわざと急所を狙わないで、セリアを動けないようにする。自分が何をしたいのかも分からず、ただ矢を放っているだけだった。
「……決めたはずなのに……」
「……何か言った?」
 小さく呟いた声に反応し、リンダが攻撃を止めてセリアを見る。矢が何本か刺さっているその姿はセリアには全然似合わなかった。
「私も、戦うって決めたの」
「あんたが戦うですって?」
 今度ははっきりと声が聞こえてきたが、その内容にリンダは嘲笑するように声を出した。これでもセリアのことは知っているのだ。虫も殺せないようなセリアが戦えるはずもないとリンダは思っている。何しろ士官学校時代でさえ、攻撃魔法を放つのは数えるほどしか見たことがない。
「そうよ……。私だってただ黙って死ぬなんて嫌だから……」
「だから戦うですって?人を傷つけることも出来なかったあのあんたが?」
「私だって戦える!守られてばかりなんて嫌なの!」
 その言葉と同時にセリアは前に手を出し、光の攻撃魔法を放った。それを見たリンダは驚きに眼を見張り、反応が遅れて魔法をその身に喰らう。
「……あんたが魔法を使うなんてね」
 リンダは自分の身体から血が流れていくのを気にせずに、真っ直ぐとセリアを見た。セリアも同様に血を気にせず、リンダを見ている。視線を交わしながらそれきり黙ったまま、二人は同時に動き出した。
 リンダが素早く弓を構えて矢を放ち、セリアはそれを何とかよけながら魔法を放つ。しかしリンダもその魔法を軽々と避け、神業のような動きで矢を次々と放った。その矢を何本かまではセリアもよけれたが、その後に一本喰らうと次々と矢はセリアの身体へと命中する。
「……はぁっはぁっ……」
 もともと戦いには向いていないので、セリアはすぐに体力もなくなり動けないほどに消耗していた。リンダはそんなセリアに一歩一歩近づいて、セリアのすぐ傍へとやってくる。
「……あんたがここまでやれるとは思わなかったわ」
 セリアはその場に倒れこみながら、目の前に立つリンダを無言で見上げた。そんなセリアを見下ろしながら、リンダは悲しみの顔を浮かべている。
「もう一度だけ聞くわ。シューイ様のとこに戻ってきて。私はあんたを殺したくない……」
「無理よ……もう無理なのよ……今さら戻れることなんて、出来ない……」
 セリアはその眼から涙を流しながらも、言葉を口にした。本当は出来ることならシューイのもとに戻りたい。会いたい。けれど、それが不可能なことだと知ってしまったから。
「……分かったわ。なら他の誰かに殺されるというなら、私があんたを殺す!」
 リンダは懐から短剣を取り出し、それをセリアの心臓へと狙う。セリアはそれを観念したとばかりに呆然と見ていたが、視界に横切る炎に気づいた時、勝手にその身が動いていた。
「ぁぁっ!!」
 声にもならないような叫び声を上げながら、セリアの身体に大きな炎が直撃していた。いきなりのことにリンダは自分のしていた行動も忘れ、眼を見張る。その遠くでは炎を放ったであろうヒースも信じられないように瞠目していた。