Mystisea
〜想いの果てに〜
五章 別たれる道
06 逃亡の終わり
「先生、セリアたちは大丈夫なんでしょうか……」
朝早くから再び当てもなく歩き始めたリュートとレイとマリーア。昨日は結局いくら探しても二人を見つけることは出来なかった。
「えぇ。きっと大丈夫よ」
マリーアもレイを元気付けるために言葉を選ぶが、内心では凄い焦りを覚えていた。あれから歩き続けて分かったが、この森は本当に簡単に抜けれるものではない。ヒースを探すことが出来なければ、永遠にこの森を彷徨うことになるのだろう。
「でも……もし、もしセリアたちが……」
「レイ!その先は言うなよ!セリアもヒースも無事に決まってるさ」
「リュート……」
不吉な言葉を紡ごうとしたレイをリュートが咎めるが、一番に二人の心配をしているのがリュートでもあった。その内心もマリーアのように穏やかではない。
それから三人が黙ったまま歩いていると、ふと奥から何かの気配をマリーアが察知した。
「止まって!」
「え……」
マリーアの制止の声にリュートとレイもわけが分からずその足を止めた。マリーアが注意深く霧の先を見るので、リュートも同じようにその先を見る。すると霧の中で何かが光った。
「来るわ!」
「うわっ!」
それと同時に霧の先から<ベルド>が複数飛んで現れた。そのうちの一体がリュートに飛び掛り、いきなりのことだって剣で受け止めながらもリュートは後ろへ倒れこんでしまう。仰向けになったリュートに噛み付こうとする<ベルド>を必死に剣で抑えていた。そこをレイが上から<ベルド>だけを斬りつける。おかげでリュートは自由になり、すぐに立ち上がった。
「ありがとな、レイ」
「大丈夫?」
「あぁ。何ともないさ」
そしてリュートが改めて周囲を見回すと、現れた<ベルド>のほとんどがすでにマリーア一人によってやられていた。残った<ベルド>も後僅かで、リュートも一体くらい倒そうと走り出す。
「おらっ!」
思いっきり剣を振るって<ベルド>を薙ぎ払うように斬りつけた。すでにリュートにとって<ベルド>は簡単な相手となりつつある。余裕を持ってその場に佇むと、さらに霧の奥からこっちに向けて気配がやってくるのを感じた。リュートはまた魔獣が現れたのかと思い、今度はこちらから先制しようと剣を構える。その気配が徐々に近づいていくのを感じて、タイミングを合わせてリュートは剣を振るった。すると手応えを感じずに、剣がぶつかり合ったような音が聞こえ出す。
「ん……?」
不思議に思い前方を見ると、やがてその霧から徐々に気配の持ち主の姿が現れた。リュートはその見えた姿に驚いて、思わず言葉を失ってしまう。その変わりというように、後ろにいたマリーアがその名を呼んだ。
「ヒース!セリア!」
リュートの剣を短剣で受け止めている無表情のヒースに対して、セリアもリュートと同じように驚いた顔をしている。リュートは声も出なかったが、すぐに剣を引っ込めて慌てて弁解をした。
「あ、え、えっと……わ、悪い!」
「……」
「こ、これは、さっき魔獣が襲ってきたばっかだったから……そ、それでつい魔獣と勘違いして……」
「……」
「別にお前を攻撃しようと思ったわけじゃなくてだな……って、ヒース……聞いてるのか?」
慌てふためく様子のリュートを眼に映しながら、ヒースも短剣を仕舞ってマリーアの所へと向かう。
「いろいろあって探すのに遅れた。すまなかった」
「無事で良かったわ……」
マリーアもようやく肩の荷が降りたように安心して、二人の無事を心から喜んだ。セリアもレイと再会の喜びを分かち合っていた。
「合流してすぐだが先を急ごう。目的地までそう遠くもない」
ヒースはいつものように淡々とそれだけを口にして、すぐに一点に向かって歩き始めた。そのヒースに逸れないようにとマリーアたちも急いで後を付いていく。その中でリュートだけがヒースを怒らせたかと思い、必死に弁解しようとその背を追いかけた。
「だから悪かったって!ホントに狙ったわけじゃないんだ!」
「……別に気にしてない」
「ほ、ホントか!?」
ヒースのその言葉を聞いてリュートはたちまちホッとした表情を浮かべる。しかし次に放たれた言葉にまたもやガックリとすることになった。
「あんな攻撃くらい何ともない。いくらだって防げる」
「……そ、そっか……」
それからまたしばらくの時間が経つと、目の前を歩いていたヒースの姿がいきなり消えるように見えなくなった。それに後の四人が驚きに眼を見張り、追いかけようと一歩先に踏み出すと、急に辺りを包んでいた霧が霧散するように晴れ渡っていく。
「こ、これって……」
「嘘……」
その目の前に広がる景色に、レイとセリアが信じられないといった感じに驚いていた。リュートも嬉しさを顔に滲ませてその広がる青い空へと叫びを上げる。
「外だ!俺たちミストの森から出られたんだ!!」
「本当に良かったわ……」
後ろを見れば一見普通に見えるミストの森があり、それこそがこの森を抜けた証でもあった。一瞬諦めかけたこともあったが、無事に出られたことでマリーアはミストの森に入る選択で良かったのだと思いを浮かべる。
「これもみんなお前のおかげだな。ありがとな、ヒース!」
「そうね……ありがとう」
「ヒースがいてくれて良かったわ」
みんなが一様にヒースに感謝していた。ヒースはその礼にどうしていいかも分からなかったので、無言でそれを受ける。
「見て、みんな!」
その中でセリアが途端に声を上げて、遠くの方向を指差した。その先には海が見えると共に、その付近には比較的大きい町が見える。そこにある港には船がたくさん停泊していて、明らかに港町なのだと分かった。
「あれが……ノルンなの?」
「そうよ。まさか本当にたった二日で辿り着けるなんて……」
セリアは故郷へ戻れるからなのか、その顔が嬉しそうに輝いていた。リュートとレイもやっと旅が終わるのかと思うと、セリアと同じように喜びを顔に出してはしゃぎだす。ヒースはいつもと同じように何を考えているのか分からなかったが、マリーアだけはノルンを目の前にしても未だ安心しきれていなかった。
「先生!早く行きましょう!」
「え、えぇ……」
待ちきれないようにリュートはノルンに向かって走り出す。それを追いかけるようにレイとセリアも同じように走り出した。
「……行かないのか?」
「行くわ……」
ヒースの呼びかけにそう答え、マリーアもみんなの後を追いかけて歩き出す。
(今度こそ何もなければいいのだけど……)
五人はノルンの町に入り、目立たないようにセリアの先導のもとに、セリアの家へと足早に急いだ。目的の場所に辿り着くと、セリアは軽く扉をノックする。やがてその扉が開き、そこからはセリアと同じくらいの背の女性と、高い背の風格ある男性が現れた。
「お母さん!お父さん!」
セリアは二人の顔を見ると、そう叫んで抱きついた。
「セリア……セリアか!」
セリアの両親はいきなり現れた娘に驚くと共に、その状況をすぐに理解して家の中へと招きこむ。
「とりあえず中に入るんだ。お連れの人たちもどうぞご一緒に」
後ろで突っ立っていたマリーアたちにも声を掛け、リュートたちは素直にセリアの家の中へと入った。セリアの家はノルンの町では普通の大きさで、特に大きくも小さくもない。どこでにもあるような普通の家だった。
「あぁ、セリア……お前が無事でいてくれて本当に良かったわ」
セリアの母親は涙を流しながら、セリアに抱きついて離そうともしなかった。それを父親が咎めて、やっとのことセリアは解放される。
「セリア、話はたくさんあるだろうが今は身体を休めるんだ。奥にある部屋をみんなで使いなさい。その間に私たちはご飯を作ろうじゃないか。今日はお前の好きな魚だ。話はそれからにしよう」
「お父さん……」
何も言わずとも分かってくれた父に、セリアは感激して母と同じように涙を流していた。その言葉に甘えてセリアたちはみんなで奥の部屋へと移動する。まともな食事をするのも久しぶりだった。そのことにリュートは期待を膨らまして嬉しがる。
「セリアのお母さんもお父さんもいい人だな。俺食事が楽しみだよ」
「本当だよね。僕たちのこと分かってくれてるみたいだしこれなら心配ないよ」
「そうね……二人ともセリアのことを凄く心配していたわ」
奥の部屋に着くと、早速みんなは話を始めていた。やっと落ち着いた暮らしが出来ると思うと、リュートたちのその声にも明るさが以前より増していく。
「そうでしょ?私、お母さんもお父さんも大好きよ。二人なら絶対私たちの力になってくれるわ」
「あぁ……。これでやっと俺たちも……」
リュートはそこでふいに言葉を切った。なぜかリュートはその先を口にすることは出来なかったのだ。その意味が分からず自問自答をしていると、部屋にセリアの父がやってくる。
「セリア、食事の用意が出来たよ」
「分かったわ」
その食事という言葉でリュートはすぐに思考が切り替わった。セリアの両親の食事を楽しみにし、意気揚々とセリアの後に続いて食卓へと向かう。そこにあった机には豪勢とは言えないが、最近食べていたものに比べれば十分食欲をそそるものでもあった。