Mystisea
〜想いの果てに〜
六章 為すべきこと
01 再会
「また会ったな」
「お前は……」
綺麗な月が照らす暗い夜。シェーンは
再びリュートと戦った場所へ行った。特に何かがあるわけでもない。ただふとそう思っただけだった。しかしそこに着くと思わぬ人物が先にその場に佇むのを見
る。その人物を見て、シェーンはもしかしたら心の奥で会いたいと思ったのではないかと感じた。
「シェーンだったよな?」
「……あぁ」
「俺の名前は覚えてるか?」
「……ヴァイス」
その名を呟くと相手はその顔を嬉しそうにした。シェーンにとっては忘れるはずなどない。最近はこの目の前にいる銀髪をした青年のことを考えることが多いとも気づいていた。
「ここに来て正解だったな。またお前に会いたいと思っていたんだ」
まるでシェーンを口説くかのような優しい口調。その端正な顔にそう言われれば、普通の女性ならすぐに落ちてしまっただろう。けれどシェーンは動じずに、言葉を返した。
「お前はいったい何者なんだ……?」
「人間に決まってるだろ。けど、お前が
驚くのも無理ないのかもしれないな……。あれから俺もこの辺りの町をいろいろ見たが、どうやらここでは銀髪をした人間は滅多にいないらしいし、どこの町の
人間も俺を見る度に騒ぎ出す始末だ。おかげでこうやってフードを被るようにもなったさ」
ヴァイスはそうしてフードを被り、そうすると銀色の髪は見えなくなった。しかしシェーンはそんな答えが欲しいわけでもない。ヴァイスの眼を訴えるように見ていた。するとヴァイスは気まずそうにその視線をさける。
「……悪いな。そう簡単に話すことは出来ない」
「なぜだ?」
「一応約束してるからな。ただ言えるのは、俺はここへある人物に会いに来たということだけだ」
自らの素性を話そうとしないヴァイスに怪しさを覚えながらも、シェーンはヴァイスをどうにかしようなどとは思わなかった。
「もうその人物には会ったのか?」
「いや。これがどこにるか全然知らないんだ」
「……知らないのに会いに来たのか……?」
「……まぁそういうことだな。この大陸のどこかにいるのは分かっているんだが」
どこにいるかも分からないというが、ヴァイスの顔には不安や焦りなどは微塵も表れていない。シェーンはこれ以上は興味もないように相槌を打った。
「そうか」
するとヴァイスは少し真剣な顔をする。そしてシェーンへと聞きなれない単語を口にした。
「……聖獣って知ってるか?」
「聖獣……?」
「そうだ。それが俺が探している人だ。……もっとも人ではないけどな」
「何だそれは……聞いたこともない……」
初めて聞くその言葉に、シェーンはどこか戸惑いを隠せない。しかしヴァイスは言葉を口にしたものの、それについて何も話そうとはしなかった。
「やはり知らないか……まぁ、そう簡単に知られるものではないからな」
「いったい何なんだ。その聖獣とは……」
「いや、知らないならいいんだ。忘れてくれ」
「……」
シェーンはその言葉に初めて何かを惹かれたが、それ以上の追求はしなかった。例えそれが何であるかを知ったとしても、シェーンにとっては何も変わりはしないのだ。帝国騎士として、ずっと戦い続けることも。
「俺はこれから東へ行こうかと思う」
「……そうか」
「その前にお前に会えて良かった」
それが何の意図を持っているのかも分からないが、シェーンはそれに静かに頷いた。正体は分からないが自分と同じ銀の髪を持つヴァイスに、会えて良かったとシェーンも思っている。
「……じゃぁな」
「……あぁ」
どうしてだか、お互いが名残惜しそうに別れの言葉を交わしていた。同じ銀を持つ者としてどこか惹かれあうものがあるのかもしれない。
やがてヴァイスはシェーンに背を向けて去っていった。その後姿は、夜の中で月の光を浴びる短い銀髪が輝いている。その髪を見つめながら、シェーンもまた自分の帰るべき場所へと歩き出した。
「ねぇ!早く助けに行って!このままじゃみんなが!!」
「セリア!頼むから現実を見てくれ……。あの海だ……助かるはずがない」
「嫌、嫌よ!みんなが……みんなが死ぬはずないじゃない!!」
何とか無事に魔獣から逃げてサレッタ
に着いても、相変わらずセリアの取り乱しは変わらなかった。シューイもまた予想もしなかった出来事に、内心ではかなり動揺している。しかしそれを表を出さ
ずに、今はただ任務の遂行を果たそうとした。しかしすでに反逆者のうち四人も欠けている。このまま帰還してもいいのだろうかと思うが、やはりシューイの中
ではすでに四人は助かりはしない。海の真ん中で落ち、そしてそこに魔獣がいるのだ。考えたくもない出来事を、シューイは頭の中から振り払う。
「……どうして……私たち、何もしてないのに……」
セリアは小さな声でそう呟き、それが隣にいたシューイの耳にだけ入った。シューイは真実を知らず、ただ父に命令されたことをしているだけ。いや、父である皇帝こそがシューイにとっての真実なのだ。
「セリア……」
例え捕まえた人物が愛する少女だろうと、見逃すことは出来なかった。
「シューイ様。護送の準備が整いました……」
「……分かった」
リンダの報告を聞くと、シューイは嫌
な気分になりながらも、セリアを連れてサレッタの外へと向かう。いきなり現れた帝国騎士団たちを目の前に、サレッタの港町の船乗りたちは友好的ではない視
線が向けられていた。その理由も分からず、けれど問いただすことも出来ず、居心地の悪い思いをしながらもシューイは歩いていく。
セリアは俯きながらシューイについて歩いていた。すると視線を感じ、顔を上げればそこにはダインの姿が見えた。個人的な話など何もしてないのだが、向こうは自分たちが反逆者だと知っていたという。今のこの状況を見て何を思っているのだろうか。
「負けるな」
「……!」
ダインの横を通り過ぎた時、ダインは
そっと小さな声でセリアだけに聞こえるように口を開く。セリアは慌てて後ろを振り向くと、そこにはダインが優しく笑ってセリアを見送っていた。ダインだけ
ではない。帝国に嫌な思いをさせられた船乗りたちは、みんながセリアに笑顔を向けていた。その姿を見たとき、セリアはそっと小さな涙を流す。
マリーアもレイもリュートも、そしてヘルムートさえもいない自分を見て、何を思ったのだろうか。
いきなり涙を流し始めたセリアをシューイはそっと慰める。その瞬間だけが、昔に戻れたかの錯覚をするように。
数日後、セリアはシューイとリンダを隣にアルスタール城の扉を再び潜ることになる。
仕官学生でも騎士団でもない、反逆者という罪人の烙印を押されて
小さな少女は最近日課のように集落の
近くにある海辺を訪れていた。本当に時々であるが、そこにどこからか流れたものがやってくるのだ。人間が持つ武器などがあった日もあれば、可愛いアクセサ
リーのようなものが落ちてる日もあった。それを拾って家に帰る度、父や母には捨てて来いと怒鳴られるけど、それでも少女はその日課を止めることは出来な
い。
少女が住む集落からさほど歩かずに辿り着ける小さな海辺。果てしなく広がるその青い海に、少女は心を奪われていた。この小さな世界から、あの青い海を越えていきたい。それが少女の夢。
「……あれ?」
そこでふと少女は海辺の端の方にある何かに気づいた。久しぶりにどこからか流れ着いたものかと思い、急いでその場所へと向かう。しかし近づくに連れて、だんだんとそれが大きいものであることが分かった。
「……!?こ、これって……嘘……」
少女がその何かに近づいてそれを眼にした時、信じられないというように驚いていた。いくら何でもこんなことは初めてである。
「どうして人間がこんなとこに……」
そこには、人が死んだように倒れていた。