Mystisea

〜想いの果てに〜



六章 為すべきこと


03 怒りの理由








 リュートとヒースはフェアリーの集落であるアリフィスを出た後、どこへ歩いていけばいいか分からず困り果てていた。初めて降り立ったこの地では、土地勘などあるはずもない。リュートは情けない声で独り言のように呟きを漏らす。
「どうすりゃいいんだよ……」
「お前はどうしたいんだ?」
「それが分からないから困ってるんだよ」
 どうしたいかと聞かれても、どうすれ ばいいかも分からないのだ。アルスタール城から逃げた後のことだって、全て旅路はマリーアに任せてきていた。二人になってみて、リュートは改めてマリーア のいないことが大きいことと、その大変さに感謝する。今となってはその相手さえも、どうしているかも分からない。
「セクツィアを出るのか?」
「……それも俺には分からないんだ」
 妖精族から嫌われた人間に、セクツィ アでの居場所があるわけもなかった。この国で暮らすことなど、リュートたちに到底出来るはずがない。だからといって、他の国で安心して暮らすことが出来る と言えば、そんなわけもなかった。もはや反逆者となったリュートたちに、居場所などどこにもないのだ。
「はぁ……」
 ずっと突っ立っているわけにもいかず、どこに向かっているのかも分からずに二人は歩き始める。リュートが隣にいるヒースの様子を窺えば、どこかその雰囲気が怒りを纏っているように感じられた。リュートは恐る恐るといった感じでヒースへ話しかける。
「ヒース……やっぱ怒ってるのか?」
「……何で?」
 その声音が普段よりもさらに冷たくなっているのは、リュートの気のせいではないのだろう。リュートは口を閉じてしまいそうになるが、勇気を振り絞ってさらに声を出す。
「ほら……俺が全然決められないからさ」
「……」
 するとヒースは一瞬リュートの顔を見ただけで、スタスタと足早にリュートを抜かして歩き出す。何が悪かったのかも分からず、リュートは焦ってヒースを追いかけた。
「お、おい!待てよ、ヒース!」
 その声ですぐにヒースは止まり、後ろを振り返ってリュートを見た。するとその顔は怒っているというよりもどこか哀しそうな顔だったので、思わずリュートも歩みを止めてヒースを見る。
「……分からないのか?」
「え……」
「言ったはずだ。俺は命を犠牲にしてまで守られたくないと!」
「ヒース……」
 ヒースは辛そうな顔をしながらも、 リュートに怒りをぶつけていた。リュートもその想いが伝わってきて、一瞬だけ目を逸らしてしまう。デオニス山で崖から落ちたヒースを助けた時も、ヒースは こうやって怒りをぶつけてきた。二度目はないと言ったにも関わらず、リュートは危険を冒してヒースを助けたのだ。その怒りの大きさに、前はどうしてそこま で怒るのか分からなかったが、今ならその意味が分かる。きっとヒースは命を懸けて守った両親のことを思い出すのだろう。ヒースはあんな想いをもうしたくな いのだ。
「ごめん……。でも、俺はお前を助けたかったんだ!」
「だからといって魔獣もいる海に飛び込むなんて自殺と同じじゃないか!一歩間違えればお前だって死んでいたかもしれない!」
「だけど、俺たちは生きていた。こうやって今ここに立っているんだ。俺はあの時の行動を後悔なんてしない」
 そう。デオニス山の時も、海でのことも、リュートは後悔なんてしなかった。例え自分が死んでも、それでヒースが守れたならきっと後悔しないのだろう。リュートは真っ直ぐにヒースの眼を見た。それでもヒースが納得なんてするはずもない。更に怒りを露にした。
「お前がしなくても、俺がするんだ!」
「……ヒース」
「頼むから……それだけはしないでくれ。死んだらもう……」
 その最後の小さな呟きは両親のことを思い出していたのだろう。なかなか見ることの出来ないヒースのそんな表情に、リュートはその想いの大きさを知った。
「……分かった。もうしないよ」
「本当だな?約束だぞ……」
「あぁ。けど、死なないくらいなら別にいいだろ?」
「…ッ……勝手にしろ」
 そのリュートの眼が何を言っても無駄だと言っていたため、ヒースは諦めて投げやりにそう零していた。
 けれど実際戦闘力だけに関して言えば、リュートよりもヒースの方が強い。そのことをリュートは失念していた。
「もし次があれば、もうお前とは一緒にいることはないからな」
「冗談…だろ……?」
「そんなわけないだろ」
「……そ、そっか……」
 それを聞くと、リュートは改めてしないように気をつけようと思った。
 やがてヒースはこれ以上話すことはないというように、再び歩を進める。リュートも急いでその後を追い、ヒースの横へと並んだ。気付かれないようにその顔色を窺うと、怒ってはいないようだがその雰囲気は話しかけづらい。気まずく感じながらも、リュートは一緒に歩き続けた。
 するとその雰囲気を明るくするかのように、二人へと後ろから声が掛かる。
「待って!」
 その幼い声に、リュートは慌てて後ろを振り返った。するとそこには必死にこちらへ向かってくる小さなフェアリーの姿が見える。リュートは驚き、その名を呼んだ。
「リリ!?」
「待って、リュートお兄ちゃん!」
 リリが速いスピードでリュートたちのもとにやってきた。いきなり現れたその姿に、リュートとヒースは二人して瞠目してしまう。
「リリ……なんでここに……」
「よ、良かった……間に合って」
 急いでやってきたのだろう。リリは息を切らして、疲労の表情を見せていた。二人はそんなリリを見て、何も言葉を言えずにリリが話すのを待つ。
「私もお兄ちゃんたちと一緒に行きたいの!」
「な、何言ってるんだよ……俺たち人間と一緒にいたら怒られるだろ」
「そんなの私は知らない!みんな……お父さんもお母さんもおかしいのよ!どうして人間と一緒にいちゃいけないの?どうして人間と関わっちゃいけないの?人間だってみんなが悪い人じゃないのに……絶対にそんなのおかしいよ!」
「リリ……」
 このセリアンス大陸に住む妖精たちにとって、それは非常に珍しい意見でもあった。幼いからこそ昔の確執を知らず、その純粋な意見は輝かしいものだ。しかし他の大人の妖精たちがそれを聞けば、みなが渋い顔をするのだろう。
「私がお兄ちゃんたちと一緒に行くって言ったらみんな反対するの。だから私、お父さんも無視して出てきたの!ねぇ、私も一緒に行ってもいいよね!?」
 その懇願するような愛くるしい顔を見て、誰が断れるというのだろうか。リュートも例に漏れず、リリの言葉に頷いていた。
「当たり前だろ!俺もリリと同じ想いだ。それに……俺たちは友達だろ!」
「……うん!」
 人間と妖精という間柄にして、友達になったリュートとリリ。今となっては珍しすぎるその関係は、この先の人間と妖精との交流を少しでも変えることになるのだろうか。
「えっと……ヒースお兄ちゃんもよろしくね!」
「……あぁ」
 やはりどこか怖い雰囲気を漂わせるヒースにリリは臆し気味になるが、それでも勇気を振り絞って口を開いた。ヒースはそれに対して一言を返しただけで、リリはそれだけでリュートの後ろに隠れるような形になる。その様子にリュートは苦笑をしながらも、二人の間を取り持った。
「大丈夫だよ、リリ。ヒースはいつもこんな感じだからさ」
「悪かったな」
 ヒースはリュートの言葉に素っ気無く返し、またもや先を一人で歩き始めた。それにリュートは慣れたように慌て、リリと共にその後を追う。リリはそのやり取りだけで、何となくリュートとヒースの関係を察知していた。
 三人が歩き始めてからしばらく経つと、その行き先に疑問を思ったリリが二人に尋ねる。
「お兄ちゃんたちはこれからどこに行くつもりなの?」
 今リュートたちが歩いている方向には何もないとリリはすぐに分かった。その言葉を聞いたリュートたちは気まずい顔をしながらも、正直に答える。
「いや……別にこれといって目的地があるわけじゃないんだ。ただ適当に歩いてるだけなんだよ」
「そうなの?だからなんだね。この先に何もないのに歩いてるから不思議に思っちゃって」
「え!?何もないのか!?」
 無邪気にそう言い放つリリに、リュートは少しだけ恨めしく感じた。知っているなら最初から言ってほしかったが、勝手に歩いていたのはリュートたちで、それに文句を言えるはずもない。
「でも確かこの近くにはフェルスがあったと思うよ」
「フェルス?」
「うん。エルフたちの集落だよ。そこにはセクツィアの長老でもあるムーク様もいるの」
「エルフにセクツィアの長老か……」
 エルフとはセクツィアの国境にいた妖精族のことだ。リュートは彼らのことを思い出し、少しだけ嫌な気分になる。しかし長老という言葉にも惹かれていた。
「つまりそのムークという人がこの国で一番偉いのか?」
「お父さんはそう言ってたよ」
「なぁ、リリ。そこに行く道は知ってるのか?」
「フェルスなら私も行ったことあるから分かると思うけど……」
 リュートがフェルスに行こうとしているのがリリにはすぐに分かった。しかしリリはそこへ行くことはあまり賛成できない。
「エルフは私たちフェアリーよりも、人間を嫌っているの。それに好戦的な性格の人も多いし……」
「大丈夫だって!」
 リュートたちの心配をするリリに対し、いつものように楽天的にリュートは言い放つ。その前向きな行動がどこから来るのか、ヒースには全く理解できなかった。
「……危険は覚悟しているんだろうな?」
「おう!だけどいくらなんでもすぐ襲ってくることはないだろ」
 その軽い返事に、果たして本当に分 かっているのかどうかも危うかった。ヒースはリュートが行くと決めれば、それに反対する理由など何もない。しかしエルフの性格を知るリリとしては、どこか 不安を拭いきれなかった。人間と妖精がいがみ合うのがおかしいとは思っているが、妖精が人間を毛嫌いしているのも知っているのだ。リリの心は複雑な心境で もあった。
「リリ、案内してくれるか?」
「……うん」
「心配するなって。危なかったら逃げるから大丈夫だよ」
「絶対だよ?」
「あぁ」
 その返事を聞いてリリも納得したのか、進行方向を変えて進みだす。リュートもなるようになるという考えで、特に深く考えてもいない。
 そして三人はゆっくりとフェルスへと向かい出した。