Mystisea

〜想いの果てに〜



六章 為すべきこと


04 両者の確執








「あれがフェルスだよ」
 リリが指を指す方向には、大きな街があった。そこは大森林とは程遠い枯れ果てた森に囲まれた中にあるもので、そこに住む者はみなが耳を長くした人間のようなエルフだった。それを遠くから見ていたリュートは驚きに息を詰まらせる。
 こ こへ来る時も思ったのだが、セクツィアには緑が少なすぎる。森林や大木など豊かな緑を連想させるものは多いのに、そのほとんどが枯れているのだ。その奇妙 な光景にリュートは何と言っていいのかも分からなかった。リリにも聞いてみたが、何も知らないという。きっとこの木々が全て緑豊かだったならば、この国は とても綺麗だったのだろう。
「あそこに長老がいるんだよな」
 ここまで来たものの、リュートは長老 に会って何を話したいのかも分からなかった。しかし今さら立ち去ることは出来ずに、リュートはゆっくりとフェルスへと進んでいく。ヒースもまたリュートに ついて歩いていた。海に落ちたときになくなったのか、すでにバンダナもしていなく、瞳も漆黒のままだ。
「お兄ちゃん……」
 リリは心配そうに二人の後ろをついていく。やがてフェルスの姿がハッキリと見えたころ、中にいたエルフたちもリュートたちに気付き始めた。その様子にリュートは警戒すると、いきなり中にいた数人のエルフたちが弓を構えて矢を放ってくる。
「うわっ!」
 予想もしなかった攻撃に慌て、リュートは反射的に矢を避ける。すると矢はスレスレでリュートを避けて後ろにある木に刺さった。リュートは冷や汗を垂らしながら、文句を言ってやろうと再びエルフたちを見る。
「って……嘘だろ!?」
 そこには大勢のエルフが現れ、その全員がリュートたちを狙って矢を番えていた。
「なぜ人間がここにいるんだ!」
「殺せ!!」
 一斉に矢を放ち、それらはリュートたちを的確に狙ってくる。エルフの命中精度は高く、そのほとんどが動いていなければリュートの身体を突き刺していただろう。しかしリュートはしゃがみ込んで避け、エルフに向かって叫ぶ。
「止めろ!いきなり何するんだ!」
「そうだよ!止めてよ、みんな!」
 リリもまたリュートたちの前に出て、一緒になって叫んだ。現れたフェアリーに動揺し、エルフたちもまたその攻撃を緩める。しかし何を勘違いしたのか、さらにリュートたちに敵意をむき出しにした。
「あれはリリか!」
「人間がリリを人質にしたぞ!」
「何て卑劣なやつらだ……!」
 エルフたちは射殺すようにリュートたちを睨みつける。しかしリリが前に出ているために、その矢を放つことはなかった。リュートもまたエルフを睨み、そのまま両者の間で膠着が続く。するとそれを打ち消すように、エルフの中に新たに人物が現れた。
「何事だ!」
 見るからに高齢だと分かるエルフ。人間よりも長い寿命を持つエルフの中でも、高齢の方なのだろう。外見だけを見ても100歳を越えていることは明らかだった。その人物を見て一斉にエルフたちは敬礼に似たような仕草を取る。
「ムーク様!」
「人間がこの地に侵入してきたのです!」
「人間だと?」
 ムークがリュートたちに眼を向けると、その表情を厳しくした。リュートはその視線を受けて、好戦的に睨み返す。するとムークがリュートたちに近寄ってきた。
「ムーク様!?危険です!」
 止めようとするエルフを手で制し、ムークはリュートたちの前に立つ。そしてリュートに何かを発しようとした時、遠くからでは見えなかったその後ろにいるヒースを眼にし、その顔を驚愕した表情に変えた。
「な、なぜ……」
 信じられないものを見るかのように混乱し、ムークは取り乱していた。やがてそれを何とか落ち着かせ、言葉を出す。
「人間が何故この地にいるのだ」
「ムーク様!リュートお兄ちゃんたちは悪い人じゃないよ!」
「お前は黙ってるんだ」
 リリを一瞥し、それだけでリリは口を噤んでしまう。
「お、俺たちは……」
 何を話していいかも分からず、リュートは戸惑っていた。ムークはそんなリュートの眼を見て、そこに悪意があるわけではないと感じる。すぐに何とかする必要もないと判断し、後ろにいたエルフたちに命じた。
「この人間たちを私の家に案内しろ」
「な、長老!?」
「話はそこで聞こう」
 ムークはそれでリュートたちから離れていく。命令されたエルフたちは戸惑いの色を浮かべ、ムークを見ていた。リュートもまたわけも分からずに混乱する。
「どういうことなんだ?」
「すぐに殺されはしないということだろ」
 ヒースはそれだけが分かり、歩き出す。エルフに自分たちを案内する気などないようにも思えて、自分でムークの後を追っていった。それに続いて、睨みつけるエルフに居心地の悪さを感じながらもリュートも歩き出す。


 リュートとヒースは木で出来た机を挟み、セクツィアの長老でもあるムークと向き合っていた。今いるムークの家にはこの三人しかいなく、リリは外で待たされている。それに不平を漏らしていたが、長老の命令ともあれば仕方がなかった。
「……海に流されたと、そう言うのか?」
「そうです」
 リュートはここに流れ着いた経緯をざっと話し終える。ムークはそれを聞いて渋い顔をしながらも、頷いていた。
「俄には信じ難い話だ……」
「俺たちは嘘なんてついてません!ここがセクツィアだなんて知らなかったんです!」
「そう熱くなるな、人間よ。何も全てを疑っているわけではない」
 机に手をついて勢いよく立ち上がったリュートに、ムークは静かな声で諭す。リュートは何も言い返せず、心を落ち着けて座った。
「しかしなるほど……お前たちが今人間の間で騒がれている罪人なのか」
「だから俺たちは何も悪いことなんてしてないんだ!全部帝国が勝手に……!」
 何度思い出そうとリュートは帝国と、そしてアイーダに怒りを覚える。例え自分が生まれた国であろうと、今の帝国は決して好きにはなれなかった。
「罪を擦り付けられたか?帝国のしそうなことだ」
「……」
 そのムークの言葉からも、帝国への怒りが強く感じられた。思わずリュートは黙りこくってしまう。
「……だがお前たちが本当に無罪だろうとワシ等には関係ないこと」
「それは……」
「帝国に突き出すつもりなどない。しかしこの国に人間を置くつもりもないのだ」
「何で……何でそこまで人間を嫌うんだ!そりゃ人間にも妖精族を悪く思う人もいるのかもしれない……けど、そうは思わない人間だってたくさんいるはずだ!」
 初めは人間が妖精を嫌うこと自体有り得ないと思っていたのだが、旅の中でマリーアに聞いた話ではそうでないことが分かった。しかしそれでもリュートやマリーアのように妖精に何の敵意も抱かない人間もいるのだ。それをムークたち妖精族に分かって欲しかった。
「だがほとんどの人間が妖精を見下し、蔑み、そして嫌っているのだ。ワシ等の同胞が何もしていないのに人間に殺されたことだって何度もある。その度にワシ等も人間を憎み、そうやって妖精と人間の関係は年を重ねるごとに悪化していったのだ」
「……そんなの悪循環じゃないか……」
 リュートは声を押し殺すように呟く。するとそれを見たムークが、笑みなのか悲しみなのか判断しにくい表情を見せた。
「そうかもしれない。だがワシ等の関係の悪化には大きな原因があるのだ」
「……」
「確かに大きな過ちを犯したのはワシ等……。だがその選択肢しか選ばせなかったのが人間たちなのだ」
 ムークは後悔と怒りと悲しみと、様々な感情が心を支配していた。昔を思い出す度にどうしようもない罪悪感と、怒りが湧き起こるのだ。すでに当時を生きた妖精もムークを入れて数人しかいない。
「……いったい何があったんですか?」
「知ってどうするのだ。今さら過去の出来事を知ろうと、ワシ等の関係は変わりはしない」
「そんなの分からないだろ!原因が分かれば何とかなるかもしれないじゃないか!」
「……浅はかな考えだ。だが……お前たちには話すべきなのか……」
 ムークは視線をヒースに向けて、罪悪感を顔に出していた。ヒースも無言でその視線を真っ直ぐに受け止める。そしてムークはゆっくりと口を開いていった。
「……すでにワシが生まれた頃には妖精と人間との関係はギクシャクしていた。それでも今ほど酷くはなかったのだ。決定的な出来事が起きたのは八十年ほど前になるか……。ワシ等は当時の帝国の皇帝に、北の国を攻める連合軍に加われと言われたのだ」
「北の国って……まさか!」
「そう。魔の子が住む国、ノーザンクロス王国」
 リュートは咄嗟に隣にいたヒースの顔を見た。しかしヒースは無表情にムークへ視線をやっている。恐らく予想していたことなのだろう。真剣にその話を聞いていた。
「もちろん最初は断った。だが断ればセ クツィアも攻撃の対象に入ると帝国は脅してきたのだ……。最強を誇る武力の帝国騎士団に加え、魔導師団、王国騎士団を相手にセクツィアが勝てるはずもな かった。当時の族長たちは話し合い、セクツィアを守るために結局は攻め入ることを選んだのだ。だが……!全てはそれが過ちだったのだ……」
 ムークは過去の出来事を鮮明に思い出し、胸が引き裂かれそうになった。けれど何とかそれを抑え込み、続きを促すリュートとヒースに視線を向ける。
「昔からこのセリアンス大陸には精霊が少なかった。それがワシが生まれる前に起きた戦争によって、さらにその数が減っていったのだ。そんな精霊たちが住み着いた先がセクツィアと、そして何故だかノーザンクロス王国だった」
「精霊……?」
 リュートは聞いたこともない単語に反応した。するとムークはそれを簡単に説明していく。
「精霊とはワシ等妖精にとって、上位に当たる存在。その姿は人間では高い魔力を持つ者しか見えることはない。今となってはこのセリアンス大陸にはいない。知らぬのも当然だ」
「いないって……でもこの国とノーザンクロス王国にはいたんだろ?」
「全ては過去の話。八十年前をきっかけに、この大陸から精霊は姿を消した。ワシ等に許されない罰を与えてな……」
 ムークは自分たちが犯した過ちを後悔していた。それと同時に、そうせざるを得なかった人間たちへの怒りも大きかった。
「ワシ等は逆らってはいけない精霊が住んでいた国を攻めたのだ。そこにどんな理由があろうと精霊はワシ等を許しはしなかった。考えが愚かだったのだ……。人間を攻めるのであって精霊を攻めるのではないと、そう考えたワシ等が愚かだったのだ……」
「そんな……」
「戦争の結果はお前たちも知るように連合軍の勝利だ。ノーザンクロス王国は滅び、そこに生きた魔の子も全て死に絶えたはずだった」
 ムークは視線をヒースに向ける。当時若かったムークはセクツィアの軍でも、先陣を切って戦っていた。それ以来見たこともなかった、死に絶えたはずだった魔の子を見た時は心臓が凍るかと思ったほどだ。
「そしてそれと同時にノーザンクロス王国にいた精霊も姿を消した。セクツィアに来るのだと思い込んでいたワシ等は愕然とした。更にはセクツィアにいた精霊までもが姿を消したのだ。罰を残してな……」
「その罰って……」
「見ただろう。外のセクツィアの姿を。森は枯れ果て、雨も降らず、泉は乾き、緑も失い、着々と滅びに向かうセクツィアの姿を!」
 ムークは激昂して言い放っていた。無理もないことだろう。セクツィアを守るために決断したことが、セクツィアを滅びへと向かわせたのだ。更には衝撃的な事実をもムークは言葉にする。
「いくら謝ったところで精霊は許しては くれなかった。仕方が無かったワシ等は失った水や食料を求め、当時の族長全員がアルスタール城まで向かい援助を申し出に行ったのだ。それなのに……なのに この国へ帰ってきたのは何だと思う!?アルスタール城へ行った族長全員の首だ!!ワシ等はどんなに怒り狂ったことか!人間たちは脅してワシ等を従わせたく せに、戦が終わればお払い箱のように捨て去ったのだ!」
「……そんなことって……」
 ムークは涙を流しながら、関係ないと頭で理解していても目の前にいる人間を睨みつけた。リュートもまたその話を聞いて、信じられない気持ちだった。どうしようもない怒りが沸きあがり、それは今の帝国とアイーダにも向けられていく。
 比べるまでもないだろう。悪いのは人間たちだった。