Mystisea

〜想いの果てに〜



六章 為すべきこと


05 人間と妖精








 両者の間に一時の沈黙が訪れた。リュートは過去にした人間たちの行動に怒り、だからこそ今の状況に強く言えなくなってしまう。ヒースもまた帝国の非道さに嫌な気分をしていた。
 やがてムークが沈黙の中、声を発する。
「分かっただろう。もはやワシ等は歩み寄ることは出来ないのだ。全ての人間が悪いわけではいとワシも理解している。しかし、だからといって例外を認めるわけには行かないのだ……」
 それは遠まわしにした、二人への言葉 なのだろう。けれど、昔起こった出来事を知ったリュートはそれでも諦めはしなかった。最初からこの国にいたいと思っていたわけでもないし、いさせて欲しい と思ったわけでもない。だから国を出て行けと言われても、困りはするがそれに必死に抵抗する必要もなかった。しかしここで素直に国を出て行っては、それこ そもう二度と人間と妖精の関係が良くならないと思ったのだ。
「……話は何となく分かった。だけど俺はやっぱり分かり合えると思うんだ。今すぐは無理かもしれない。時間はかかるかもしれない。けど、両者が歩み寄ろうとすれば、いつかは絶対に仲良くなるはずだ!」
「分かっていない。ワシ等は一部を除き、誰もが人間と歩み寄ろうなどとは思っていないのだ」
「だけど一部がいるんだろ?人間だって妖精族と仲良くなりたいと思ってるのはまだ少ないと思う。今はそれでいいんだ。その少ない人数が、いつか多くなっていけば……」
 ムークは真剣なリュートの眼差しを見て、僅かにたじろいでしまう。その奥に秘められた確かな意志はムークにもはっきりと伝わったのだ。本当はムークも今の関係に疲れきっている。けれど、どうにかしたいと思っても、そんなことは一度も考えもしなかった。
「本気で言っているのか……?」
「当たり前だ。少なくとも俺はリリと友達になった。それだけでも前進したんだと俺は思ってる」
「友達……妖精と人間が友達だと言うのか……」
「そうだ」
「リリはまだ子供だ。人間の汚い部分を何も知らぬのだぞ」
「……分かってる。けどあいつは大丈夫だよ。例え人間のことを知っても、昔のことを知っても、それでも人間と仲良くなりたいと思うはずだ」
 リュートには自信があった。確かにリリはまだ子供で、人間のことを知らないかもしれない。けれど絶対にリリは人間と共存していきたいと願っているはずだった。
「……そうか……そうなのか……」
 ムークは一人考え込むように、呟いていた。最初に会った時と比べれば、その雰囲気は大分違っている。人間を拒絶する雰囲気が消えているのだ。
 しばらくムークはそうしていたので、痺れを切らしリュートは戸惑い気味に声をかけた。
「ムークさん……?」
「……あぁ、すまない」
 ムークは顔を上げて、リュートとヒースの顔を見つめる。その心はリュートのおかげで、少しだけ違かった。
「……人間たちよ。名前を教えてくれるか?」
「……俺はリュート!」
「ヒースだ」
 人間に名前を聞くというだけでも、かなりの進歩だろう。それがリュートにも分かり、満面の笑みを浮かべていた。
「リュートに……そしてヒースか。君にはどんな顔をすればいいか……」
「別にいい」
「いや、君にはワシを責める権利があるのだ。なぜ魔の子が……しかも髪と瞳に漆黒を持つ者が生きていたのかは聞かん。だが、こんなことを言う資格がないことは分かっているが……生きていて…良かった……」
 ムークはヒースの手を取り、許しを請うかのように涙を流していた。ヒースは戸惑い、困惑の表情を見せる。
「いいと言ってるだろ」
「だが……」
「少なくとも八十年前は俺は生まれてもいなかったんだ」
「……あぁ……本当にすまない……」
 今の時代、魔の子が見つかれば、どれだけの扱いを受けるのかは知っている。だからこそムークは本当に謝りたかったのだ。例えセクツィアが連合軍に参加しなくても、ノーザンクロス王国は滅びていただろう。それでも、罪悪感だけは拭いきれなかったのだ。
 そしてヒースからその言葉を貰っとき、また自分に後悔していた。それはただ許しを貰いたかっただけなのだ。罪を犯した自分たちが、許されたいと、そう思っていただけ。精霊に許されなかったのなら、魔の子の生き残りに許されたいと、そう思っていた部分があったのだ。
 ムークは二重の意味で、繰り返すようにヒースに謝罪の言葉を口に出す。
「すまない……」
「もういいですって、ムークさん」
 見かねたリュートも止めに入り、やっとのことヒースは解放された。ムークも涙は流し続けたままだったが、我を取り戻す。
「……リュートにヒースよ。今夜はワシの家に泊まっていけ」
「え……いいんですか!?」
 思ってもいなかった言葉がムークより紡がれ、リュートの顔に驚きと喜びを同時に表れていた。
「勘違いするな。ワシにも少し考える時間が欲しいのだ」
「だったら他の家でも……」
「死にたいなら止めはせんがな」
「ここに泊まらしていただきます!」
 一瞬リュートは身震いを感じ、すぐにその言葉が口から出ていた。そんなリュートを呆れたようにヒースは見る。リュートも何か文句を言いたかったが、それを押し止めて奥へと案内するムークについていった。
 自分の気持ちが少しでも伝わったのだと分かり、リュートは少し興奮しながら夜を迎えていた。まだセクツィアにいれると決まったわけでもなかったが、それでもリュートは嬉しく思っていた。その少しずつ変化していく、人間と妖精との関係を想いながらも。






 翌朝、ムークから出された食事はお世 辞にも豪華とは言えなかった。目の前に出た野菜は新鮮など欠片もなく、しなびていて腐っているようにも見える。しかしそれらが今のセクツィアの環境から出 来たものなのだとリュートは理解し、何も文句を言わずに全てを口に運んでいた。ここに住んでないリュートには分からないが、思ったよりもセクツィアは深刻 な状況に陥っているのだろう。
 やがて食事も終わりその片付けが終わると、二人に向き合ったムークが本題に入ってくる。
「さて……お前たちのこれからのことだ」
「セクツィアにいさせてくれるのですか?」
「早まるな」
 早とちりをするリュートを、ムークは手で制する仕草をした。それを見て黙ったリュートに視線を向け、ゆっくりと口を開いていく。
「一晩考えたが……お前の言うことは分かった。ワシも今の人間との関係には正直困っているのだ。最近では帝国の騎士団とも小さな争いがよく起こる。その度にワシ等の同胞が何人もやられていくのだ」
 それは第三騎士団のことなのだろう。リュートも騎士団と妖精との間に争いが度々起こっているは知っていた。複雑な思いになりながら、神妙に頷く。
「これは人間に話してはならないことだが……お前たちを信じて話そう」
「……?」
「ワシ等は今、滅びへ向かっているのだ」
「それって……」
「そうだ。この緑が失われていったのが原因だ。精霊が与えた罰により、セクツィアは年を重ねるごとに緑を失っていった。今ではもはやほとんどないと言ってもいいだろう。そしてそれに連ね、ワシ等は同胞を多く失っていったのだ」
 リュートは口を挟みそうになりながら、黙ってムークの話を聞いていた。ムークも一旦そこで一息を入れ、その続きを口にする。
「先ほどの食事を見て分かった通り、作 物も満足に出来る状態ではない。戦いに敗れ死んでいく者。食べ物も満足に取れず餓死していく者。理由はさまざまだが、今のセクツィアに生きる妖精たちは、 以前と比べて半分以下にも減っているのだ……。もはやワシ等が全て滅びるのは時間の問題なのだよ」
「そんなことって……。何とかならないんですか!?」
 リュートの必死な訴えも、ムークは首を横に振った。
「ならぬのだ。ワシ等とて何度も対抗策 を講じてきた。昔のことがありながらも、人間に援助を申し出たこともあったし、停戦を申し出たこともあった。けれど、そのどれもが一蹴されるだけに終わっ た……。最後に残された策はこのセクツィアを捨てて、ワシ等妖精の故郷へ帰ることだけ。しかしワシ等の呼びかけに、故郷が応えることはなかった。やはりワ シ等を許してはくれなかったのだろう。これも全て長い時間をかけての精霊からの罰なのだよ……」
「罰ってそんな……悪いのは貴方たちじゃないのに……」
「……面白い人間だ。本気でワシ等の心配をするのか……」
 リュートの心がムークにも本気で伝わってくる。信じられないようなことだが、それがムークの心を騒がせていた。
「……話が逸れたな」
「ムークさん……」
「それでお前たちのことだが……ワシとしてはセクツィアにいてもいいと思っている」
「本当ですか!?」
 思いがけなかった言葉を聞き、リュートは興奮する。しかしまたしてもそれはリュートの早とちりで、ムークはリュートを落ち着かせて続きを話した。
「だがワシが許したとしても、同胞はそれを許さないだろう」
「それじゃどうすれば……」
「だから許させればいいのだ」
「許させる?」
 リュートはムークの話についていけず、首を傾げる。ここからが大事な話のようで、ムークの声音が重くなっていった。
「そうだ。ワシ等にとって上位である精霊は絶対の存在。だからこそ、その精霊を従わせればいいのだ。そうすれば同胞たちも皆認めてくれるだろう」
「従わせるって……だって精霊っていうのはいなくなったんじゃ……」
 リュートは未だに精霊という存在についてよく分かっていなかったが、昨日の話ではもう存在しないのだとムークが話していたのだ。矛盾した話に頭が混乱していく。
「確かにいないとは言った。だが、一体だけいるのだ。ワシ等を見張るかのように、セクツィアの奥にある祠に眠っている精霊がな」
「その精霊に会えというのか?」
「そうだ。理由は分からないが、精霊は何故か魔の子に従っていた。恐らくヒースならばその精霊を従えることが出来るだろう」
「ヒースが……?」
 そんなことがヒースに出来るのだろうか。リュートはそう思ってしまったが、次のムークの言葉で納得する。
「言ったはずだ。精霊を見ることが出来るのは、人間では高い魔力を持つ者だけだと」
「その精霊を従わせれば本当に俺たちはここにいてもいいのか?」
「約束しよう。決めるのはお前たちだ」
 そう言われても、すでにリュートとヒースの答えは決まっていた。考える様子もなく、二人してその言葉に頷きを見せる。ムークもそれを予想していたのだろう。準備がいいように、淡々と次の手順を話していく。
「ならば早速にもここを旅立つといい」
「はい」
「道中、辛い旅路となるだろう。悪いが護衛役と案内役、そして見張り役をも兼ねて、こちらからお前たちに一人同行させていってもらう」
「俺は別に構わないけど……」
 リュートがヒースに視線を向けると、ヒースも無言でそれに頷いていた。ムークはそれを了承の合図と取り、家の外に向かって声を放つ。
「入って来い」
 すると家の扉が開かれ、そこに一人エルフが入ってきた。その顔を見たリュートは驚き、思わず声を上げてしまう。エルフもまたリュートの顔に覚えがあるのか、同じように驚きと共に声を上げて、二人して同じ言葉を放っていた。
「お前はあの時の!!