Mystisea
〜想いの果てに〜
六章 為すべきこと
06 前途多難
ムークの家に入ってきたエルフとリュートはお互いを見ながら、固まったようにその場を動かないでいた。その時間が数分のように感じながらも、面識があるような二人にムークが横から口を挟む。
「ユーラウスを知っているのか?」
それはエルフの名なのだろう。リュートはそれを頭の片隅で理解し、その答えを返した。
「以前にセクツィアの国境に行った時、このエルフに追い返されたんです」
「何と……。お前たちがユーラウスの言っていた、ここに亡命しようとした人間だったのか……。確かによく考えればその通りだな……」
ムークは一人納得するように頷いていた。その両脇でリュートとユーラウスは居心地の悪さを感じる。
一度セクツィアに亡命しようと国境に行った時、そこにいたエルフによってリュートたちは追い返されていた。そのエルフの中で一番激昂していたのが、この目
の前にいるユーラウスだったのだ。あの時はその怒りの意味が分からなかったが、リュートはすでにその理由を知ってしまった。だからこそ、今ここで再開して
複雑な心境なのだ。
「長老!いったいどういうつもりですか!?まさか本当にこの人間たちを、精霊の祠へと連れて行く気なのですか!?」
「無論、その通りだ。先ほどもそう言っただろう」
「私は反対です!それにこの人間は前にも一度セクツィアへ入ろうとしていたんです!今回だって事故なんかじゃなく、どうにかして忍び込んだに決まってます!」
ユーラウスはその言動に、ありありと人間の敵意を浮かべていた。リュートもそれを聞いては黙っていられない。
「何だよそれは!俺たちがここに来たのは本当に事故なんだ!」
「どうだかな」
リュートの言葉も聞き入れず、ユーラウスは完全にリュートを信じていなかった。頑なに人間を認めようとはしないユーラウスにムークも痺れを切らす。
「止めろ、ユーラウス」
「しかし……!」
「ワシがこの人間たちを認めたのだ。そしてお前たちにも認めさせるために、精霊の祠へと連れて行ってやれと言っている。そこでヒースが精霊を従わせられなければ、すぐにでもこの国を出て行ってもらえばいい」
有無を言わせないという雰囲気は、さすが長老なのだろう。ユーラウスはそれに反論といえる反論が出来ず、結局口から出たのは最後の悪あがきのようなものだった。
「……分かった。だが、出て行くだけじゃ足りない!こいつらはセクツィアの中を見たんだ。生きて返すことなど出来ない!」
つまりは殺すということだった。それほど人間への憎悪が深いのだろう。リュートは一方的な約束に文句をつけようとするが、それより先にヒースが意外な言葉を返した。
「いいさ。その時には好きにしろ」
「ヒース!?」
勝手に約束を交わすヒースにリュートは非難の声を上げるが、ヒースは自信たっぷりに問題ないと呟く。妖精族としてやはり魔の子に罪悪感を感じていたユーラウスは、そのヒースの言葉に顔を顰めながらも今さら引き返すことは出来なかった。
「くっ……約束だからな!」
その勝手な二人の約束に、ムークでさえもいい顔をしていなかった。しかし今さら口を挟んでも仕方がない。そう思い、とっとと三人を促した。
「ユーラウス。ヒースとの約束もいいが、ワシとの約束も忘れるなよ。ちゃんとヒースが精霊を従わせたら、お前も潔く認めるんだ」
「……分かっています」
「ならば出発しろ。道案内、任せたぞ」
その言葉にユーラウスは二人を無視して、扉に手を掛けて開けた。するとその扉から思いもしなかった人物が倒れこんでくる。
「きゃっ!」
「リリ!?」
リリもいきなり扉が開くとは思いもしなかったのだろう。ユーラウスが扉を開けると同時に、リリの身体はムークの家の中へと入った。その存在に誰もが驚いているなか、リリは笑ってごまかす。
「ヘヘヘッ……」
「リリ!なぜお前がここにいる!まさか話を聞いていたのか!?」
ユーラウスが目の前に倒れこんだリリを怒鳴りつけると、リリは一瞬それに怯むが、意を決してユーラウスに反論する。
「だって私を除け者にするユーラウスが悪いんじゃない!」
「お前には関係ない話なんだ!」
「関係あるよ!」
ユーラウスはリリが急に自分に反抗してくることに戸惑いを隠せない。これまで素直に自分の言うことを聞いていたのだ。妹のような存在であるリリの急な変化が、人間によってもたらされたことだと分かると、更に人間への怒りは深まるばかりだった。
「リュートお兄ちゃん、私も精霊の祠に連れてってよ!いいでしょ!?」
「な、何を言ってるんだ!お前を連れて行ける場所じゃないに決まってるだろ!」
その問いかけにユーラウスは驚き、必死に止めにかかる。しかしリリにとってはそれが嫌だった。例えそれが自分の身を案じているのだと分かっていてもだ。
「ユーラウスには聞いてない!いいよね、お兄ちゃん!」
「け、けど……」
「駄目に決まってるだろ!」
リュートは何と答えていいか分からなかった。リリの気持ちを尊重してあげたいが、確かに旅路は辛いものなのだろう。簡単にその同行を許してはいけないと感じていた。しかしそんなリリに意外な助け舟が出される。
「いいだろう。リリも連れて行ってやれ」
「長老!?本気で言ってるのですか!?」
「無論だ。ただし、何が起きようとも自分の責任だぞ。よいな?」
「……うん!ありがとう、ムーク様!」
リリも意外だったのだろう。最初は驚いていたが、すぐに笑顔を浮かべて嬉しがる。リュートもムークの許しがあればいいだろうと感じるが、ユーラウスだけがムークの決断をよく思っていなかった。リリを危険な目にあわすというムークの考えが、全くもって理解できないのだ。
「さぁ、早く行くんだ」
ムークのその促しに、リリが嬉々といった感じで歩き出し、その後をリュートとヒースが続く。ユーラウスは最後まで何か言いたそうにムークを見るが、ムークはそれに無言で首を振るだけだった。
四人はセクツィアを出て、ユーラウスの案内で南へと進み始めた。相変わらずその進路に立つのは枯れた森で、リュートはその姿を見るたびに悲しい気持ちになる。
ユーラウスとリリは慣れたようにその道を進んでいた。無理もないのだろう。二人が生まれた頃にはすでに緑が失われていたのだから。
「言っておくが、旅の途中に何かしてみろ。その時は精霊の祠に辿り着く前に殺すからな」
相変わらずユーラウスはリュートたちに対して友好的ではなかった。その険悪な言葉と雰囲気に、リュートも眉をしかめる。しかしこれから共に旅をしていく以上、いがみ合っても仕方ないので必死に反論したい衝動を抑えていた。
「止めてよ、ユーラウス!どうして仲良く出来ないの?」
「リリ……」
リリとは種族は違えど兄妹のような関係であった。だからこそ、その身を案じてあれほど反対したというのに、結局は同行することになっている。ユーラウスもまた結局はリリに甘い一人であるのだ。そう強く出ることは出来なかった。
「なぁ、精霊の祠ってどうやって行くんだ?」
リュートがその進路に疑問を浮かべ尋ねると、ユーラウスはいい顔をせずに素っ気無く答える。
「ここから南に聖峰リヴァディスがある。精霊の祠はそこを通ってしか行くことの出来ない、険しい道だ」
「聖峰リヴァディス?」
「聖峰リヴァディスはね、セクツィアの中でも唯一緑が豊かにある場所なんだって!私も見るの初めてなんだ」
リリが誇らしげにその説明をしていた。リュートはその緑があるという言葉に興味を覚える。
「まだセクツィアにも緑が残ってるのか?」
「当たり前だ!リヴァディスは精霊の住む場所に近い。緑が失われるわけがないだろう。そもそもこの周りだって緑がないのも全て……!」
人間のせいなのだろう。ユーラウスはエルフの中でも人間への敵意は高い方である。頑固な性格もあってか、全てを人間のせいにする節もあった。しかしその先の言葉を紡ぐことはなく、言葉を濁すように口を閉じる。
その場に重い雰囲気が漂うが、それを振り払うようにリュートの明るい声が響く。
「俺も早く見てみたい!」
その姿を想像すると、期待に胸を膨らませる。やはりユーラウスはいい顔をしていなかったが、リリはリュートに激しく同意していた。
「ヒースもそう思うよな?」
「……そうだな」
少し意外だったのか、リュートは僅かに驚きを浮かべた。それを見たのか、ヒースは不機嫌な顔になってリュートを睨みつける。
「わ、悪い……」
けれど、そう思われても無理はないのだろう。確かにヒースは今まで全てに無関心のような言動をしてきたのだ。リヴァディスのことも特別楽しみにしているわ
けではないのだが、この荒れ果てたセクツィアで唯一つ、緑がある場所なのだとしたら興味は湧いてくる。リュートと同じように、その光景を見てみたいと思っ
た。
「浮かれるのはいいが、その前に魔獣に殺されるなよ。リヴァディスまでは数日はかかるからな」
期待を膨らませるリュートにユーラウスは忠告する。
セクツィアにいる魔獣の数は多い。それも全て枯れた土地によるもので、昔はそれほどの数は現れていなかった。逆にリヴァディスではそれほどの魔獣の数はいないという。特に<ベルド>や<ピス>といった下級の魔獣は一体も生息しない。
「分かってるよ」
リュートはユーラウスの忠告に対して受け流すかのように返事をする。その返事すら快く思わないユーラウスは、無言で顔を顰めているだけだった。