Mystisea

〜想いの果てに〜



六章 為すべきこと


07 聖峰リヴァディス








 リュートたちの目の前にあるのは、雄大に聳え立つ大きな山。その山はこのセクツィアでは信じられないほどに、鮮やかで、綺麗で、そして美しい深緑の色。それを眼にした時、想像以上なほどで声も出なかったほどだ。これほどの綺麗な景色は今まで見たこともなかった。
 それこそが、聖峰リヴァディス。
「すげぇ……これが聖峰リヴァディス……」
 リュートは感嘆の息を吐きながら、静かに呟いていた。その景色にその場にいた誰もが眼を奪われる。
「緑がいっぱい……」
「……昔はこの緑がセクツィア全土にあったという」
 リヴァディスの緑だけでも十分と感じさせるのに、この緑が昔はセクツィア一帯にあったというのか。ユーラウスの言葉にリュートは驚きを隠せない。そしてその景色を想像するだけでも、胸が躍るような気分になった。
「お前はそれを見たことがあるのか?」
「ない。長老に聞いただけだ。だが、俺が生まれた時は今よりはもっと緑は多かった」
 忌々しげな口調でユーラウスは話す。もはやそんな態度に、数日で慣れてしまったリュートは何も言うことはなかった。
「先を進むぞ。聖峰リヴァディスは見た目と違ってかなり危険な場所だ。道のりは険しく、恐らく強力な魔獣もいるはずだ」
「分かった」
「言っておくがお前が死にそうになっても助けないからな」
「余計なお世話だ!」
 リュートとユーラウスはお互いに睨み合い、そこには火花が散っているような幻覚さえ見せる。リリはそんな二人を見てうろたえるように慌てふためくが、ヒースは興味すらないようにいつものように一人で先を進んだ。
 二人がそれに気付いたのは、しばらくしてからリリが止めに入ってからだった。





 

  ユーラウスの言葉の通り、その道のりはかなり険しかった。以前に登ったデオニス山よりも遥かに険しいだろう。それでもリュートたちは言葉もなく、ひたすら その山を登っていくだけだった。すでに何時間も歩き続けたことにより、疲労もいっぱいだったが根気を見せていく。しかしその中で一人だけ涼しい顔をする者 もいた。
「お兄ちゃんたち、疲れてない?」
 地面から浮いているリリは一人だけ疲れることもなく、すいすいとリュートたちの後をついてくる。進む速度が遅くなっているのがリリにも分かったのだろう。けれどリュートは悪気のない言葉だと分かっていても、涼しい顔をするリリに多少の恨めしさも感じていた。
「あぁ、大丈夫だよ」
「フンッ、軟弱なやつだな」
 見栄を張るリュートに対してユーラウスは文句をつけるが、そのユーラウスもまた疲労感を露にしていた。それを知るリュートは負けじと言い返していく。
「お前だって十分疲れてるじゃないか!」
「俺は別に疲れてなどいない!人間なんかと一緒にするな!」
「何だと!ヒース、お前も何か言ってやれよ!」
 二人の口喧嘩をリュートはヒースまで巻き込んでいく。しかしヒースは鬱陶しさを顔に滲み出して、二人に向かって一言だけ言い放つ。
「うるさいから黙れ」
 ヒースもまた体力を消耗して疲れていた。たとえ大人びていても、まだ身体は年相応の子供でしかないのだ。前を歩く二人の声が耳障りにもなってきていた。
「……もうすぐ頂上だ。それまでは潰れるなよ。足手纏いになるからな」
「……お前こそな」
 ヒースの言葉はリュートだけでなく、ユーラウスまでにも効いていた。悔しさを出しながらも、引き下がっていく。リュートもまたこれ以上何かを言うことはなかった。再びそこに静けさが訪れるが、すぐにそれもまたなくなってしまう。
「すごい……すごいね、ヒースお兄ちゃん!」
「なっ!?」
  たった一言で二人の喧嘩を止めたヒースに、リリが感激して飛びついていた。いきなり来た衝撃に驚くが、ヒースはそんなリリを難なく受け止める。今まで恐 がっているような視線を受けていたから豹変したような態度に戸惑うが、リリはお構いなしにすぐにヒースを気に入っていた。
 その後も頂上へとたどり着くまで、リリがヒースへいろいろと質問を投げかけて、それに戸惑いながらも珍しく邪険に出来ない困り果てたヒースの姿があった。







「見ろ。そこを上がれば頂上だ」

 やっとのことでリュートたちはリヴァディスの頂上へ辿り着こうとしていた。後は目の前にある場所を一つ越せば、すぐに頂上となる。疲れきっていたみんなにも、気力が湧いてきた。その足を速めて歩き出していく。
「ユーラウスもお兄ちゃんたちも早く早く!」
 リリが我先にと、嬉しそうに先頭を走る。振り返ってユーラウスたちを見るものの、待つ様子はないようだった。待ちきれないようにすぐに走り出していく。
 するといきなりリリのいた周辺に大きな影が映し出された。
「な、何……?」
「リリ、上だ!」
 リュートがリリの上空を見て、指を指して叫ぶ。リリもそれに釣られて空を見上げると、そこには陽を覆い隠すほどの大きな鳥が飛んでいた。いや、鳥のような易しいものではない。
「<ガルダ>だ!」
 ユーラウスはすぐに魔獣と認識すると、背に構えていた弓を取り出し矢を素早く放った。矢は<ガルダ>の身体を狙っていくが、それは簡単に避けられてしまう。
 <ガルダ>は眼下にいる四人を敵と認識し、羽を羽ばたかせて唸り声を上げる。
「キュォォォォッ!!」
「きゃぁっ!?」
 その場に突風が吹き、真下にいたリリはもろに風に当たってユーラウスたちの方へと吹き飛ばされる。
「リリ!」
 ユーラウスが駆け寄りリリを保護すると、空を見上げて<ガルダ>を睨み付ける。するとその周囲には驚くことに<ピス>の群れが現れていた。
 <ヘル>が<ベルド>を束ねるように、<ガルダ>は<ピス>を束ねる習性を持っている。先ほどの唸り声で集まってきたのだろう。この神聖な聖峰リヴァディスに本来なら<ピス>が現れるはずなどないのだ。
「大気の風よ!刃となりて、切り刻め!」
  詠唱の声にユーラウスは振り向くと、そこにはヒースが魔術を放つ姿があった。かなりの速さで風の刃が魔獣たちを切り刻んでいく。それによって多くの<ピ ス>たちが墜ちていくが、<ガルダ>は颯爽とその風を避けていた。攻撃が止むと<ガルダ>は反撃とばかりに、その巨体な姿に似合わないスピードでヒースの 元に急降下する。その鋭い鉤爪は狙った獲物を逃さないようにと、命中精度は抜群だった。
「くっ!」
 ヒースは横へと跳んで避けるが、当たらなかったその身体には風圧によって出来た傷がある。
「ヒース!!」
 リュートもヒースの近くへ駆け寄っていく。すでに<ガルダ>はまた上空へと舞い戻り、四人の姿を覆い隠すほどの影がその周辺を埋め尽くしていた。
  傷を手で軽く押さえながら、ヒースは先ほどまでいた自分の位置を見る。するとそこには目を逸らしたくなるような、地面が<ガルダ>の鉤爪によって抉られた 後があった。あれをまともにくらえば命はないかもしれない。ヒースだけでなく、それを見たリュートはその身体が震えているのを感じた。恐れからではない、 武者震いを。
「俺が囮になるから、隙を狙ってヒースは魔法を頼む」
「……何?」
 空を飛ぶ<ガルダ>にリュートの剣が当たるはずもなかった。だからこそ自ら一番危険な役を進み出て、攻撃をヒースへと任せる。
「馬鹿か!さっきのスピードを見ただろ!危険な真似はよせ!」
 離れた場所からユーラウスの声が聞こえるが、リュートは一瞥するだけで止めることはしなかった。
「リュート!」
 制止を振り切って<ガルダ>の近くへと進み、剣を振り上げて挑発するように身体を動かす。それにより<ガルダ>はリュートに標的を定めて、先ほどと同じように物凄い速さで急降下をする。
「うゎっ!」
 リュートは自分が標的にされて初めてその威力とスピードを実感した。予想以上の攻撃を何とかよけるが、<ガルダ>は素早く二撃目を繰り出す。予想にもしないその攻撃に、リュートは回避が間に合うはずもなかった。
「ちっ、これだから人間は……!」
 それを見ていたユーラウスが忌々しげに舌打ちをしながら、素早く矢を放った。それは<ガルダ>とリュートの間を的確に狙い、それによって<ガルダ>は急に進行を変えて上空へと舞い戻る。
「あ、危なかったぁ……助かった!」
 リュートは半ば放心するような気持ちになったが、すぐに思い直してユーラウスへ感謝の言葉を投げる。ユーラウスはその言葉さえも無視して、さらに追撃の矢を<ガルダ>へと放つ。<ガルダ>は上空を旋回してその矢を次々とかわしながら、次の攻撃の機会を伺っていた。
「さすがに速すぎるな……」
  これでもエルフの中で随一の戦闘能力を持つユーラウスであったが、それでさえも<ガルダ>の速さにはついていけなかった。それはヒースでさえも同様だ。先 ほどから魔術をいくら放とうとも、一度とて<ガルダ>に命中することはなかった。この状況を打破するために、ヒースは止むを得ないように、リュートにさらに危 険な注文をする。
「リュート、やつの動きを少しでもいいから止めてくれ」
「……分かった。やってみる」
 こうなってはそれしかないのだろう。少しでも動きを止めさせれば、そこへヒースの魔術とユーラウスの矢を当てることは簡単なことだ。
 リュートは再び<ガルダ>を挑発して、自分を狙わせるように仕向けた。案の定、<ガルダ>はそれを見てリュートへと急降下をする。キラリと光る鉤爪を眼の前にし、リュートは息を呑んでそれに対峙した。
「ッくぅ!!」
 リュートは避けることをせず、真っ向から<ガルダ>の攻撃を受ける。鉤爪を何とか剣で受け止めるが、それでもその長すぎる爪はリュートの胸を心臓スレスレのほどに抉っていた。
「リュートお兄ちゃん!」
 何も出来ずに影から見ていたリリでさえも、声を張り上げられずにはいられなかった。しかしリュートは叫ぶようにその場に声を張り上げる。
「今だ!」
  鉤爪がリュートの胸を抉っていたが、リュートはそれを逆に利用して、引き抜けないようにその爪を抑え込んでいた。それにより<ガルダ>は狙った通り動きを 止めて、鉤爪を引き抜こうとジタバタする。長くは抑え込めなかったが、ヒースとユーラウスが狙いを定めるには十分なほどだった。
「射れ!」
「漂いし風、今ここに集結せよ。それは形をもって敵を貫くものとなれ!!」
  ユーラウスが何本もの矢を<ガルダ>の身体へと命中させていく。<ガルダ>は悲鳴をあげて悶えるが、さらに止めを刺すようにヒースが魔術を放つ。それは眼 に見えるほどの風の槍が出来上がり、大きな身体を持つ<ガルダ>でさえも軽く貫くものだった。身体を貫かれた瞬間、<ガルダ>は動きを止めてその場に倒れ こむ。それによりリュートも猛烈な痛みと共に、膝をついていた。
「リュート!」
 みんながリュートのもとに駆け寄っていく。致命傷ほどではないが大きな傷にリュートは痛みを覚えるが、幸か不幸かここ最近はそれ以上の傷を多く伴っていたために、思った以上の苦しみを感じはしなかった。
「私に任せて!」

 するとリリが前に躍り出て、リュートの傷跡に手をかざした。それは少しずつ傷跡を塞いでいき、リュートの痛みを和らげていく。まさかリリが回復魔法を使えたことなど知らなかったリュートは驚きながらも、安らいでいく自分を感じて自然と眠りへと入っていった。