Mystisea

~想いの果てに~



六章 為すべきこと


12 記憶喪失








 精霊が拓いた道を進むと、 一日とかからずに聖峰リヴァディスから地上へ下りることが出来た。しかし下りた場所は来た時とは違ったところで、ここがどこなのかリュートにはわからな い。かろうじて見えるのは綺麗な海だけだった。
「ユーラウス、ここはどこら 辺なんだ?」
「今ある目印だけでは分かり にくいな……」
 ユーラウスは周囲を見回し ながら、適当な方向へと歩き出す。それにリュートたちは黙ってついていくしかなかった。
「あら?もしかして、リ リ!?」
 四人が海に面して歩いてい くと、突然そんな声が降りかかった。それに真っ先に反応したのはリリである。
「アニラ!?」
「やっぱリリだわ!それ に……ユーラウスまでいるじゃない。他は……」
 その時のアニラの顔は見て いて楽しいものだった。リリを見た時にはすごい嬉しそうな顔をして、ユーラウスを見れば嫌そうな顔をする。極めつけにリュートを見て驚き、それがヒースを 見てさらに増していた。逆にリュートもアニラの姿と居場所を見て、信じられない気持ちである。
「な、何だこいつは……」
「こいつとは何よ!」
 リュートの発言にアニラは ムッとする。いきなり関係が悪くなりそうな二人を、あわててリリがフォローに入った。
「アニラはマーメイドなの。 だからああいう姿をしているのよ」
「マーメイド……」
 アニラは海の中からリリた ちに話しかけていた。そこから見える下半身はまるで魚のようである。見たこともない姿にリュートは驚いていたが、マーメイドという言葉には聞き覚えもあっ た。
「リリ、あんた何でこんなと こにいるのよ。……それに何で人間がこんなとこにいるの?しかも人間嫌いのユーラウスと一緒じゃない……」
 アニラはこの状況が全く理 解できない。人間がいることですら驚くのに、それがユーラウスと仲良く歩いていては世界の終わりが訪れてもいいくらいだった。それほどまでに、セクツィア でのユーラウスの人間嫌いは有名でもあるのだ。
「大丈夫よ、アニラ。リュー トお兄ちゃんとヒースお兄ちゃんは悪い人じゃないから!それに、二人はこれからセクツィアで一緒に暮らしていくの!」
「一緒に暮らす!?人間がこ の国で!?そんなの聞いたことないわよ!いったいどうなってるの?」
「それについてはいろいろと 説明することもある。お前がここにいるということは、ディアレムスも近いのか?」
 ディアレムスとはマーメイ ドの集落である。海に面した場所にあり、リヴァディスからもそう遠くはなかったはずだ。もしそうであれば、ユーラウスたちは運が良かっただろう。
「……そんなのユーラウスに 教えるわけないじゃない!」
「あ、アニラ……。頼むから 教えてよ」
「……ディアレムスはすぐそ こよ。知ってて来たんじゃないの?」
「それについてもディアレム スについたら説明しよう」
「ユーラウスには聞いてない わよ!」
 どうやらアニラはユーラウ スのことを毛嫌いしているようだった。傍から見てもそれは一目瞭然であり、その二人の様子にリュートは少しだけ感心する。対して、アニラとリリは年も近い ことがあり、親友とも呼べる間柄であった。立場が似ていることもあるのだろう。
「今はルミナ殿もいるの か?」
「いるけど……」
「なら丁度いいな。これから ディアレムスに向かおう」
「ちょ、ちょっと待って よ!」
 話がどんどん決まっていく ことに、アニラは必死で止めにかかった。そんな態度にリリとユーラウスは疑問を浮かべる。
「ユーラウス、あんた何で人 間と一緒にいるの?もしかして人間嫌いが治ったの?」
「人間は嫌いに決まってるだ ろ!ただ、こいつらは……例外だ」
「例外……?」
 ユーラウスからそんな言葉 が出てくるとは思わず、アニラは眼を瞬かせて驚いていた。そんなアニラを無視して、ユーラウスはとっとと先を歩こうとする。それをまたしてもアニラは止めに かかった。
「待ってってば!今ディアレ ムスはダメなんだよ!」
「何がダメなんだ?」
「そ、それは……。と、とに かくユーラウスはダメ!」
「……ふぅ。ルミナ殿ならと もかく、なぜお前にそんなことを言われなければならない」
 様子のおかしいアニラに疑 問はあるが、そんなことにユーラウスは今構っていたくはなかった。アニラの言葉を一切無視して先へと進む。
「もう……だからユーラウス は嫌いなのよ!」
 するとアニラは海からこち らへと泳いでくる。あの姿で陸を歩けるのかとリュートは疑問に思ったが、それもすぐに解消された。アニラは陸へと上がると同時に、その魚の姿をした下半身 が光りだす。するとそのすぐ後には人間と全く変わらない姿があった。
「ま、まじかよ……」
 しかもその姿は眼を逸らし たくなるほどの格好だ。服という服は全く無く、簡易な水着のようなものを着用しているだけだった。リュートのような思春期の男性にとっては、目の毒、ある いは目の保養となり得るだろう。ちなみにリュートの場合は未だ免疫がないのか前者であった。






「ここがディアレムス……」
 今までリヴァディスにいた からだろうか。再びこのように荒れ果てた姿を目にすることが、すごく痛ましく感じてしまった。すでに寂れたような家が何軒か建っているだけで、集落とも思 えないような場所である。外から見えるマーメイドの数も、ごく僅かしかいない。
「すでに集落としても機能し ていないわ……。ほとんどのマーメイドが今や海で暮らしているの」
 海が綺麗なことだけが、幸 いのことだった。アニラはディアレムスの中へと入っていき、ユーラウスたちはその後に続く。その中で、一番綺麗と思われる家を目指していた。
「多分母さんは中にいるわ」
「そうか……」
 ユーラウスは家の扉をノッ クしてから、その中へと入る。するとそこにはアニラによく似た人物がいた。彼女こそがアニラの母であり、マーメイドの族長でもあるルミナだった。
「あら、ユーラウスじゃな い!」
「お久しぶりです、ルミナ 殿」
 ユーラウスの顔を見たルミ ナは嬉しそうに声を上げる。しかしユーラウスは礼儀正しく頭を下げるが、その行動にいつまでも違和感を感じていた。
「そういうのは止めてって 言ってるでしょ!昔みたいに呼び捨てにしたりしてよね」
「しかし一応族長となったの だから……」
「ユーラウスにそんな態度取 られるなんて、鳥肌が立つわ」
「……まったく……」
 寿命の長いエルフにとって は、寿命の低いマーメイドと年齢が合わなくなるのも無理はなかった。ルミナはマーメイドで族長という立場であるが、その年は断然ユーラウスの方が高い。ル ミナが子供のころから、ユーラウスは面倒を見ていたこともあったのだ。
「それで……どうしてユーラ ウスがここに?後ろにいるのはリリと……人間よね?」
「あぁ、そのことについてい ろいろと話もある。本当は長老へ報告してからのがいいんだろうが、丁度この近くに降りたってな……」
「……分かったわ。なら今日 はここに泊まっていってよ」
「そうさせてもらおう」
 その返事を聞いただけで、 ルミナは上機嫌になった。ユーラウスとルミナは家の中にあった椅子へと座る。その様子を見て、リュートとヒースは戸惑い、どうすればいいかわからなかっ た。
「なぁ、俺たちは……」
「お前たちもここにいろ」
「……分かった」
「アニラ、貴女は彼女の様子 を見てきてちょうだい」
「はーい」
 母親の命を受けて、アニラ は外へと出かける。その様子を見送りながら、リュートとヒース、リリも余っている椅子に座った。






 ディアレムスより少し離れ た海辺で一人彼女は佇んでいた。遠い遠い海の先を、見つめながら。
「私はどうすればいい の……?」
 このディアレムスで目覚め てから、毎日そんなことばかりを考えていた。けれどそんな答えが返ってくるはずもない。
「おーい!」
 遠くから聞こえる声に、彼 女はゆっくりと振り向いた。最近お世話になっている家の娘だろう。ここで自分に構う者など二人しかいないのだから。
「アニラさん……」
「またここにいたの?」
「はい」
 すでにここにいることが日 課となっている。海を見て、いつか身投げするとでも思っているのだろうか。アニラたちはそう心配して、毎日ここに来るのではないかと思ってしまう。
「そっか……。ねぇ、記憶は もう治ったの?」
「……ごめんなさい」
 気がついたとき、彼女は名 前を除いた全ての記憶を失っていた。人間を嫌うといわれる妖精なのに、たった二人だけだが親しくしてくれる。彼女は面倒を見てくれた二人に感謝してもしき れなかった。
「そっか……早く思い出すと いいね」
「……えぇ」
「そうそう!そういえばさっ きここに人間が来たんだよ!」
「え……?」
 その報せは彼女の心を揺り 動かした。それに気づかず、アニラはその人間について詳しく語る。
「それが人間嫌いのユーラウ スと一緒にいてさ……さすがに私もビックリだよ。しかも人間の一人は黒い髪と眼をしてたし、あれが噂の魔の子なのかな……」
「黒……?」
「うん!来た人間は二人いる んだけどね。名前は何ていったかな……。確か……リュートとヒースだったかな!」
 その名前を聞いた瞬間、彼 女の瞳が揺れていた。胸がざわめき、震えるように恐ろしい。わけも分からない感情が重なり合っていた。
「そうだ!どうせだから会い に行かない?多分もう少ししたら話も終わるだろうし……でもユーラウスに見つかったら危ないかな……」
 一人でアニラは悩む仕草を 見せていたが、結局は吹っ切れるように面を上げた。
「別にユーラウスの機嫌を伺 うことなんてないよね。よし、今から行こう!いいよね?」
「え、で、でも……」
「いいからいいから!同じ人 間なら何か思い出すかもしれないじゃん!行こ、マリーアさん!」

 そういっ てアニラは彼女の――マリーアの手を掴んでディアレムスへと走り出した。