Mystisea
~想いの果てに~
六章 為すべきこと
14 金と銀の邂逅
翌日、完全に陽が昇った頃
には、すでにリュートたちはディアレムスを出発していた。ディアレムスからフェルスまではそれほどの距離はかからなく、ゆっくり進んだとしても二日、急げ
ば一日で辿り着ける。
その旅路は来る時と変わら
ず、妖精が二人に人間が二人の四人だけであった。
「本当に良かったの?」
ディアレムスを出発する
リュートたちを、密かに見送っていたマリーアのもとにルミナが近づいてくる。全てを知るかのように話すルミナに、マリーアは何も言葉を返せなかった。
結局マリーアはリュートた
ちに着いていくことはせず、そして今日も会うことはしなかった。リュートもそれを予想していたらしく、悲しさはあったがマリーアのことを話題には出さない
でいたのだ。けれどあの後にユーラウスに何かを言ったらしく、珍しくユーラウスもマリーアのことを許していた。それを聞いたルミナはやはり驚いたものだ。
「……隠さなくていいわ。記
憶……戻ったんでしょ?」
「どうして……」
マリーアはルミナの顔を見
て、驚いたように小さな声で呟いていた。ルミナはそれに対して微笑みで返す。
「リュートくんと知り合い
だったらしいわね。彼、本当に貴女のことを心配していたわ」
「……分かっています。けれ
ど私は……」
マリーアは口籠るように、
言葉を濁していく。そんなマリーアを見て、ルミナは何も言わずに黙っていた。
「昨日……リュートの顔を見
た瞬間に、いきなり記憶が戻ってきて……。その記憶が溢れるほどに私を責めて……私は……最低な人間なんです……」
「そんなに自分を卑下しては
いけないわ」
「でも……!私……リュート
に会った後、思ったんです!ここでリュートに会わなきゃ良かったって!そうすれば記憶も戻らなかったって!記憶がないほうが、どんなに楽だっただろうかっ
て!!」
マリーアはありったけの想
いを込めるように、叫びにも似た声を上げる。それを冷静な顔をして、ルミナは受け止めていた。
「あの子たちを守ると誓った
のは、決して嘘じゃなかったけど……、それでも私は心のどこかであの子たちを重荷に感じていたんです!いろんな人たちを犠牲にし続けて……私は、私は、本
当に最低な人間です……!」
「……貴女の気持ちは分かっ
たわ。しばらく、ここにいなさい。そうすれば、きっと貴女のやりたいこと、見失った想いが見えてくるはずよ」
「……ありがとうございま
す、ルミナさん」
「ふふっ。どういたしまて」
マリーアはそのルミナの優
しさに、涙を流しながらも深く感謝していた。
アルスタール城の中、シューイは廊下を歩い
ていると、久しく見かけなかった人物を見て思わず声を掛けていた。
「シェーン!」
その声にシェーンもシュー
イの姿を確認して近づいてくる。
「珍しいな、お前が城にいる
なんて」
「少し用事があってな」
呼び止めたものの、シュー
イは気まずさからシェーンの顔をまともに見れなかった。けれどシェーンは何ともないように、シューイが避けようとしていた話題を出す。
「そういえばセリアが捕まっ
たらしいな」
「……知っていたのか」
「ここに来てから知った。お
前も大変だっただろうな」
シューイは何も返せず、俯
くことしか出来なかった。それでもかろうじて、聞かなければならないことを口に出す。
「リュートのことは……」
「聞いたさ。他のみんなと共
に海に落ちたらしいな」
まるで他人事のように言う
シェーンを、シューイは信じられないような眼で見つめた。
「それだけか?」
「他に何かあるのか?まさか
任務に失敗して残念だったな、とでも言うべきだったか?」
「ふざけるな、シェーン!言
いたいなら言えばいいだろ!罵りたいなら、そうすればいいだろ!!」
感情的になるシューイに対
して、シェーンはいつだって冷静に視線を向けていた。一人激昂するシューイが、まるで馬鹿みたいに思えてくる。
「どうして私がお前を責めな
ければならない。お前は任務を全うしただけだろう?」
「だがリュートはお前の幼馴
染だろ!あいつが死んで、どうしてお前はそう平気でいられるんだ!」
その言葉にシェーンは一笑
するだけだった。その仕草でさえ様になるシェーンに、シューイは僅かに視線を奪われる。
「まさかお前、あいつが海に
落ちたくらいで死ぬとでも思ってるのか?」
「何を……あの海には魔獣
だって大勢いたんだ!生きているはずがない!」
「それでもあいつは死なない
さ。何せ殺しても死なない奴だからな……」
シェーンは誰よりも、
リュートの生命力と回復力を知っていた。自分とのあの戦いだって、常人ならば生きているはずがないのだ。けれどリュートは生きていた。そのリュートが、た
かが海に落ちたくらいで死ぬとはシェーンにとって有り得ないことなのだ。
「……どちらにせよあいつら
は反逆者だ。生きていようが死んでいようが、お前が気にすることではないだろう」
「何を……なぜお前はそんな
ことが言えるんだ!確かにあいつらは反逆者となったが……、それでも知り合いだろう!?そう簡単に死んで嬉しいわけがないだろ!」
シューイの言葉は最もなこ
とだった。けれどシェーンはシューイに侮蔑のような視線を送る。
「お前は甘いな……」
「何?」
「父親の命令に逆らえず
リュートたちを捕らえに行ったくせに、いざ殺したとなると罪悪感でいっぱいか?そんな甘さを持って、本当に皇帝になれるのか?」
「……ッ!?」
「最も、お前にそんな日が来
るとは思わないけどな」
「どういう意味だ!」
「そのままの意味だ」
シェーンはこれ以上シュー
イと話す気にはなれず、その場を後にしていく。その姿をシューイは黙って見続けていた。
「そんな日が来る前に、この
国は滅ぶさ……」
その呟きを聞く者は、誰一
人いなかった。
「お呼びでしょうか」
「そう畏まらなくても結構で
すよ」
二人はお互いを探るように
視線を交わしていた。相変わらず何を考えているか分からないアイーダに、シェーンは聞こえるように舌打ちを打つ。それに対して咎めることすらせずに、ア
イーダは笑みを浮かべながら口を開いた。
「貴女に一仕事してもらおう
かと思いましてね」
「それならば、遣いの者を寄
越せばいいでしょう」
シェーンは刺々しさを含ん
だ声で、アイーダに返事を返す。ここはアルスタール城の宰相アイーダの部屋で、シェーンは直接ここへと呼ばれていた。ずっとローレル砦にいたシェーンに
とっては、このアルスタール城も久しいと感じる。ここへ足を踏み入れることに、シェーンは複雑な想いだった。
「残念ですが、そういうわけ
にもいかないのです。貴女ならこの意味がお分かりでしょう?」
「……ッ!ならば、さっさと
その仕事とやらを話せ」
シェーンは先ほどとは打っ
て変わった態度を見せ、アイーダを睨みつけていた。そんなシェーンにアイーダは不敵な笑みを浮かべて返す。
「おや、随分と私も嫌われた
ものですね」
「……私の言ったことが聞こ
えなかったか?死にたくなければさっさと話せ!」
シェーンの周りから凄まじ
い怒気が立ち昇っていき、それを見たアイーダは僅かにその身体を震わせていた。
(この私が人間ごときに……
本当に恐ろしい女だ)
これ以上シェーンを怒らせ
るのもアイーダの本意ではないので、大人しく用件を口にしていく。
「じきに第三騎士団へある任
務が下されるでしょう。その時貴女に確認してもらいたいことがあるのです」
フェルスにある長老ムーク
の家の中。その決して広いとはいえない中に、ムークと向き合うようにリュートたち四人が並んでいた。
リュートたちは急いだの
か、その日の夜のうちにはフェルスに辿り着いた。中にいた住人のエルフたちは未だリュートとヒースに警戒するものの、ヒースの中に精霊を感じるとともにそ
れは緩まっていく。すぐにユーラウスにも促され、リュートたちはムークの家まで行ったのだ。
「無事に契約できたようだ
な」
「あぁ」
その短いヒースの言葉に
も、ムークは機嫌をよくした風に笑っていた。あまり見たことのないムークの笑顔に、ユーラウスとリリは目を瞬かせるように驚く。
「これで約束は守ってくれる
んですよね?」
「もちろんだ。ワシ等は約束
を違えたりなどしない」
「やったな、ヒース!」
「……あぁ」
ムークの気の良い返事に、
リュートは喜びを露にしてヒースに同意を求めた。けれどヒースはどこか悩むような顔を見せる。
「どうかしたのか?」
「いや……何でもない」
「……そうか?ならいいけ
ど……」
リュートはどこか怪しさを
感じつつも、それ以上ヒースを追及することはなかった。だがその後に少し重い雰囲気が流れ始めたので、話題を変えるようにヒースが口を開く。
「それより、俺たちはこれか
らどうすればいいんだ」
「……まずはヒースの存在を
セクツィアの皆に知らせる必要がある」
「それはどういうことなんで
すか?」
その意味がよく分からな
かったリュートは、ムークに尋ねていた。それに対し、ムークは昔だと考えられないほどの優しみを持って返す。
「やはりセクツィアに住む各
族長に知らせることだ」
「各族長って……ルミナさん
とかですか?」
「そうだ。そう言えば帰りに
ディアレムスに寄ってきたらしいな。ならばマーメイドは必要ないだろう」
「となると、残るはアリフィ
スとダルフェスですね」
ムークの言葉を代弁するか
のように、ユーラウスが横から口を挟んだ。その言葉にムークも頷いて、改めてリュートたちの顔を見る。
「アリフィスって確かフェア
リーの集落のことですよね」
リュートは余り好意的でな
いフェアリーたちを思い出した。自分のせいではないのに、リリは申し訳なさそうに俯く。
「あぁ。そしてダルフェスが
ドワーフの集落だ」
「一応お前たちはフェアリー
の族長にも会っている。そちらへはリリと別の者を行かせよう」
「てことは、俺たちはそのダ
ルフェスってことに行けばいいんですか?」
「話が早くて助かるな。つま
りはそういうことだ。今回もユーラウスを連れて行くといい」
ユーラウスも異議はなく、
ムークの言葉に素直に頷いていた。けれどその会話に一人だけ納得していない者もいる。
「待ってよ!どうして私だけ
アリフィスなの!?私もお兄ちゃんたちと一緒に行きたい!」
リリは一人だけ別の場所へ
行くことに納得せず、今にも暴れだしそうな勢いだった。
「長老がそう決めたんだ。お
前もそう従え」
ユーラウスがリリを叱りつ
けるように、その身体を抑え込む。自分だけ除け者にされたようで、悔しい想いがリリを包んでいた。それを見かねたムークが、諭すようにリリに言葉を掛け
る。
「リリ、どうせお前のことだ
から両親に何も言わずに出て行ったんだろう。サランもお前を心配してるはずだ。一度家に帰り、ちゃんと話して来い」
「けど、悪いのはお父さんた
ちだよ!怪我してたお兄ちゃんたちを追い出したりして……」
「それでもだ、リリ。この二
人のこともお前の口から説明してやれ。そうすればサランたちも納得するはずだ。良いな?」
「……分かった。でも、すぐ
帰ってくるからね!それでまたお兄ちゃんたちと一緒にいるんだから!」
それだけは譲れないという
ように、リリは真剣な眼をしてムークを見る。その視線は睨むような勢いで、ムークもリリの気持ちがよく伝わった。
「好きにすればいい」
ムークにはこれだけしか言
えなかった。実際にリリの望むことが許されるには、自分よりもサランの許可が必要になるだろう。それが分かっているのかいないのか、リリは見て分かるほど
に喜んでいた。
「明日にでも出発するといい
だろう。それまでは何もないが、ここフェルスでくつろいでいくがいい」
「分かりました」
その言葉が合図となるよう
に、ムークとユーラウスは立ち上がり、各々するべきことがあるように部屋を出て行く。残ったリュートも堂々と外を歩けるということで、ヒースとリリを誘っ
て外へと歩き出していた。