Mystisea

~想いの果てに~



六章 為すべきこと


15 罪の意識








「なぁ、ダルフェスってどん なとこなんだ?」
 リュートはダルフェスへ向 かう道中に、期待を込めた眼をしてユーラウスに尋ねていた。
 これまでアリフェス、フェ ルス、ディアレムスと見てきて、住む種族が違うからか、どれも独特な雰囲気と創りを持った集落だと分かった。フェアリーが住むアリフェスは大木の上に築か れ、エルフの住むフェルスは生い茂る樹々に囲まれ、マーメイドの住むディアレムスは海と共に在る。ならばドワーフが住むというダルフェスはどんな集落なの だろうか。好奇心旺盛なリュートが、それに気にならないはずがなかった。
「そもそもお前はドワーフが どういう姿をしているのか知ってるのか?」
「いや……見たことないんだ から知るわけないだろ」
 その言葉にユーラウスは呆 れたような顔を見せるが、その表情は今までの憎悪は微塵も感じられなかった。何も知らないリュートに、ユーラウスはドワーフの特徴を教えていく。
「ドワーフの最大の特徴は怪 力なとこだ」
「怪力?」
「そうだ。背丈は俺たちより も小さいが、体は大きくその腕から放つ力に敵う者は妖精ではまずいない。人間でもいないだろうな」
「そりゃ凄そうだな……」
 リュートはユーラウスの話 すドワーフに、素直に驚いていた。実際に見てみないと分かりはしないが、おそらくそれは誇張でもないのだろう。
「まぁその怪力のおかげか、 ドワーフは穴を掘ることも得意だ。それによって出来た地下空洞全体が、ドワーフの集落であるダルフェスと呼ばれている」
「地下空洞……?」
「つまりダルフェスは地下に あるということか?」
 今まで黙っていたヒース も、少しその話に興味を持ち始める。リュートは地下にダルフェスがあるということに半ば信じられずに驚いていた。
「そうだ。そしてその広さも 半端なものではない。少なくともセクツィアの中では一番に大きな集落だろう」
「それは早く見てみたい な……」
 リュートは想像を膨らませ ながら、未だ見ぬダルフェスに期待を馳せていた。そんなリュートを現実に引き戻すかのように、ユーラウスが少しだけ真剣な口調で口を開く。
「この際だから言っておくが な……」
「……?」
「ドワーフはセクツィアの中 で一番優遇されている種族なんだ」
「優遇って……」
「今でこそセクツィアの長老 はエルフであるムーク様だが、十数年前まではドワーフのモルテ様だったんだ。モルテ様はすでに170歳 を過ぎ、ドワーフの寿命150歳を考えればかなり長生きし ている。セクツィアに住む妖精たちの中でも、一番のご老体だ」
「そんなすごいのか……?」
 寿命が150歳と言われても、まだ人間の子供であるリュートには、いまいち理解し 難いことであった。けれどユーラウスの口調からも、そのモルテという人物が大事にされていることがわかる。
「種族の数もドワーフが一番 多い。人間や魔獣との戦闘だって、ドワーフたちがいなければもっと俺たちは数を減らしていたはずだ」
「そのモルテさんって、今も ダルフェスにいるのか?」
「あぁ。今は図書館の館長を していると聞いているな。ドワーフの族長はモルテ様とは別にいるが、どうせだからモルテ様にもお会いしたほうがいいだろう」
「俺もモルテさんに会いた い!」
「最もモルテ様がお前たちに 会ってくれるかは分からないがな」
 すでに寿命を20年も超えているモルテにとって、いつ亡くなってもおかしくはないのであ る。もしも身体を休めていたりなどしていれば、無理をしてリュートたちと会わせたいとは思わなかった。
 今の会話を隣で聞いていた ヒースは、ユーラウスが発した一つの単語が気になった。
「その図書館っていうのは何 だ?」
「知らないのか、ヒース?図 書館っていうのは、いろんな本が集められて……」
「それくらいは知ってる!」
 図書館について説明をしよ うとしたリュートに、ヒースは馬鹿にされたようで怒鳴っていた。ユーラウスに聞いたのは、その図書館が普通のものとどこか違うような感じがしたからだ。
「よく気づいたな……。俺た ち妖精は人間とは違い、ちゃんと歴史を重んじている。ダルフェスの図書館には、遥か昔の本など、数多くの本があるのだ」
「……歴史について書かれて いる本もあるのか?」
「それは……少し厳しいかも しれない」
 その言葉に、ヒースの眼は 落胆の色をありありと浮かべていた。ヒースは少しだけ、歴史というものに興味があったのだ。けれどいくら町を回っても、ほとんどが作り話のような歴史だけ だった。
 そんなヒースにユーラウス は申し訳ないと感じながらも、その表情の変化をどこか嬉しくも思った。






 想像とはいくらか違ってい たが、地下空洞にあるダルフェスは概ねリュートの思っていた通りだった。入り口は洞窟のような雰囲気を醸し出していたが、いざそこに入れば中は活気に溢れ た集落がある。周囲を見ても奥までは見渡せないが、ダルフェスのほとんどを見渡せるくらいには壁もなかった。所々に支えるように柱みたいなのがあり、いく つか小部屋に通じるような通路も見える。どうやらこの大きな空間を中心に、その周りに通路があるようだった。
 けれど、やはりここにも精 霊が残していった罰はある。パッと見た感じでは分からないが、ユーラウスによればこのダルフェスも長くはもたないという。地盤が腐敗していき、地面が崩れ てくるのだ。その度に地下にあるダルフェスは、少しずつ埋まっていく。生き埋めにあったドワーフも何人もいるらしい。今では日々その崩壊に恐怖しながら、 ドワーフたちはここで暮らしていた。
 リュートたちはその大きな 空間を歩いていく。どうやら一番奥へと目指しているようだった。人間が現れたことによりドワーフたちは、リュートたちを奇異な視線で見る。けれどその視線 には敵意はあまり感じられなかった。
 多くの視線に晒される中、 リュートたちは一番奥の通路へと入る。そこからは一つの小部屋に通じていて、どうやらそこがドワーフの族長が住む部屋のようだった。中に入るとドワーフが 一人寛ぎながら、部屋に入ってきたユーラウスに視線を向ける。すでに来ていたことは知っていたのだろう。大した驚きも見せず、ドワーフはユーラウスに向 かって口を開く。
「ふぉっふぉっふぉっ。久し ぶりじゃの、ユーラウス」
「ご無沙汰しております、ギ ルナ殿」
 ユーラウスがドワーフに一 礼するので、つられるようにリュートとヒースも一礼した。ユーラウスの言葉の通り、ドワーフは背が低い。見るからに年が高いと見える族長でさえ、子供の ヒースよりも少し低かった。
「座ったらどうじゃ、そこの 人間たちも」
 その好意の言葉に、素直に リュートたちはその場へと座り込む。そして早速ユーラウスが本題に入った。
「ギルナ殿、今日は報告が あってここへと参りました」
「それはそこにいる人間たち のことじゃろう?」
 ギルナもリュートとヒース に視線を送りながら、様々な意味で驚いていた。ユーラウスが人間と一緒にることもそうだし、やはりヒースの漆黒の髪と瞳だろう。ギルナもまた、八十年前の 戦争に参加していた数少ない妖精でもあった。
「はい。此度、この人間たち をセクツィアへと住まわせることになりました。これはすでに長老が決めたことでもあります」
「そうかそうか。主より精霊 様を感じるが、それが理由か?」
 ギルナはヒースに視線をや りながら、ユーラウスに同意を求めた。そうでなければムークはまだしも、ユーラウスが人間を許すはずがない。ユーラウスはギルナの言葉に頷いていた。
「ならば歓迎しよう、人間た ち。この老いぼれはドワーフの族長、ギルナじゃ」
「よろしくお願いします、ギ ルナさん」
 思っていたより簡単に済ん だことに、リュートは拍子抜けしながらもギルナに返事をする。それからヒースも小さな声でリュートに続いた。
「よろしく……」
「ふぉっふぉっ。こちらこそ じゃ、人間たち。名前を教えてくれるかの?」
「俺はリュートです。それで こっちがヒース」
「リュートにヒースじゃな。 お前たちは今からワシ等の仲間じゃ。このダルフェスも好きに見ていくがいい」
 すでに二人に友好的なギル ナは、ダルフェスを自由に歩き回る許可も出した。それに僅かに驚きながらも、ユーラウスはモルテの状態を聞く。
「ギルナ殿、モルテ様の御容 態は変わりありませんか?」
「もちろんじゃ。未だ元気に しておる。今の時間ならば、図書館にいるじゃろう」
「そうですか。出来ればこの 二人をモルテ様に会わせたいのですが、大丈夫でしょうか?」
「それはワシが決めることで はない。だがあの方なら会ってくれるじゃろう」
「ありがとうございます。で は早速図書館に足を運んでみます」
 ユーラウスは立ち上がり、 再びギルナに一礼した。それに続いてリュートとヒースも立ち上がる。ギルナはそんな三人を暖かい眼で見守っていた。そしてユーラウスは歩き出し、ギルナの 部屋を後にしていく。先を行くユーラウスに続こうとリュートとヒースも足を動かした。するとギルナは小さな声でヒースを呼び止める。
「ヒースよ……」
 かろうじて聞こえるくらい のその小さな声に、ヒースは立ち止まって振り返る。そのギルナの表情は今までしていた笑った顔ではなく、一変したまるで大罪を犯したような顔だった。
「家族はいるのか……?」
「……いない。今では俺一人 だけだ」
「そうか……。ワシを許して くれとは言わん。けれど、今を生きる若者たちは怨まんでやってくれるかの……」
 あの戦争に参加した妖精た ちは、誰もが深い罪悪感を残していた。それは一生拭えることがなく、目の前に現れたヒースが、まるで自分たちに復讐しにきた死神のようにも思えてしまうほ どに。
「……俺は別にあんたらを怨 んじゃいない」
「そうか……」

 それ以上 何かを発する様子もないギルナを見て、ヒースは再び足を動かしていた。前を見れば、そこには心配そうな顔をしたリュートがいる。その顔を見るだけで、どこ か暗い気持ちが吹き飛んでいってしまう。ヒースはそんなリュートに珍しく笑顔を返していた。