Mystisea
~想いの果てに~
六章 為すべきこと
16 図書館のドワーフ
その取って付けられたよう
な扉を開けると、リュートとヒースの眼には数多くの本が現れてきた。その膨大な量にヒースは少しだけ眼を輝かせる。
図書館といっても、何もダ
ルフェスとは別に立派な建物があるわけでもない。ただダルフェスの中に大きな部屋があり、そこに本を置いただけだ。けれどその量は数多く、少なくともこれ
ほどの規模は帝国にもない。
「客人かのぅ」
部屋へと入っていくリュー
トとヒースに、突然横からしわがれたような声が掛かった。いきなりのことに驚くものの、リュートはその人物をまじまじと見つめる。そのドワーフはギルナよ
りも背が低く、ドワーフの平均身長よりも低いのだろう。
ユーラウスの声で、そのド
ワーフこそがモルテなのだと理解した。
「モルテ様!」
「おぉ……その声はユーラウ
スか」
「お久しぶりです、モルテ
様。お身体の方は大丈夫ですか?」
「まだまだ大丈夫じゃ。後十
年は生きられるぞ」
これが本当に寿命を超えた
ドワーフなのだと信じられないような元気があった。まだまだ現役を感じさせるモルテに、ユーラウスは安心して胸を撫で下ろす。
「それは何よりです」
「して、今日は何の用じゃ?
お前さんがここに来るのは珍しいからのぅ」
「はい。この人間たちに、モ
ルテ様とお会いさせようかと思いましたので」
「ほぅ……これは……。お前
さんが人間と一緒にいるなんて」
モルテはリュートとヒース
に眼を向けて笑みを浮かべた。するとリュートはどこか萎縮したように、姿勢を正してモルテに視線を返す。
「はじめまして!俺はリュー
トと言います」
「……ヒースだ」
「覚えておこう。それはそう
とお前さんたち、本に興味はあるかのぅ?」
モルテは立っていることに
疲れたのか、近くにあった椅子へと座りながら二人を見る。それに対してリュートは返答に迷いながらも、結局は正直に答えていた。
「俺はちょっと苦手で
す……。何か勉強のこと思い出して……」
「そうかそうか。それは残念
なことじゃ。お前さんはどうかのぅ?」
「一応は……」
リュートとは違った返答
に、モルテは嬉しそうに頷いていた。そして一人意気揚々と口を開いていく。
「この古代図書館には数多く
の本が存在するのじゃ。そのほとんどが何百年もかけて人間たちの国から集めたもの。それこそ分からないことなど何一つないというくらいにのぅ」
「歴史もか?」
「歴史!?歴史とな!お前さ
んは歴史を望むのか?」
突然豹変したような態度を
見せるモルテに、ヒースは驚き一歩後退してしまう。かろうじて頷くと、モルテはそれを神妙な顔をして考え出した。
「そうか……歴史を望む
か……」
「あ!俺は外の世界が知りた
い!ユーラウスから聞いたんだ。海の嵐の向こうにはもっと広い世界があるって!」
「なんと!?お前さんも
か!」
今度はリュートも同じよう
に反射的に身体を引いていた。二人はモルテの異常な態度に、眉を寄せて顔を見合わせる。
「外の世界を知る。それ即
ち、歴史を知るということじゃ」
「そ、そうなんです
か……?」
「そうじゃ。だが……生憎と
歴史の本はない。過去、人間たちは歴史を捨て去ったのだ。歴史を知る類の物は全て葬り去られた。本とて例外ではない」
「どういうことだ?」
モルテの話が理解できず、
ヒースは疑問を浮かべるばかりだった。それに対し、モルテは一つ一つ順を追って説明する。
「過去、世界はこのセリアン
ス大陸だけではなかったという。しかし大戦の終結により、世界は海の嵐によって分かれてしまった。以前のような世界に戻れないと知った当時の人間たちは、 世界が一つだったという真実すら捨て去ったのじゃ」
「捨て去ったって……」
「人間たちは大陸中にある歴
史の書物などを全て燃やしつくした。歴史を大切にした妖精たちはそれに猛反対するも、結局は我等が持っていたものまでが燃やされた。結果、今では人間たち
は世界が一つだったことも知らないでいる。かろうじて口頭で伝えてきた我等妖精が知っているのみじゃ」
モルテは心底残念そうだと
いう顔で、その話を二人に告げた。
「なぜ歴史を捨て去ろうとし
たんだ?」
「それは分からぬ。我等には
理解し難いことじゃ」
「そうか……」
ヒースもまた歴史を知るこ
とが出来なかったことに落胆の色を浮かべるが、それを救うようにモルテが口を開く。
「落ち込むのは早い。実は
じゃな、つい最近になって失われたはずの歴史の本が見つかったのじゃ」
「それは本当か!?」
「本当じゃ。だが本といって
も、半分以上が燃やされたのか灰となっている。かろうじて読めるのは僅かな一部分だけじゃ」
その言葉にヒースは喜んで
いいのか悲しんでいいのか分からなかった。一部分を読むだけで何が分かるというのだろうか。
「読むか?」
「……あぁ。読ませてくれ」
「うむ。チアーナ!こっちへ
来てくれ!」
モルテは奥へと誰かの名を
呼んでいた。するとドワーフなのに何故か眼鏡をかけた女性が現れる。面倒くさそうな表情をありありと浮かべた彼女は、自分を呼んだモルテ、人間、ユーラウ
スを次々と見回していた。
「なかなか珍しい顔ぶれじゃ
ない」
「紹介しよう。我の孫娘、チ
アーナじゃ。今となってはチアーナがこの古代図書館を取り仕切ってる。そしてこの人間たちはリュートにヒースじゃ」
前半はリュートとヒース
に、そして後半はチアーナに向けた言葉だ。チアーナは眼を光らせるように、リュートたちに向かって挨拶する。
「……チアーナです。よろし
くお願いします」
「よ、よろしく……」
「それにしてもなぜ人間がこ
こに?……ハッ!ま、まさか貴方たちあの本を燃やしに来たのね!?そうはさせないわ!あの本に触れてでも御覧なさい。その時が貴方たちが死を迎える時
よ!!」
いきなりわけの分からない
ことを言うチアーナに、リュートたちはただ眼を丸くするだけだった。何やら変な構えを見せるチアーナは、依然とリュートたちを睨みつけている。そんな
リュートたちに助け舟を出すように、ユーラウスが横から口を挟んだ。
「気にするな。こいつはいつ
もこうだ。本のことになるとやけに妄想が激しくてな……。こいつだけじゃない。もともとドワーフは自分が興味あることに対しては、異常なほどに執着を見せ
るんだ……」
「失礼なことを言わないで、
ユーラウス!私はこよなく本を愛しているのよ!まったく……貴方は少し歴史に対して尊重さが欠けているわ」
「お前から見たら誰だってそ
うだろうさ……」
「んまぁ!本当に貴方と来た
ら……」
「止めぬか、二人とも。客人
の前じゃぞ」
一向に止まろうとしなかっ
た二人の口喧嘩は、モルテの一喝によりすぐに静まる。リュートはあまり見ないユーラウスの態度に新鮮さも感じていた。
「チアーナ。この者たちは歴
史が知りたいという。あの本を見せてやってはくれぬか」
「お爺様……。けれどこの二
人がもし人間たちの刺客だとしたら、唯一の歴史の本も失われてしまうかもしれないわ!」
モルテの言葉になかなか素
直に従おうとしないチアーナに、みんなは少しずつ困り果てていた。もともとユーラウスの言うようにドワーフは自分が守りたいものにはとても頑固なのだ。
「こいつらはそんなことはし
ない。俺が保証しよう」
「他人事だと思って!あの本
は私が苦労を重ねて荒廃領まで行ってきて手に入れたのよ!」
「荒廃領だと!?お前は!ま
たそんなとこまで行ってきたのか!?」
突然ユーラウスは大声を上
げた。無理もないことだろう。荒廃領とはノーザンクロス王国のかつての領土のことだ。今となっては極寒の地に魔獣が大勢いる。人間でさえ近づこうとしない
のに、そんな遠くの場所へと行くチアーナの神経が分からないほどだ。今回だけではなく、チアーナは本を仕入れるために各地に足を踏み入れている。その度に
無傷で本と共に帰ってくるチアーナは、ある意味セクツィアでも有名な話だった。
「仕方ないじゃない。帝国領
も王国領も魔導領もあらかた行きつくしたんだもの。残るは荒廃領しかなかったのよ。でもそのおかげであんな貴重な本も手に入れることが出来たわ」
サラッとすごいことを述べ
るチアーナに、もはやユーラウスは何も言えなくなってしまう。妖精たちの中で確実にチアーナが一番セリアンス大陸に詳しいだろう。ユーラウスの心配もチ
アーナには届きもしなかった。
「チアーナ」
「何ですか、お爺様」
「二人は安全な人間たち
じゃ。見せてやってはくれぬかのぅ」
「で、でも……」
その言葉に後一押しだと感
じ、リュートたちもお願いに出た。
「お願いします!」
「頼む」
「ぅ……ぅぅ……分かりまし
た。分かりました!その代わり、絶対に傷つけないでくださいね!」
もはや半ば勢いに任せ、チ
アーナは奥へと戻っていく。そして少しの時間の後に、見るからにボロボロの本を丁寧に持ち歩いてきた。その本を机の上へとそっと置く。
「この本はもう200年以上も前に書かれた物です。風化したり燃えてたりで読める部分はご
く僅か。それでも貴重な本なんですからね!絶対に、絶対に傷つけたり汚したりしないでくださいね!!」
その時のチアーナの顔は鬼
の形相とも言えただろう。リュートはその顔が近づくにつれて、引きつったような顔になっていく。
「ありがとう。読ませてもら
う」
その後ろで早速ヒースがそ
の本へと恐る恐るといった感じに手を伸ばした。意外にもその本は分厚く、かなりの量がある。一枚一枚本を捲っていくが、チアーナやモルテの言う通り本当に
読める部分は少なかった。字が薄くなったり、焼け焦げていたり、なかなかまともに読める部分が出てこない。何十ペー
ジ目かを捲ると、そこでヒースは動かしていた手を止める。やっとのことで文章が現れてきたのだ。達筆ともいえるその文は読みやすく、ヒースはそこに引き込
まれるように眼を奪われていた。