Mystisea

~想いの果てに~



六章 為すべきこと


17 あるひとつの手記








 現暦、メセティア暦1




 数十年前より続いていた神々 の戦い、天魔戦争が終結した。しかしその爪痕は深く、この世界メセティアは引き裂かれるように分かれてしまう。

 他の大陸との交流も不自然に 出来上がった海流の変化により不可能となる。船で進もうにも、荒れ狂う海原は通ろうとする船を飲み込んでしまう。数多もの船乗りたちが、その海を越えよう と挑戦したが誰一人戻ってくる者はいなかった。やがて残された我々は、その海流を海の嵐と呼んだ。
 なぜこうも世界が引き裂か れてしまったのだろうか。残った我々はそれは推測するしかなかった。だが、私はある者よりその真相を聞いた。
 天魔戦争。それは天界に住 む神々と、魔界へと堕ちた堕神との戦い。我々人間にとっては、遥かに大きな存在たちだ。

 その二つの陣営を率いる者た ち。至高の神、アルティス。そして魔神、シヴァ。この二人がジェネシア大陸で衝突したという。その結果、両者は相打ちとなった。しかし、その遥か高き存在 の二人の衝突が、このメセティアを大きく変化させたというのだ。俄には信じられない話だ。

 私はそれを教えてくれたあ る者に聞いた。これからこの世界はどうなってしまうのかと。しかしその答えは得られなかった。やがてその者も傷つき疲れ果てたのか、長い眠りへとついた。

 セリアンス大陸には大きな 混乱が訪れた。無理もないだろう。今まで広かった世界が、一瞬でこんなちっぽけなもになってしまったのだ。我々が住むセリアンス大陸など、メセティアの大 きさに比べればほんの一粒のようなものだ。しかしこれからは、セリアンス大陸だけが我々の世界だった。

 他の世界はどうなってし まったのだろうか。他の大陸も我々と同じように海の嵐に阻まれているのだろうか。それともセリアンス大陸だけがこうなってしまったのか。それすらも確認で きない。我が友たちは無事なのだろうか。心配は尽きなかった。







「……」

 ここの部分で一旦文は区切 れていた。それを読み終わったヒースは、神妙な面持ちで黙っている。隣からはチアーナが自慢げにこの本について話していた。

「これは貴重な文献よ。お爺 様たちから過去大きな戦争があったことは知らされていたけど、確証に欠けていたもの。だけどそれを裏づけするように、この本が現れた」

「天魔戦争……」

「えぇ。それも実際起きたこ とね。その神々の戦争が原因で、海の嵐が出来上がった。どうやら精霊様たちもこの戦争に参加していたようなの」

 チアーナは興奮気味にヒー スに語っていた。この本を見つけたことは、チアーナにとって今までの人生で一番嬉しいことなのだ。

 そしてもう一人ヒースの隣 に興奮気味の少年もいた。

「この大陸が世界にとって一 粒だって本当なのか!?本当に海の嵐の向こうには世界が広がってるんだよな!?」

「そうよ。だけど、この本に 書いてある通り、海の嵐を越える術はないわ。どうやったって世界を見ることなんて出来ないのよ……」

「……じゃぁ空からはどう だ!?鳥みたいに空を飛んで海の嵐を越えていくんだ!」

 リュートの眼は光り輝き、 まだあどけない少年が夢を語っているようだった。しかしその夢もチアーナは残酷に打ち砕く。

「飛空挺のこと?」

「飛空挺……?」

「空を飛ぶ機械よ。けれどそ んな技術、この大陸にはないわ。ちょっとやそっとで造れるものでもないし」

「……そっか。本当に行けな いのかな……」

「……私だって行けるものな ら行きたいわ」

 外の世界に憧れながらも、 そこへ行く方法がないことに落胆の色を浮かべるリュート。そんなリュートを横目で見ながら、ヒースはさらに本のページを捲っていく。どうやらこれは歴史の 本というよりも、日記のようなものだった。これを書いた本人の想いが、いろいろと伝わってくる。







 現暦、メセティア暦3




 もはや海の嵐を通過するこ とは絶対に不可能という見解になった。これによりアルスタール帝国皇帝は過去の歴史を抹消するという行動に出た。

 旧暦ならともかく、今となっ てはアルスタール帝国が一番の強国だ。反対しても、強硬な手段をとってくる。現に南のセクツィアでは自治領に乗り込まれ、全ての歴史に関わる本を燃やされ たという。それを聞いた我々も素直に歴史の本を差し出した。しかしこの手記だけは例外だ。さすがの帝国もこれには気づきもしなかっただろう。







 この本はヒースでも大変興 味がそそられるようなものだった。どんどん読み耽り、それに比例するように時間も経っていく。もっと知りたいことを探すかのように、ヒースはパラパラと本 を捲っていた。

 すると最後の一文に、凝視す るようにヒースの眼が止まる。思わずヒースはそのページを熱心に読んでいた。







 現暦、メセティア暦56




 時が経つのも早い。すでに 私も80になり、もう残り僅かな命となった。すでに王位は 息子に譲り、その次位の孫までもいる。振り返れば、私の人生は幸せなことだっただろう。しかし、最近になって気になることも多い。

 まだあれから50年あまりしか経っていないというのに、すでに大陸の皆は天魔戦争とその 爪痕のことを忘れ去っていた。これもあの時の帝国の取った行動が原因なのだろう。過去を知る本は全て葬られ、その時代を生きた人たちも、皆子供たちに教え ることを禁じていた。そうなれば、自然と過去を忘れることも無理がないのかもしれない。私もまた、帝国を恐れ、歴史のことを息子たちへとしか伝えていな い。しかしそれがいけなかったのだと、今さらながらに後悔している。

 最近になり、周囲からの視 線が変わってきている。どこか我等の国と、その容姿に恐れを抱いているようだった。話では一部から魔の子とも呼ばれているいるようだ。それもこの黒の髪と 瞳が原因だ。なんと嘆かわしい――







「途切れてるわね……」

 チアーナもこのページを読 むのは初めてだったのか、ヒースと同じように熱心に読んでいた。しかし間の半分の文字が薄れていて、読むことは出来なかった。続きを読みたいというやり場 のない気持ちが身体を駆け巡りながらも、ヒースは最後の方へと眼を向ける。







 ――がないことだろう。こ れからのことに不安は尽きないが、次の時代を築くのは孫息子たち若い者である。ここらで私のような年寄りは幕を降ろそうと思う。

 長かったこの手記も今日を 最後に綴るのを止めることにしよう。後は静かに死を待つだけだ。

 いずれこの手記を読むものが 現れるかは分からない。だがもしいるとなれば、この歴史をどうか知ってほしい。歴史が途絶えないように、今さらだが後世に語り継いでほしいと願う。

 願わくば、このノーザンク ロス王国に長き繁栄が訪れることを。




 ノーザンクロス王国、第6代国王。カーヌ=ルーベルア=ノーザンクロス。







 ヒースはそれを眼にした瞬 間、我が眼を疑った。何度もその最後の一文を読み返し、その度に夢を見ているのではないかとさえ思う。

 隣では何も知らないチアーナ も驚いていた。その取り乱しようはなかなかのものである。

「まぁ!これはノーザンクロ ス王国の王族の書いたものだったなんて!!あぁ……私は大変なものを見つけてしまったわ!これは一大事……まさか彼らの、そして王族の方だったなんて!」

「ノーザンクロス王国……。 ヒースの祖国の王族の人なのか……」

 リュートはヒースの反応が 気になり、そっとその横顔を伺った。するとその顔色にリュートは驚き、慌ててヒースに詰め寄っていく。

「ヒース!?顔色悪いぞ!大 丈夫か!?」

「あ、あぁ……大丈夫 だ……。少し眩暈がしただけだ」

 ヒースはリュートの肩に手 を置いて、僅かに数歩下がった。まるでその本を恐れるかのように。

 みんながヒースを心配して言 葉を掛ける中、ヒースだけが上の空で考え事をしているようだ。その様子に不安になりながらも、リュートは見守っていた。

「……失われた国の王様が書 いたものだからね……。ちょっとダメージが強かったのだわ……」

 チアーナはヒースを気遣 い、本を遠ざけるようにしまいだした。その様子をヒースはジッと見つめるだけだ。確かにチアーナの言う通り、ヒースにとって衝撃が強すぎた。しかしその意 味合いは少しだけ違う。半ば信じられない真実に、ヒースは嬉しくも何とも思わなかった。ただ、衝撃が訪れただけ。

「悪い……もう大丈夫だ」

 少し経てば、だいぶ落ち着 いてきたようだった。リュートの支えなしに立ち上がる。

「本当に大丈夫なの か……?」

「無理はしちゃいかんぞ、少 年よ」

 みんなの気遣いに感謝しな がら、ヒースは大丈夫だと告げる。それに対して少し不安な面持ちをするも、リュートは頷いていた。

 すると突然ダルフェスの入 り口が、大きく騒ぎを見せていた。ユーラウスがそれにいち早く気づき、何事かと扉を開けて向かおうとする。それと同時に、その扉を開けて一人のエルフが やってきた。

「た、大変です、ユーラウス 殿!!」

「どうした!?何があっ た!!」

 顔見知りのエルフはフェル スでも足が速いと有名な者だった。その疲れ果てた息切れ切れの姿から、必死にここまで走ってきたのだと分かる。ユーラウスは何事かと思い、そのエルフへと 問い詰めた。するとエルフの口からは、想像もしなかった言葉が告げられる。

「と、砦が……アルデリア砦 が人間たちに攻撃を仕掛けられました!!」

「馬鹿な!?それは本当 か!?」

「は、はい……フェルスにア ルデリア砦に駐留していたエルフが伝えに来たのです。そしてアルデリア砦の方からは僅かですがすでに火が立ち昇っていました……」

「な、何ということだ……。 人間が……」

「報告では人間の数はおよそ 二百。しかしアルデリア砦に駐留してる我が軍は百ほどです……。各地に伝令も飛ばしましたが、正直間に合うかどうか……」

 愕然とした想いでユーラウ スはその報告を耳にしていた。それは他のみなも同様で、リュートもまた信じられない気持ちだった。

「……くっ!今からアルデリ ア砦へと向かうぞ!」

「俺も行く!」

「何を!お前たち人間はここ で大人しくしていろ!」

「ダメだ!人間が妖精に攻撃 を仕掛けるなんてあってはいけない!それに……」

「……好きにしろ。こっちは 時間がないんだ。ここからだと数時間もかかる……」

「あ、あぁ!急がないと!」

 ユーラウスは振り返りもせ ず、走り出した。ここからアルデリア砦まで1日以内で辿り 着けるが、今の状況ではその時間は果てしないほどに遠く感じるだろう。そしてリュートとヒースもすぐにその後を続いて走り出した。

 リュート はすでにこのときに予感していた。今このセクツィアの地に、彼女がいることを。