Mystisea

~想いの果てに~



六章 為すべきこと


23 悲しい現実








「撤退してよろしかったので すか?」

「何が言いたいの」

 その言葉が自分を責めてる かのように聞こえるのは、カンナの思い過ごしなのだろうか。なかなか心が掴めない自分の副官を、カンナは真っ直ぐと見た。

「いえ……ただあれ程の攻撃 がそう続いて撃てるとは思えませんでしたので」

「それでは貴女は私の判断が 間違っていたと?」

「そういうつもりでは……」

 カンナにだってそれくらい 分かっていた。いくら動揺していたとはいえ、それくらいの判断は出来る。マーメイドの攻撃はきっかけでしかなかったのだ。だからこそ、シェーンが自分の弱 い心を責めているようでならないのだ。

「……私はこれから帝都へ向 かいます」

「カンナ様がここを離れるの ですか?」

 突然放つその言葉にシェー ンは僅かに驚きを見せる。

「えぇ。任務の失敗は私の責 任ですから。留守は貴女にお願いします」

「……そのような報告でした ら私が参ります。カンナ様が自ら行くこともないでしょう」

「いいえ。私が直接出向きま す」

「しかし……」

「シェーン」

 譲ろうとしないシェーン を、カンナは何かを探るような眼で見た。それに対しシェーンは口を閉じて、その視線を受け止める。

「私が出向くと言っているの です。それとも貴女が帝都へ行かなければならないようなことがあるのですか?」

「……それはどういう意味で しょうか」

「分かりませんか?」

 互いに視線を交わしなが ら、腹の探りあいをするかのように相手の心を盗み見ようとしていた。やがてシェーンの方から諦めたようなため息が聞こえてくる。

「……分かりました。しかし 私もご一緒させていただきます」

「ここの守りはどうするので すか?」

「他の者にやらせておけばい いでしょう。セクツィアもかなりの被害を被ったはず。すぐに反撃をしてくることもないと思われますが」

「……いいでしょう。どうし ても貴女も帝都に用事があるようですね」

 シェーンが裏で何をしてい るのか、カンナには想像もつかなかった。つい数ヶ月前までは仕官学生だったというのに、いきなりの副団長とはいくら神の子としても驚かざるをえない。さら にもう一人はギレインの後釜として収まってもいる。普通に考えてこの人事はおかしかった。

 何かが、何かが変わってき ているのだとカンナは心のどこかでそれを感じていた。







 帝国第三騎士団が撤退して いった後、セクツィアではまさに嵐が過ぎ去ったような爪痕が訪れていた。

 人間の侵攻という事実と、 多くの仲間の死。別れの言葉すらかけることもなく、彼らは死んでいった。言葉に出来ないほどの怒りや悲しみ、さまざまな感情がセクツィアの中を支配する。

「どうしてこんな……」

 生き残った妖精たちは、死 者を弔ったり傷を負った者たちを介護したりと慌しく動いている。ほどなくして現れたムークたちの援軍も戦闘には間に合うこともなかった。

 リュートはその光景を見 て、どうしようもない感情をシェーンへと向ける。

「リュート……お前もこっち へ来てくれ……」

 ふと、自分を呼ぶ声が聞こ えて振り返ると、そこには沈痛な面持ちを浮かべるユーラウスがリュートを呼んでいた。

「ユーラウス!無事だったん だな……」

 およそ無事とは言えない姿 ではあったが、その生きていたという事実にリュートは喜びを浮かべた。しかし変わらずユーラウスは悲痛の表情を浮かべたままだ。

「お前も……リリを弔って やってくれ……」

「……!!」

 その言葉にリュートは急に 現実に引き戻されたような痛みを覚える。

 まだほんの小さな少女の 死。

 それはリュートにとって信 じられないような出来事でもあった。

「……分かった」

 リュートの返事を聞いて、 ユーラウスは先導するように歩き出す。その後ろをリュートは黙ってついていった。

 その先には小さな遺体を囲 むように、大勢の妖精たちの姿があった。そこにはムークの姿も見える。その表情はかつてないほどに悲しみに覆われていた。

「長老」

 ユーラウスが声をかける と、ムークは振り返りリュートの存在に気づく。

「来たか……」

「ムークさん……」

 リュートは軽くムークに頭 を下げ、その奥にいるリリの遺体に眼を向けた。居た堪れない気持ちになりながらも、その身体に近づこうとした時、リュートに対してきつく罵る声が発せられ る。

「貴様!どの顔してここへ やってきた!!」

 一人のフェアリーが、怒りの 形相でリュートへ詰め寄ろうとしていた。しかしそれをムークが間に入って止める。

「止めぬか、サラン」

「なぜ止めるのですか!リリ はこの人間のせいで死んだのですよ!」

 変な言い掛かりをつけられ ながらも、リュートはその言葉に焦りを見せる。よく見れば、目の前のフェアリーの顔に見覚えもあった。

「あなたは……」

 初めてセクツィアで目覚め たとき、アリフィスで自分たちを追い出したフェアリーだ。あの時ですらリュートに敵意を抱いていたというのに、今ではそれがいっそう大きくもなっている。

「お前さえ……お前たち人間 さえ現れなければリリが殺されることはなかった!」

「サラン!!」

 ムークの厳しい声にサラン は理解できないようにムークを見た。その視線を受けながらも、ムークは諭すようにサランに言葉をかける。

「勘違いをするな、サラン。 確かにリリはリュートたちに懐いていた。アリフィスを出たのもそれがきっかけだったかもしれないだろう」

「だから全部人間の!」

「しかしリリを殺したのは リュートではない。セクツィアに攻め入った帝国の人間たちだ。リュートがセクツィアに現れなかったとしても、帝国はこの地に侵攻してきたはず。そうなれば ワシ等は皆死んでいたかもしれん」

「しかし結果帝国の人間たち は撤退していったではありませんか!リリがアリフィスにいたのなら、死ぬことはなかったはずです!」

「向こうに銀の神の子がいた としてもか?」

「……!?」

 その言葉にサランは口籠る ように口を閉じた。

「お前も知っての通り、あの 人間は恐ろしく強い。しかし聞けば、銀の神の子を止めていたのはリュートだという。もしあの人間が自由だったとしたのなら、ワシ等は全滅していたかもしれ ん。現にドワーフの援軍が到着する前のエルフとフェアリーの両軍、そして砦の守備隊は壊滅した」

「それは……!」

「それに……誰が悪いという なら、あの時戦場へ向かうリリを止め切れなかったワシが悪い……」

「長老……」

「お前の気持ちが分からない わけではない……。ワシ等も皆、リリを失ったことに怒りを隠せはしない。しかしそれを向ける矛先はリュートではないのだ」

「……」

 サランはもはや何も言え ず、悔しそうに唇を噛みながら俯いてしまう。やがてこの場にいるのが耐えられなくなったのか、他の仲間たちの遺体の方へと去っていった。そんなサランを眼 にしながらも、ムークはリュートへと向き直る。

「すまないな」

「い、いえ……」

 リュートは素直にその言葉 を受け入れられなかった。リリが死んだのは確かにリュートのせいではないかもしれない。しかし、そのリリを殺したのは幼馴染でもあるシェーンなのだ。その ことに、どこか自分にも原因があるのではないかと思ってしまう。

「サランは、フェアリーの族 長でな……」

「……はい」

「そしてリリの父親でもある のだ」

「……!?」

 その言葉にリュートは驚 き、ムークの眼を見つめた。しかしその瞳に嘘はなく、それが本当のことなのだと知る。

「……皮肉なことだ。リリは フェアリーだけでなく、ワシ等妖精の誰よりも人間を信じていた。それなのに……」

 その人間に殺されてしまっ た。そんな最期の時、リリは何を思っていたのだろうか。

「すいません……。俺がもっ と早く間に合ってれば……」

「お前のせいではない。全て 帝国の人間たちが……」

「けど……」

 ムークは当たり前だが、 リュートとシェーンの関係など知るはずもない。だからこそその言葉がシェーンを責めているようで、それが未だにリュートの心にも陰りを落としていた。

「しかしこれで帝国が本気な のだとも分かった」

「ムークさん……」

「何も失ったのはリリだけで はない。エルフ、フェアリー、ドワーフ。多くの仲間たちが失われた。もはやワシ等に残された道は後僅かなのかもしれんな……」

 その言葉に漂うムークの想 いがリュートにも伝わり、やりきれない気持ちになった。

「……ワシは他の場所へ行か なければならん。この場はお前に任せよう」

「……分かりました」

 ムークはその返事を聞く と、重い足取りで別の場所へと向かう。セクツィアを束ねる長老であるムークには、やらなければならないことが多くあるのだ。悲しみに打ちひしがれている暇 などなかった。

 ムークが去るのを見送った 後、リュートは眠るリリへと視線を向ける。

「リリ……」

 改めてみると、その身体は 本当に小さい。その顔はただ昼寝をしているような安らいだ顔で。今にも眼が覚め、リュートへと飛び込んでくるんじゃないかと思えてしまう。

 リュートはその隣へとしゃ がみ込み、その頬へと軽く手を伸ばした。周囲にいた妖精たちは皆遠慮してかその場を離れ、おかげでここにはリュートとリリしかいなくなる。

「ごめんな……」

 当たり前だけれど、その返 事に答えてくれるはずもない。




 初めて出会ったのはジュエ ンの町

 偶然でしかなかった出会い も、流れ着いたセクツィアにて再会を果たした


 思えばこのセクツィアにい る間、ほとんどの時間を共に過ごしただろう

 小さな少女の願う夢も、も う叶うことはない


 妹のように可愛く、守って あげたいと思うような少女


 あの輝いたような笑顔を見 ることは、もはや二度と訪れはしない




 その日、セクツィア中に悲 しみが訪れた




 多くの失った妖精たちの魂 を異界へと帰す儀式


 一人残らず妖精たちはそれを 見送り、悲しみに満ちた顔で参列していた



 精霊たち も、きっとこの魂だけは異界へ帰ることを許してくれるだろう