Mystisea

〜想いの果てに〜



七章 歩みだす世界


02 ダインの想い







 フィレーネ号の中にある船 室の一つ。そこは大きな部屋であり、本来船員たちが集まって何かを話したりするような場所だった。今そこにはダインとリュートたち三人がいるだけで、広さ が余りどこか寂しさを表しているようでもある。部屋の中でダインがリュートたちと向き合うように椅子に座った。
「だいたいの事情は察してる さ。とりあえずアンタたちが無事で良かった」
 ダインは少しだけ笑うよう に、けれど真剣な顔でリュートたちの顔を見る。
「ダインさん……」
「俺たちに出来る範囲でな ら、アンタたちに力を貸そう」
 マリーアが何も言わないう ちに、ダインは自ら協力を申し出た。マリーアはそれに僅かに戸惑う。
「ですが……いいのですか? 私たちに協力することは貴方も反逆者の仲間入りに……」
「冷たいこと言うなよ、姉 ちゃん。そんなの今さらだろ」
「しかし!」
「だいたい帝国に逆らうこと が反逆者だと言うなら、俺たちはすでに反逆者さ。それに俺たちの力が欲しいからここまで来たんだろ?」
「……!!」
 ダインの言葉を受け、マ リーアは自分が恥ずかしくなった。ダインの言う通りであり、マリーアはダインに協力を求めるためにここまで来たのだ。それでいていざ協力してくれるとなっ たら、危険だと断ろうとする自分が恥ずかしい。
「……分かりました。ダイン さん……お願いします」
「お願いします!」
 マリーアに引き続き、 リュートもダインに頼み込んでいた。ダインはそれを見て豪快に笑い、気にした風もなく話を続ける。
「それで話ってのは何なん だ?といっても予想はつくけどな」
「はい。私たちをマールへと 連れて行ってほしいのです」
「……だろうな。でなけりゃ わざわざここまで来ることはないか」
 マリーアの真剣な眼を見 て、ダインは複雑そうな顔を見せる。マリーアは直感的に何かがあるのだと悟った。
「何か問題でも……?」
「あぁ……。前にいた魔獣は あの後出来た兵器で倒せたんだが、その後に更に強い<アニラス>が現れやがった」
「<アニラス>って……!」
 リュートたちをバラバラに させた、あの海で出会った魔獣。しかしバラバラになったことにより生き延びたことも事実だった。
「そうだ。ちょうど帝国の船 がマールから帰った後にマールへの海域に住み着き始めた」
「帝国の船ってまさかシュー イの!?」
 リュートが聞くとダインは 良い顔をせず、どこか言いにくそうな感じをしていた。しかし決心するように顔を上げてリュートを真っ直ぐ見る。
「お前たちに言うのは酷かも しれないが……帝国の金の神の子と共にいたのは……あの青い髪の嬢ちゃんだった」
「セリア……!?」
 リュートはその言葉に驚 き、マリーアは耐え切れないような沈んだ表情を見せる。ヒースでさえ、辛そうな顔を見せた。
「そんな……セリア が……!」
「気休めにしかならねぇが、 嬢ちゃんはまだ処刑はされてない。連れられてもう何日も経った。恐らくは牢にでも幽閉されてるんだろう……」
「何で、何でセリアがそんな 目に合わなきゃならないんだ!シューイはいったい何やってるんだ!」
「……ごめんなさい、リュー ト。私に力がなかったせいだわ……」
「先生のせいじゃありませ ん!」
 守るべき生徒を守れなかっ たマリーアは、自分を責め立てる。マリーアにしか感じれないその想いを、リュートは一緒に背負いたかった。
「俺だって力がなかっ た……。もし力があったらあれだって防げたかもしれないんです!だからそうやって先生一人で背負い込まないでください!」
 ディアレムスで見たマリー アを思い出す。あの姿だってマリーアがいつも一人で思いつめていたせいでなってしまったのだ。今度こそリュートは仲間として、一緒にマリーアと痛みも分か ち合おうと決めている。
「けど、レイのことだってそ うよ!私はあの時海に落ちて、レイの腕をちゃんと掴んだのに……なのに!」
「それでも全部貴女一人の責 任じゃない!」
 マリーアはあの時のレイを 思い出した。レイの気持ちを知らず、マリーアは勝手なことをしたのだろうか。最後にレイが口にした言葉は、いつまでもマリーアの心に残る。それは決して リュートに言えるものではなかった。
「……リュート。そうね、あ りがとう」
 リュートの想いに触れ、マ リーアも素直にその言葉に嬉しさを感じる。けれどやはりその心には、大切な二人の生徒を守れなかった悔しさがあった。その悔しさを決して忘れようとはせ ず、新たな誓いと共にマリーアは再びダインへと向かい合う。
「ダインさん、私たちは再び マールへと行かなければなりません。どうか船を出してはくれませんか?」
「だがな……<アニラス>の 力は強大だ。いくら船上とはいえ、あの帝国騎士団でさえ逃げるのが精一杯だった。このまま船を出航しても<アニラス>の餌食になるだけだ」
 ダインは自らの力の無さを 嘆きながら、悔しい想いになる。それだけ<アニラス>は強い魔獣なのだ。
「それじゃぁ、あの時作った 兵器はどうなんですか!それで前にいた魔獣も倒すことが出来たんですよね!?」
 先ほどその兵器で魔獣を倒 すことが出来たとはダインも言っていた。しかしリュートの考えも虚しく、ダインは苦渋に満ちた顔になる。
「兵器といってもそんなに万 能なものじゃない。あの魔獣に何発か撃ったおかげで、もはやほとんど使い物にならねぇ。恐らく撃てても後一発……。それにあれを撃つには魔力を持った魔道 士が何人も必要なんだ。俺たち船乗りは力はあるが、魔力はからっきしだ。まさかまたマールから呼び寄せるってわけにもいかねぇだろ?」
 ダインの言葉にリュートと マリーアは落胆の表情をありありと浮かべていた。魔力を持った人間がサレッタにはいないのだ。しかしこの場でたった一人魔力を持つヒースが口を開く。
「なら俺が撃とう」
「ヒース!?」
 リュートたちは一斉にヒー スを見た。みんなの視線を受けても、ヒースは変わらず同じ言葉を続ける。
「最後の一発は俺が撃つ。そ れでいいだろ。だから船を出してくれ」
「何言ってやがる。あれは マールの魔道士ですら何十人もが力を合わせて初めて撃てるんだ。それをお前さんみたいな子供が一人で撃つだと……?」
 ヒースの力と魔力を知らな いダインは、その考えを一蹴するように兵器の危険性を語る。しかしどうしても引けないリュートたちは、ヒースに負担をかけることになりながらもその意見に 賛成した。
「いえ、ダインさん。ヒース の魔力は並の魔道士の力をも凌ぎます。この子ならば一人でも或いは……」
「おいおい、姉ちゃん。そう はいってもまだ子供だろ?魔力がどうのこうのより、子供にそんな危険なことをやらせるわけにはいかねぇよ」
「それはそうかもしれません が……」
 ダインの言葉は正論で、マ リーアとて本当はそれを分かっている。できることならヒースにはそんな負担をかけさせたくなかった。しかしその当の本人は、子供扱いされるのを極端に嫌っ た。自ら口を荒げてマリーアに渇をいれる。
「子供だと言ってる場合じゃ ない!俺たちはマールへ行かなきゃならない……。こんなとこで立ち止まってる時間はないはずだろ!」
「ヒース、お前……」
 今まで何事にも冷めてきた ヒースが、こうやって荒々しく喋ることですらリュートには嬉しかった。その想いに触れて、リュートもヒースの言葉に頷く。同じようにダインもその想いを感 じ取るが、それほどまでにマールへ行きたいという理由が少し気になった。
「アンタたち、何でそんなに マールへ行きたいんだ?今回は前のように逃げるためじゃないんだろ」
「……そうです。私たちは戦 うためにマールへ行かなければならないんです」
「戦う?マールとか?」
「いいえ。帝国と戦うため に、マールの力が必要なんです」
 帝国と戦う。何の戸惑いも なく口にしたその言葉を聞いたダインは、身体が震えるような感覚に陥った。言葉にすることすら難しいことだ。この大陸の覇者たるアルスタール帝国を敵にす るなど、誰もが考えようとはしなかった。ダインたちですら反感を持っていても、そんなこと思いつきやしなかったのだ。それを平然と言いのける者など、ただ の馬鹿か、それとも――。
「ハッ!ハハハハハッ!」
「ダインさん……?」
 突然笑い出すダインを怪し そうに見るリュート。しかしダインは豪快に笑った後、挑戦的な笑みでマリーアたちに向き直る。
「本当に面白い奴らだ……。 いいだろう、マールへ船を出してやるよ」
「本当ですか!?」
「おうよ。この俺とフィレー ネ号が責任もって、必ずお前たちをマールへと送ってやる!」
 ダインはまるで夢のような 馬鹿げたことを口にするこの三人に力を貸そうと改めて決めたのだった。ただ貸すだけじゃない。自らの命を賭してまで貸すのだ。それはこの三人に新しい時代 を期待してのダインの決断だった。