Mystisea
〜想いの果てに〜
七章 歩みだす世界
03 謎の石
フィレーネ号はサレッタの
船乗りたちを数多く乗せ、港町を後にしてノルンへ向けて出港した。乗員の多くが腕に自信を持つ戦闘員ばかりであり、そのほとんどがこれから出会うであろう
<アニラス>と戦うためだ。それも全てリュートたちを無事にノルンへと送り届けようとするダインの意志の表れだった。
「……」
船が半ばまで差し掛かった
頃、リュートとマリーアは黙ったまま海を見つめていた。嫌でもあの時のことを思い出してしまうのだ。
<アニラス>の急襲により、
海へと落とされたヒースとレイ。そしてそれを助けにいったリュートとマリーア。ただ一人船に残り、囚われたセリア。バラバラになった五人は、今ここに三人
しかいなかった。
後の二人のうち一人はアルス
タール城の地下牢に、そしてもう一人は行方不明。その行方不明のレイのことがリュートはどうしても気になってしまう。レイを助けに行ったマリーアに聞けば
何か分かるのかもしれないが、二人が一緒にいないことから聞くのも憚られる。何よりマリーアの態度が、どこかそれを拒んでさえいた。けれどリュートはレイ
のことが気にかかり、マリーアに尋ねてしまう。
「先生……レイは……」
その続く言葉をどう表して
いいか分からず口籠るリュート。しかしマリーアはそれだけでリュートの言いたいことを悟る。けれどマリーアはリュートが望む言葉を与えず、リュートにとっ
て意味の分からない言葉を投げかけた。
「レイのこと……心配?」
「当たり前じゃないですか!
レイは俺の親友なんです!心配に決まってます!」
「そう……そうよね。きっと
今の言葉を聞いたらレイも嬉しがるわ」
「先生……?」
マリーアは悲しみを必死に
抑えてリュートに笑顔を見せる。その無理した笑顔の意味がリュートには分からず、それがレイに関係していると思うと不安になった。
(レイ……貴方は愛されてい
るのよ……)
マリーアはどこにいるかも
分からないレイに向かって想いを馳せた。今この瞬間にレイが無事でいるのかどうかすら分からない。マリーアはあの時のレイを一瞬だけ思い出した。
マリーアがレイに向かって
伸ばした腕を、レイは力強く跳ね除けたのだ。
――何で……何で……!!
絶望にも似た表情で叫ぶレ
イの言葉。その時マリーアは初めてレイがこれまでどんな気持ちでいたのかを知ったのだ。そしてそれと同時に何も知らないでいた自分に激しく後悔した。
「先生!」
リュートの大きな呼びかけ
に、そこで初めてマリーアは思考を今に戻した。どこか不安そうな顔でこちらを見るリュートに、マリーアはレイのことを口にしかける。
「レイは……」
「出た!<アニラス>
だ!!」
しかしタイミングが良いの
か悪いのか、ちょうど<アニラス>がフィレーネ号の前に大きく立ち塞がった。
「全員戦闘準備だ!絶対にこ
こを突破するぞ!!」
「了解!!」
ダインの大声が響き、続い
て船員たちの返事が木霊する。打って変わって慌しくなる船内。当然リュートもそれを聞くと、剣を抜いて<アニラス>の方へ向かった。その素早い後姿を見
て、マリーアは少しだけホッとする。あのままではレイのことを話していただろう。そうならなかったことに安堵し、そして後悔する。けれど今はそれを素早く
頭から振り払い、マリーアも<アニラス>がいる方へと急いで走り出した。
大きく揺れるフィレーネ
号。それは<アニラス>が船に体当たりした衝撃だった。前の出来事がリュートの頭に過ぎるが、思ったほど船は揺れはしないことに驚く。
「俺の船をなめるな!この船
は帝国の船よりも頑丈だ。<アニラス>の体当たりの数発、簡単に持ち堪えられる!」
近くに来たダインが豪快に
笑いながら、リュートの隣に立った。そしてすぐに船員たちに命令を出していく。その姿は貫禄が出ており、疑いようもなくこの船の船長だということを改めて
思い知る。
「魔導砲を撃てるのは後一発
が限度だ!確実に仕留めるために、あいつを出来るだけ弱らせろ!」
兵器の名前を魔導砲と言
い、すでにヒースはその前で精神を高めている。さすがにマールの魔道士数人分の魔力が必要なだけあり、ヒースはありったけの魔力をそこに込めようとしてい
た。
船員たちはそれぞれ弓や長
い槍などを持ち、<アニラス>へと狙いを定めて放つ。<アニラス>は巨体であり、海の中から攻撃してくる。つまりはリュートの持つ剣などは、<アニラス>
が近寄らない限り当たりさえしないのだ。当然接近戦が得意な船員たちだけでは<アニラス>を弱らせることさえ困難だった。しかしそれも全て承知の上で、ダ
インはこの選択を選んだのだ。
「せめて近寄りさえしてくれ
れば……」
リュートは自分の攻撃が当
たらないことを知ると、何も出来ない不甲斐なさに嘆きたくなる。
「止めときな。奴が近づいた
時に無理に攻撃しにいっても返り討ちに合うだけだ」
ダインは船側に張り付こう
とするリュートを抑える。しかしリュートは力になれないことを尚更悔しく思うだけだった。
「けど見てるだけなんて俺に
は出来ない!」
半ば怒りを含んだ声をダイ
ンに向ける。それを聞いてダインはゆっくりとリュートに諭すように口を開いた。
「人間ってのは完璧な存在
じゃないんだよ。誰にだって出来ることと出来ないことがある。例えば俺にはこの船でお前たちをマールへ送ることが出来るさ。けど、その先にある帝国を倒す
ことは出来ない」
「……」
「全てを一人で出来る人間な
んて絶対にこの世にはいない。けどな、不完全だからこそ、人は助け合って生きてくんだ。……どうせお前さんはこれまで必死に剣を振り続けてきたんだろ。誰
かを守りたいと願う想いは大切だが、今回くらいは他の奴に任せるんだな」
「ダインさん……」
リュートはダインの言葉を
強く受け止める。
「安心しろ。俺たちが必ずお
前たちをマールへと送り届けてやる」
「……分かりました」
リュートは素直に頷き、視
線をダインから<アニラス>と戦う船員たちへと移す。そこには命がけで<アニラス>と戦う姿があった。彼らが皆、自分たちのために戦ってくれているのだと
思うと、リュートも彼らのことを信じようと決めたのだった。
「リュート、貴方はヒースの
所へ」
マリーアがやってきて、
リュートを促した。今もヒースは魔導砲の前で一人で頑張っているだろう。いつそこへ不意打ちがあるかも分からない。それに対応するためにも、リュートがそ
ばにいれば心強いことだろう。
「はい!」
リュートも力強く頷き、す
ぐにヒースがいる場所へと走っていく。
「姉ちゃんはどうする気
だ?」
ここに一人残ったマリーア
にダインが尋ねると、マリーアは勝気な笑みを浮かべた。
「私はこれでも格闘家。中距
離戦もいけます」
マリーアは<アニラス>の
方へ向き、精神を高めて具現化させた<気>を放った。それが<アニラス>
「へっ!凄いじゃねぇか!」
ダインもそれを見て、少し
興奮するようにマリーアに感心した。そしてマリーアに続き、自身も斧を持って<アニラス>へと向かっていく。
ヒースは魔導砲の前で精神
統一をしていた。しかし自分の名前が呼ばれ、それを邪魔されたようで苛立ちを含んでリュートを一瞥する。その視線に圧され、リュートは少しだけでしり込み
する。
「あ、悪い……邪魔した
か?」
「あぁ」
ヒースは正直に頷きながら
も、それでいてリュートが来てくれたことが少しだけ嬉しかった。対して邪魔と言われたリュートは見るからに気落ちしている。そんな姿にヒースは口元を笑わ
せていた。
「その……大丈夫か?」
これ以上ヒースの機嫌を損
ねないように、恐る恐るといった感じでリュートは尋ねる。ヒースは少しだけ焦りを見せた顔で答えた。
「思った以上に魔力を使う」
「それって……」
その言葉だけで、思うよう
に進んでないことがわかった。不安げになるリュートだったが、安心させるようにヒースは返す。
「大丈夫だ。もう少しかかる
が絶対にいける」
「ヒース……無理だけはする
なよ」
「あぁ」
ここでも自分が何も出来な
いことが悔しかった。自分に魔力が少しでもあるのなら、ヒースの負担を減らすことも出来ただろう。けれどリュートはここでヒースを見守るしかなかった。
「……」
ヒースは再び精神を高めだ
す。すでにこの時点でリュートのことは意識からなくなっていた。魔力を魔導砲に注ぐために集中しているのだ。けれどリュートには大丈夫と言ったが、ヒース
の魔力だけでこれを動かすのは少し厳しいものがある。決してヒースの魔力が小さいわけではない。ただ魔導砲を動かすために必要とする魔力が大きすぎるのだ。
「頑張れよ、ヒース……」
その言葉すらヒースには聞
こえてないが、リュートはヒースを最後まで見守ろうとする。
しかし突然海から奇声と共に
飛沫が上がった。
「キシャァァァ!」
それと同時に二人の前に半
漁人の姿をした魔獣が現れる。
「<バール>!?」
<バール>とはもともとは海に生息する魚
であったが、陸に上がるために無理矢理進化した魔獣だ。次々とその<バール>は船の中へと上がってくる。明らかにヒースと魔導砲を狙っていると分かった。
「そうはさせるか!」
リュートはヒースを庇うよ
うに立ち、剣を抜いて<バール>と対峙する。同時に<バール>は立ち塞がるリュートに向かって攻撃してきた。個々の強さはそれほどでもない<バール>で
あったが、その数を見るとリュート一人でヒースを守りながら戦うのは大変だ。けれどリュートはそこから一歩も退こうとせず、<バール>に向けて剣を振り
払った。
「……くッ」
リュートが戦っている中、
その後方で気配を感じながらも、なかなか魔導砲を起動できないことにヒースは焦りが募る。
(俺がやらなければ……!)
いっそう精神を集中させ、
魔力を魔導砲へと込める。すでにあるだけの魔力を込めたにも関わらず、さらに限界まで魔力を使おうとしていた。下手をすれば命の危険にも関わるほどのこと
だ。それでもヒースはそれを止めようとはしない。
轟音と共に、船がまた激し
く揺れた。だんだんと弱ってくる<アニラス>であったが、それと比例するように体当たりする頻度が短くなってくる。このままでは時間がなかった。
「おい!魔導砲はまだ
か!?」
なかなか発動しないことに
焦れたのか、船がやばいと悟ったのか、ダインが様子を見るように大声を上げる。
(あと少し……あと少しなん
だ……!)
もう一押しで起動させるこ
とが出来る。それを感じていたヒースはもっと魔力を込めようとするが、もはや注ぎ込んだ魔力は少しも残っていなかった。後一歩というところで止まってし
まったことに、ヒースは激しく苛立つ。何とかしなければならない想いがヒースの心の中を駆け巡った。
マールへ行って力を借り、帝
国を倒す。その目的のために<アニラス>を倒してここを抜けなければならないのだ。ヒース自身そこまで帝国を倒すことに強い願いはないのだけれど、今の
ヒースにとって自分の願いなど関係なく、ただ自分を動かすのはリュートという存在なのだ。
自分を初めて変えてくれた
自分の生きる道に希望を与え
てくれた
その大切な存在のために
その想いが溢れるほどに高
まった時、ヒースの懐から淡い光が輝いた。
(何だ……?)
だんだんと強く光りだす
ヒースの懐。何が起こったのかわけも分からずに、ヒースは懐からそれを出した。
「これは……!?」
それは両親の形見でもあ
る、あの小さなトパーズの欠片だった。そこまで綺麗でもなかったその宝石が、今では強く光り輝き、見惚れるほどに美しくなっている。少しの恐れを含みなが
ら、ヒースは急に輝きだした宝石を凝視した。するとヒースの頭の中にどこからともなく声が聞こえてくる。
――力が、欲しいか?
直接響くその声は、精霊の
声と同じような響きであったが、それが精霊の声でないことだけはすぐに分かった。
――力が、欲しいか?
またしても同じ言葉が響
く。ヒースはその言葉に肯定も否定も出来ず、ただ凝視するだけだ。それに焦れたように、謎の声は別の言葉を発する。
――望むなら、お前に力を
貸そう
「力……?」
そこで初めてヒースは謎の
声に答えた。謎の声もヒースの問いかけに頷きを見せる。
――欲すなら望め。強く、
強く、力を望め
「望め……?お前はいったい
誰なんだ!?」
謎の声に向かって叫ぶヒー
スであったが、それっきり頭の中に声が響くことはなかった。そしてそれと同時に、手に持つその宝石の輝きがだんだんと消えてくる。やがては先ほどの美しい
光も完全になくなった。謎の声とこの宝石に関係があることは明らかで、だからこそヒースは激しく動揺する。けれど今はそれを抑え込み、不確かな声に従い力
を強く望んだ。
(力を……俺に力をく
れ……!!)
すると今度は一瞬だけ宝石
が強く輝いた。一瞬なだけにヒースですらそれに気づかずに終わったが、けれど輝きを見せると同時に、ヒースの目の前にある魔導砲が稼動する音があたりに響
く。
「動いた……!」
考えたいことはいっぱい
あったが、すぐにヒースは自分が今すべきことをやる。合図を出して船員たちを下がらせ、照準を<アニラス>へと向けた。そしてそのままありったけの魔力を
込めて、魔導砲を放つ。激しい音と共に、放たれた力は真っ直ぐに<アニラス>へと命中した。
周囲の海域一帯を眩しい閃
光が覆い、そこにいる誰もが眼を開けずにさえいた。魔導砲を直撃した<アニラス>はその大きな体に大きな穴が開き、やがて海の中へ崩れるように落ちてい
く。
「ハッ……ハハッ!あのガ
キ、本当にやっちまいやがった!」
それを間近で見たダイン
は、半ば信じられなかっただけに驚いた口調で興奮していた。その言葉に呼応するようにフィレーネ号の船員たちは揃って歓喜の声を上げていく。
「凄い……凄いぞ、ヒー
ス!!」
リュートもまた嬉しそうに
振り返ってヒースを見た。けれど振り向いた時には、ヒースは前のめりに倒れる寸前だった。
「ヒース!?」
慌ててリュートは駆け寄
り、ヒースを腕の中へと収める。魔力を全て使い果たしたヒースは、その反動が押し寄せてリュートの腕の中で気絶したのだ。リュートはそれが分かると、すぐ
に船室へヒースを運ぼうとする。
そのリュートの腕の中で気を
失っているヒースは、そこで夢を見たような気がした。
――近い……時は近い……
――もっと想いを強くし
ろ……さすれば、お前を認めよう……