Mystisea

~想いの果てに~



七章 歩みだす世界


04 失われるもの







 小さな小船が、ノルンを迂 回して西の海岸に辿り着いた。そこから降りるのはマントで軽く身を隠した一人の女性と二人の少年。そして小船の中で彼らを見送る一人の大男。
「……気をつけて行けよ」
「はい。ダインさんのおかげ で、ここまで来れました。ありがとうございます」
 <アニラス>を倒した後、 二日と経たずにフィレーネ号はノルンへ辿り着いた。けれど未だに反逆者であるマリーアたちをそこで降ろすのは気が引けたため、わざわざ小船を使ってノルン を迂回してやってきたのだ。ダインに見送られながらも、リュートたち三人はようやく再びマールの地へと戻ったのだった。
「礼なんていらねぇよ。俺た ちはアンタらを応援してんだ。期待してるぜ!」
「……はい」
 帝国に逆らうというのにそ れを応援してくれる人がいるというだけで、マリーアは気持ちが少しだけ晴れる。
「しばらくはノルンへ滞在す るつもりだ。その間に話をつけて、ここに戻ってきな。帰りもフィレーネ号で送ってやる」
「ホントですか!?絶対です よ!」
 再びフィレーネ号に乗れる という嬉しさにリュートが興奮気味に約束する。ダインもそれに豪快に笑って頷いた。
「おうよ!」
 二人はそのまま握手を交わ し、子供のようにキラキラと輝いた顔になった。そんな光景をマリーアは微笑ましく見つめる。
 けれど一時の時間が惜しい彼 らは、ヒースの促しによって足を進めることにした。最後にもう一度ダインはマリーアたちを見送ることにする。その視線を受けて、マリーアはようやくこれま で口に出せなかったことを紡ごうとした。
「ダインさん……」
「何も言わなくていい」
 けれどマリーアの言わんと する言葉が分かっているとでもいうように、ダインはマリーアの言葉を制する。マリーアは複雑な顔になりながらも、ダインを見返した。
「何があったか聞く気もない し、知ろうとも思わん。ただ言えるのは……あいつは不死身の男だ」
「ですが……!」
「いるんだよ。本当に強運に 恵まれた奴ってのがな。あいつはまさしくそれだ。今頃どっかで寝てたりでもしてるさ。……だから姉ちゃんがそんなに気に病むな。あいつもそれを望んじゃい ないはずだ」
 ダインの言葉がマリーアの 胸に沁みる。口に出すことはなかったが、彼のことだってずっと後悔にも似た想いをしていたのだ。ダインにそう言われてはマリーアも何も言えず、ただそれに 頷くだけだった。
「……分かりました」
「あぁ、それでいいさ」
「……はい。それでは……」
 マリーアはそれだけを残 し、ダインに背を向けて歩き出した。リュートとヒースも最後に一礼し、マリーアの後についていく。
「死ぬなよ……」
 そんな三人の後姿を見えな くなるまでダインは最後まで見送っていた。





 
 魔導国家マールにある唯一 の城、マール城。聖都セインツに雄大に聳えるその城の中では、慌しい動きがあった。
「ジル様はどこだ!?」
 城の中で働く文官や魔導師 団の者たちが、一人の人物を探すために城内を走る。しかし一向にその人物を探し当てることが出来なかった。
「も、申し訳ありません!ど こにもお姿が……」
 誰も座らない空いた玉座が ある魔導の間にて、魔導師団副長のラージュが上官である魔導師団長のミラ=ホーニダスに頭を下げていた。その報告を聞いたミラは眉間に皴を寄せて、必死に 怒りを抑え込む。
「またあの方は……!」
 いったいどこに齢百を超え た導王ジルにそんな元気があるというのだろうか。放浪の癖があるジルに、毎度のこと疑問に思うミラであったがそれも考えるだけ無駄なことである。仕方なく ミラは正面を振り向いて、帝国騎士の鎧を纏う者たちに謝罪の言葉を述べた。
「申し訳ありません。せっか くマール城までお越しになったというのに、聞いての通りジル様が不在でして……」
 それを聞いた帝国騎士は怒 りを露にする。
「不在だと!?我々が今日こ こに来ることは前もって言っていたはずだ!それをマールは不在で通すと言うのか!これは立派な帝国に対する反逆罪だぞ!!」
 理不尽な言葉を述べるのは カールストン=レンデレークという男。帝国と皇帝に絶大な忠誠を誓うアルベルトが率いる帝国第一騎士団の副団長だ。その思想はアルベルトに似るように、帝 国を第一に考える男だった。
「本当に申し訳ありません。 恐らくジル様も直に帰ってくるでしょう。本日はこの城で一夜を明けてください」
「馬鹿にするな!なぜ我々が 待たなくてはならない!所詮は百歳を超えた老婆か!どこぞで倒れてるんじゃないのか!?」
 誠実に謝罪するミラに対 し、更に怒りを上げるカールストン。しかし主君を侮辱した言葉には、ラージュが反論しようとした。
「貴様!!」
「止めろ!」
 しかしそれをすぐにミラが 制する。その制止にラージュは不満気な顔をするが、相手を再認識するとすぐに引き下がった。
「このことは陛下に報告させ てもらう。導王ジルが帰ってきたら伝えておけ。言い訳があるならアルスタール城へ来いとな」
 相手を見下すようにそれだ けを言い残し、カールストンは引き連れてきた配下の者を連れて魔導の間を去っていく。完全に彼らが立ち去った後では、ミラとラージュが怒りを燃やしてい た。
「くそっ!何だあの男 は……!」
「全くだ。たかが視察に来る くらいで、あんな偉そうにされたらたまらん……」
「厄介な存在ですね。帝国と いうものは……」
「そうだな……。だがな、 ラージュ。その帝国こそが、この世界で一番強い存在なんだ。あんなとこに逆らってでもみろ。一瞬で捻りつぶされる」
「それくらい分かってます。 しかし人によってあぁも違うのですね」
 一度神の子でもあるシュー イと会ったからこそ、その態度をカールストンと比べると違いすぎるにも程があった。
「そういうものだろう。しか しそれにしても……いったいジル様はどこへ行ったのだ!?」
 結局ミラが向けた一番の怒 りは、どこにいるとも分からない主君へだった。






 ダインと別れたリュートた ち三人は導王ジルに会うため、聖都セインツを目指して北上していた。
 聖都セインツは、魔導国家 マールの北に位置している。現在リュートたちが歩いているのは南西にある街道だ。そこから北上しリッシュ草原を抜けて聖都セインツまで歩こうとしていた。 ここで頼れるものは何もない。すでにセインツまで行くだけの食料などもフィレーネ号で補給してあり、ただ真っ直ぐにそこを目指すだけだった。
「導王ジルか……百歳を超え てるってホントなんですか?」
 数々の功績と噂がある導王 ジル。その中でも一番注目すべきは、百歳を超えてまだまだ現役な所。ムークによれば八十年前のノーザンクロス王国との戦いでも活躍したらしい。リュートに とって百歳を超えた現役の王様など想像できず、マリーアにどういう人なのか聞いてみた。
「それは本当よ。私も実際 会ったことはないはずだけど……」
「はず?」
「ちょっと気になることも あってね」
 どこか言葉を濁すマリーア だったが、リュートもそこで追求することはなかった。
「やっぱマールの王様ってこ とはさ、魔力も高いんですか?」
「それはそうよ」
「どうする、ヒース?お前よ り魔力が高かったからさ」
 少しからかうように聞く リュートであったが、常に自信に満ち溢れるようなヒースからは予想外な言葉を聞こえた。
「俺より高いに決まっている だろう」
「え……そうなのか!?」
 ただ冗談で言ったために、 そう返されたリュートの方が驚いていた。
「さぁな。会ったことないか ら分かるわけないだろ。ただ魔導国家の王だっていうんなら、俺より全然高くても不思議じゃない」
「そんなもんなのか……?」
 魔力のないリュートにとっ て、そこら辺は全然理解できないことだ。けれどそのリュートから見てもヒースの魔力が高いことだけは分かっている。そんなヒースより魔力が高いとなると、 その導王ジルという存在が気になった。
「あぁ。ただ……」
「……?どうしたんだ、ヒー ス」
 何か言いかけ、不安げに自 分の手を見つめだすヒース。そんなヒースをリュートは更に不安げに見つめた。そんな時、マリーアの声が二人に向かって響く。
「魔獣の気配よ。気をつけ て!」
 その声に辺りを見回す リュートとヒース。すると三人を囲むように<ベルド>が数体現れる。
「<ベルド>か……これなら 楽勝ですね」
 これまで何度も強い魔獣に 出会ってきたため、すでに<ベルド>ではリュートにとって物足りない相手ともなっていた。すぐに剣を取り、囲む<ベルド>の一方に向かって走り出す。
「油断はしないで、リュー ト!」
 そんなリュートを見て、マ リーアは不安になってくる。確かに楽に勝てる相手であるけれど、そう考えるようになったリュートが変わったなと思えた。
「ヒース、大丈夫?」
「……あぁ」
 今にも自分たちに飛び掛り そうな<ベルド>を見て、マリーアもまた走り出して拳を叩き込む。リュートも剣を振り、次々と<ベルド>を倒していた。そんな二人を見ながら、ヒースも目 の前で自分に向かって走る<ベルド>に魔術を放とうとする。
「炎よ!」
 両手を前に突き出し、そこ から炎が<ベルド>に向かっていく、はずだった。
「……!?」
 しかしヒースの手から炎が 放たれることはなかった。そのまま<ベルド>が走りを止めずヒースの上に飛び掛る。ヒースはそれを受けて後ろに倒れながら、すぐにナイフを取り出し<ベル ド>へと当てた。
「ヒース!!」
 慌ててリュートがヒースに 駆け寄ってくるが、ヒースはどこか放心したように自分の手を見つめている。
「ヒース……?」
 何が起きたのか分からない リュートはヒースへと呼びかけるが、ヒースはそれに反応しない。
「どうしたの!?」
 残りの<ベルド>を全て片 付けたマリーアも二人のもとに駆け寄り、何かの異変に察知していた。ヒースは二人の呼びかけに応えないで、立ち上がってもう一度空に向かって魔術を放とう とする。
「炎よ!」
 しかし先ほどと同じように 何も起きることはなかった。そこで初めてリュートとマリーアは何が起こったのか理解する。
「お前、魔法が……」
「そんな……!」
 呆然とするリュートとマ リーア。しかしヒースは何度も詠唱して魔術を放とうとする。
「炎よ!炎よ!炎 よ……!……くそっ!!」
 しかし何度も現れることな い炎。ヒース自身、先ほどから感じていた魔力の喪失感。それが本当のことになり、いきなりのことで何が何だかも分からなかった。そんな三人のもとに、いつ からいたのか新たな闖入者が現れる。
「魔力が失われているわ」
 突然した声に、振り向く三 人。しかしそこにいた姿にそれぞれが同じように驚いていた。
「貴女は……!」

 そこにい たのは、前に一度マールへ来た時に小屋に現れた謎の少女だった。