Mystisea

〜想いの果てに〜



七章 歩みだす世界


05 魔道士の意味






 
 可愛らしい笑顔を持つ謎の 少女。突然現れたそんな彼女に驚きを隠せないリュートたち。
「君は……!」
「久しぶりね」
 悠長に挨拶を交わす少女で あったが、リュートたちはそれに何も返せない。しかしそれに気にした風もなく、少女はヒースの顔を覗き込んだ。
「あれだけあった魔力が、今 はその欠片も残っていないなんて……」
 観察するように見回し、少 女も信じられないといった顔をする。あまりいいともいえない視線を受けたヒースは、困惑気味に少女を警戒した。
「あんた……何でここにい る……?」
「私?私は……ノルンへ行く 途中だったの。そしたら魔獣と戦っている貴方たちに出会ってちょっと好奇心で見学してたのよ」
「君みたいな女の子が一人 で!?」
 その言葉にリュートが驚 き、反応を示す。
「そうよ。これでも魔法は多 少扱えるの。魔獣の一体や二体くらいなら平気よ」
 そう言われてしまえば納得 するしかなかった。どこか不自然な部分もあるが、その言葉が正論であることに変わりはない。リュートも深く考えず、何かを追求することはしな かった。しかし今まで黙っていたマリーアだけが、変わらず疑いの視線を向ける。
「貴女は……」
 何かを言いかけようとする マリーアだったが、それ以上の言葉を紡ぐことは止めた。しかしその視線を受ける少女は、ただマリーアに向かって微笑むだけだった。
「ねぇ、君!さっき言ってた 魔力が失われてるってどういう意味なんだ!?」
 少女の言葉を信じきった リュートは、今度は先ほどの言葉が気になった。魔力や魔法に詳しくないリュートにはその言葉ですら意味が掴めていない。
「そのままの意味よ。信じ難 いことだけど、彼の魔力は完全に失っている……。何か魔力を吸い取られるようなことでもあったとしか思えないわ……」
「吸い取られる……?」
 それに反応を示したのは ヒース自身だった。<アニラス>と戦った時のことを思い出す。謎の声に従い、確かにヒースは力を強く望んだ。その時ヒースは絶大な力を感じていたのだ。も しヒースの魔力に何かが起こったのだとしたら、その時以外考えられない。ヒースの心にまさかという想いが巡った。それを見透かしたように少女も何かを察す る。
「その様子だと心当たりはあ りそうね……。けれどやっぱり信じられないわ……」
 少女は先ほどから同じよう なことを呟いている。リュートは魔力を失うことがどれほどの意味を持つか分からず、ただ純粋にその疑問を口にした。
「そんなにおかしいことなの か?」
「おかしいも何も今まで聞い たこともないわ」
「そ、そんなに……?」
「通常、魔力や魔法の才能は 生まれた時にある程度決まっているの。例えば親が優秀な魔道士なら、その子供も優秀な魔道士になる可能性は高いわ。もちろん例外も少なからずあるけれど」
 少女は何も知らないリュー トに説明するように話していく。勉強することが嫌いなリュートであったが、これを機会に熱心に少女の話に耳を傾ける。
「それじゃ魔道士になれる 人ってのは決まってるのか?」
「だいたいはね。魔道士にな るには少なからず魔力が必要なの。親が魔道士だとあらかじめ高い魔力を持って生まれやすいということよ。けれどそっからは本人の努力次第。初めは魔力が全 然ない人でも、訓練したりすれば立派な魔道士にだってなれるわ」
「それって俺も頑張れば魔法 を使えるようになれるってことか!?」
 ヒースに出会ってから少し だけ魔法に興味が出てきたリュートは、淡い期待を持って少女に尋ねる。しかしその答えは簡単にリュートの期待を打ち砕く。
「不可能ではないわ。けれど 貴方みたいに魔力が全然ない人が普通に魔法を扱うためには、それ相応の努力が必要よ。貴方の場合……何十年とかかるんじゃないかしら」
「そ、そっか……」
「こればっかりは向き不向き としかいいようがないわね。もっと簡単に言えば生まれた時に持った素質よ。魔力を高く持って生まれてきても、素質がなければなかなか魔法を扱えない。けれ どその逆なら、将来有望な魔道士にもなれるということ」
 少女の説明はリュートに とって分かりやすく、今までにないくらい熱心に聞いている。しかし今言った少女の説明が全て学校の授業でやったことだと知ったらリュートはどんな反応をするだろうか。隣で見ていたマリーアは呆れて何も言うことが出来なかった。
「それじゃヒースはいった い……?」
「魔力も無限じゃないわ。魔 法を連発すれば誰だって魔力が切れて魔法が使えなくなるのも当然よ。けれど身体を休めれば自然と魔力は回復していくもの。なのに……彼の場合は違う。魔力 が切れたんじゃない。完全に失っているのよ」
「それってつまり……」
「そうね。分かりやすくいう なら貴方のように魔力が全然ないってこと。そうなれば当然魔法も使えることが出来ないし、いくら休んだとしても魔力が戻ってくることはない。本来魔力が あったはずなのに、それがなくなるなんて本当にどうかしてるわ……。彼の場合元の魔力が高いだけに尚更ね。やっぱりその心当たりが原因なのかしら……?」
 少女は考え込むようにヒー スに尋ねた。しかしヒース自身心当たりはあっても、その原因が何なのか分からない。その問いに答えることはできなかった。
「それじゃいったいどうすれ ばいいんだ!?ヒースはこのまま魔法が使えないのか!?」
「……少なくとも魔力がなけ れば魔法を使うことは出来ないわ」
 少女は残酷な言葉をリュー トたちに突きつけた。ヒースが魔法を使えなくなることは、この先のリュートたちの旅にとっても苦しいものがある。
「……魔力を取り戻すにはど うしたらいい?」
 ヒースは真剣な表情で少女に 聞いた。よくよく考えれば小さな少女に尋ねるにはおかしい質問だ。けれどヒースは直感的にこの少女が普通の少女でないことに勘付いていた。少女は少しだけ 微笑み、ヒースの質問に答える。
「残念だけれど、私は貴方の 失った魔力を取り戻す方法は知らないわ。原因も分からないし」
「そんな!?」
 リュートが言葉を挟むが、 少女はそれを無視してヒースと真っ向に視線を交わす。
「けれど……新たに魔力を得 る方法なら一つだけ知っている」
「……それは?」
「危険よ。あまりお勧めは出 来ない」
「ミストの森に行かせたくせ に、今さらな言葉だな」
「私が行かせたわけじゃない でしょう?」
「どうだかな」
 互いに探るように喋る二 人。
「……まぁいいわ。けれど、 そのミストの森よりも危険な場所なのよ」
「構わない。教えてくれ」
「……」
 ヒースの熱心な視線を少女 は見返した。本当に危険な場所なのだ。教えるには少しだけ躊躇われる。けれど少女が持つ少しの好奇心が、彼らへの心配に勝った。
「……聖石」
「聖石?」
「そう、聖石。どんなに魔力 がない者でも、それを手にすればたちまち大きな魔力を得ることが出来る。……マールに古くから伝わる言い伝えよ」
「言い伝え……?それじゃ不 確かだ」
「いいえ。けれど、実際にそ れは存在する」
「どこにだ」
「……月影の神殿」
 その言葉を聞いたヒースた ちは誰もが聞いた覚えのない名だった。大陸に詳しいマリーアですらその名を聞いたこともない。
「聞いたこともない」
「蜃気楼の塔、と言えば分か るかしら?」
 それはマールに伝わるおと ぎ話の一つだった。あるはずないのに、時たまマールのどこかに現れる不思議な塔。もちろんそれはおとぎ話であり、誰一人見たこともないとされていた。
「……」
「そのおとぎ話に出てくる蜃 気楼の塔こそが、月影の神殿。この名前と存在はマールでも極僅かの人間しか知らないわ」
「そこにその聖石とやらはあ るのか?」
「ある、と伝えられている わ」
「曖昧だな。それにその聖石 とやらも信じられない」
「そうね。信じられないなら 無理して行かなくてもいいわ。過去、多くの者たちが聖石を得ようと月影の神殿を目指したけれど、そこから無事に帰って生きている者は一人もいないもの」
 怯えさせるように話す少女 であったが、それは本当のことであった。危険な場所、というよりは未知なる場所であるのだ。
「……」
「どうする?決めるのは貴方 よ」
「……行こう」
 ヒースは聖石という存在を 信じたわけではなかったが、何もしないよりはマシだった。このまま魔力が失われたまま戦っていっては、足手まといになるのも分かりきっている。それだけは 何としても避けたいのだ。少女もその想いを察したように、それ以上は止めはしなかった。
「そう……」
「それで、その月影の神殿は どこにある?」
「どこ、と言われればマール のどこかとしかいいようがないわ」
「……?」
「月影の神殿は、満月の夜に マールのどこかにその入り口を現すの。その場所は毎回違う場所でもある」
 俄には信じられない話でも ある。しかしそれこそが蜃気楼の塔と呼ばれたおとぎ話の由来でもあった。
「それじゃ満月の夜にマール 中を探し回って入り口を探せと?」
「そうしてもいいけど?」
 軽やかに話す少女の口調に はどこも焦りは感じなかった。恐らく何かを知っているのだろう。
「ならどうやって探すんだ」
「……ある程度の規則性があ るのよ。過去の月影の神殿の出現場所を見る限り、恐らく次に現れるのはリッシュ草原。ちょうどいいことに満月の夜まで後二日ほどね。ここからリッシュ草原 まで二日もあれば辿り着けるわ」
 リッシュ草原といえば、 ヒースたちが目指していた場所でもある。少女の言う通り、歩いても二日でリッシュ草原に辿り着くだろう。
「……分かった。教えてくれ てありがとう」
「……無事に戻ってくること を祈っているわ」
 少女はそれだけを口にし て、後は黙ってヒースたちを見送ろうとした。
「行くのね?」
 二人の話が終わると、マ リーアは確認するようにヒースに尋ねた。
「すいません、急いでいるの に……」
「それはいいのよ、気にしな いで」
「それじゃ早くリッシュ草原 に行きましょう!」
 相変わらず元気にリュート はその場を盛り上げて、歩き出していく。けれど後ろを振り返って少女にお礼を言うことも忘れない。
「教えてくれてありがと!」
 少女はそれに笑って応える だけだった。それだけで満足して、リュートは前を向いて再び歩く。それにヒースも続くように歩いていった。マリーアも最後に歩き出し、少女を見つめて礼を 述べる。
「……ありがとうございま す」
 それだけを残しマリーアも 前を向いて歩き出した。残された少女はその言葉に、今度は苦笑していた。