Mystisea

〜想いの果てに〜



七章 歩みだす世界


06 月影の神殿








 見渡すほどに広がる、雄大 で綺麗な自然ある草原。しかし辺りは暗く、その綺麗な草原を遠くまで見ることは出来なかった。夜空には満月が一つ輝き、その淡い光がリッシュ草原を照ら す。 リュートたちは当てもなく、ただリッシュ草原を歩き回っていた。いくら少女がリッシュ草原に現れると言っていても、肝心の草原が広くては意味もない。ど こに扉が現れるのか、その扉はどれくらいの大きさなのか、全てが未知な情報なのだ。
「見当たりませんね……その 月影の神殿とかいう所の扉」
 ぼやくようにリュートが口 を開くと、マリーアもヒースもそれに頷くように歩みを止める。
「そうね……。けれどこうも 広いとすでにどっかに扉が出ているのかもしれないわ」
「そんなぁ!それじゃこの草 原をずっと探し回るんですか?魔獣だっているのに」
 リュートの言葉の通り、 リッシュ草原には魔獣が生息している。普段の数はそうでもないのだが、今は魔獣の活動時間ともいえる真夜中だ。その数は多く、ここまでにも何体もの魔獣を 倒してきている。
「とにかく夜が明けるまで に、その扉を見つけなければならないのよ」
 マリーアも少しだけ疲れを 見せながら、再び歩き出そうとする。その時刻はすでに日付を変わろうともしていた。
「……だけどこれ以上歩き回 らなくて大丈夫みたいだな」
「え……?」
 一歩歩いた瞬間でもあっ た。ヒースは満月から光が小さくリッシュ草原へと伸びていくのが見えた。その視線をリュートとマリーアも辿ると、その光が伸びた先には今までなかったはず の大きな建物が薄らと現れていたのだ。
「これが……月影の神 殿……?」
 まるで実物ではないよう に、それは透明のように透き通っていて、そしてこの草原から少しだけ宙に浮いているのだ。神秘的で、どこか神々しささえ思わせた。
「恐らく間違いないでしょう ね……」
 マリーアは見たこともない 未知なる建物を眼にし、僅かに身震いをする。それは誰もが同じことであったが、それを乗り越えてヒースが初めに前へ出た。するとそれに反応するように、そ の神殿の前に円形の魔方陣が現れる。初めて見るものなのに、三人はそれこそが月影の神殿への扉なのだと理解していた。
「……行こう」
 この中へ入って、無事に 帰って生きている人はいない。少女の言葉を思い出しながらも、三人はゆっくりとその魔方陣の上へと乗った。刹那、そこから大きな光が溢れ出す。それが消え ると、残ったリッシュ草原には、月影の神殿も、三人の姿も、まるで初めからなかったように消え去っていた。






「こ、ここは……?」
 リュートは周囲のいきなり の変化に戸惑いを隠せない。
「信じられないわ……」
 マリーアもまた同じように 呟いた。
「……」
 ヒースは観察するように辺 りを見回していく。そこは白を基調とした神殿の中であり、さっきまでは真っ暗な夜だったのに、今は明るい神殿の中に三人はいるのだ。窓などあるはずもな く、本当に今外が夜なのかどうかも疑わしくなる。
 恐る恐るといった感じで周 囲を見ながら三人は歩いていく。そこで初めてリュートがあることに気づく。
「入り口が……ない!?」
 その言葉を聞いて、マリー アとヒースも真っ先に後ろを振り返った。しかしそこにはここへ来る時に乗った魔方陣も何もなく、ただ行き止まりの白い壁があるだけだった。リュートは慌て てそこへ駆け寄り扉があるかを調べるが、いくら探そうとも出てくることはない。
「予想以上ね……」
 マリーアは危機感を募らせ ながら、この月影の神殿の危険さをやっとのこと理解した。リュートも帰れないという不安に駆られるが、ヒースだけは不敵に笑った。
「ヒース……?」
「……うろたえても仕方ない だろう。戻る道がないなら、後は先を進むだけだ」
 歳に似合わない度胸を持 ち、ヒースは先頭を切って歩き出す。残された二人は顔を見合わせて、ヒースの言葉に恥ずかしさを持って苦笑した。そしてそのままヒースの後を追い、一緒に 歩いていく。
 最初にいたのは小さな小部 屋のような場所だったが、そこを出ると後は細い通路がずっと続いていた。三人は警戒を強めながらも、その道を歩いていく。するとようやく奥に部屋の入り口 が見つかり、そこへと辿り着いた。しかしその部屋へ足を踏み入れると、その部屋の惨状に三人は驚愕を露にする。
「何だよ、これ……!?」
 そこは相変わらずの白い壁 の部屋であったが、その神秘的な部屋には似合わないように幾つもの白骨があったのだ。明らかにミスマッチのその多くの白骨は、リュートたちの気分を悪くさ せるには十分だった。ここにセリアとレイがいたなら、気を失ってもおかしくはなかっただろう。
「……リュート!気をつけ て!」
 突然マリーアが戦闘態勢に 入り、リュートに呼びかけた。リュートはいきなりのことで何が起こるのかも分からず、マリーアの視線を辿るように部屋の中央にある二つの石像に視線がいっ た。
「あれは……?」
 リュートが注意深くそれを 見ていると、その石像に急にヒビが入った。それを見たリュートも本能的に危険を察知し、剣を抜いて構えだす。するとその石像の石が急に消え去り、そこから 翼を持った魔獣が現れた。
「まさかとは思うけど…… <ガーゴイル>!!」
 それはおとぎ話や神話に出て くる、<ガーゴイル>という守護魔獣だった。<ガーゴイル>は普通の魔獣とは異なり、神殿や遺跡などを守護する、どちらかというと神々に従う魔獣だった。 その多くは守るべき場所の入り口などに石像として置かれていて、侵入者が現れるとその石像が動き出して排除するのだ。けれどそれはあくまで神話などでしか あるはずもなく、<ガーゴイル>がいる建物などセリアンス大陸にはあるはずなかった。
「<ガーゴイル>って…… え、そんな、本当にいたんですか!?」
 リュートもその存在を耳に したことがあったため、目の前に現れた魔獣が<ガーゴイル>であることに、信じられない思いとまさかという思いが訪れる。誰もがそんな思いを抱くが、けれ どその一方でこの神殿にならいてもおかしくないと考えているのも事実だった。
「……来るぞ!」
 ヒースの声がすると同時 に、二体の<ガーゴイル>が動き出す。それを確認すると、すぐにヒースは短剣を投げた。しかし<ガーゴイル>はそれこそ石で出来ているかのように、無情に もヒースの短剣を簡単に弾く。
「そんな!?」
 リュートも同じように剣で <ガーゴイル>を斬ろうとするが、その身体には傷一つ付くことがなかった。今度はマリーアが颯爽と<ガーゴイル>の前に躍り出て拳を振るう。しかしその感 触はやはり硬い石と同じであった。その痛さに僅かに顔を顰める。
「キシャァァァ!」
 半ば呆然とするリュートた ちであったが、<ガーゴイル>は気にせずに攻撃を仕掛けてくる。背中にある翼は悠々とリュートの頭上を飛び、そこから鋭い爪を切り裂くようにリュートに向 けた。
「くッ……!」
 剣でその爪を受け止める と、眼前に見えるそれは一撃で人の命を奪いそうなほどだった。
「リュート!!」
 ヒースが短剣を<ガーゴイ ル>に向かって投げるが、やはりそれは簡単に弾かれてしまうだけだった。その様を見て、魔術が使えないことが悔しく思う。恐らくは魔術ならば効くだろうと いう自信があるのだ。しかしそれを持たない今のヒースは、ただ無力でしかなかった。
 ヒースの攻撃に対し、もう 一体の<ガーゴイル>がヒースへと向かう。その素早さも人間を遥かに上回り、戦場として広いともいえないこの部屋では逃げ場もなかった。
「……ッぅ!?」
 鋭い爪を光らせながら猛ス ピードで飛んでくるその攻撃は、逃げる暇も与えずに獲物を襲う。ヒースもまた避けようとしたが、その前に<ガーゴイル>の爪を肩に受けた。
「ヒース!!」
 そのままヒースの心臓まで 抉り取ろうとするほどに<ガーゴイル>は攻撃を止めようとはしなかった。それを見たリュートとマリーアは同時にその名を叫び、自由であったマリーアがすぐ に向かって<ガーゴイル>を勢いよく蹴り飛ばす。それは傷を付けることは出来なくても、ヒースから離れさせるには十分だった。
「大丈夫!?」
「……平気だ」
 明らかに痛そうな顔をする ヒースだったが、気丈に胸を張ってそう答える。その言葉にマリーアは頷くしか出来ず、すぐに<気>を使って応急処置だけをした。
「無理するなよ、ヒース!」
 リュートも何とか<ガーゴ イル>を離し、二人の場所へとやってくる。
「……あぁ。だがそれよりも あいつらの方が問題だ」
 ヒースが二体の<ガーゴイ ル>に視線を向けると、それは部屋の隅で余裕の笑みを浮かべるかのように飛んでいた。
「そうね……。こっちの攻撃 が全然効いてないわ」
「いったいどうしたら……」
 リュートは神妙な顔になる が、マリーアが何かを狙うようにリュートに頼みを入れる。
「リュート、少しの間時間を 稼いで。効くかどうか分からないけど考えがあるわ」
「……先生?……分かりまし た」
 その考えが何なのか気に なったが、マリーアを信頼しているリュートはすぐにそれに頷いた。
「ならお前は左の方を頼む。 俺は右の方をやる」
「ヒース!その傷じゃ無理 だ!」
 ヒースも自ら囮を買って出 ると、リュートがそれを止めようとする。予想していた言葉であったが、それはヒースを苛立たせるには十分だった。
「平気だと言ってるだろ!」
「ヒース……」
 止めるのもヒースの身体を 心配するからこそだ。その心配がヒースにとっては嫌なのだが、助け舟を出すようにマリーアが口を開く。
「リュート、ヒースも同じ仲 間よ。貴方の気持ちも分かるけど、ここはヒースにも頼みましょう」
「先生……」
 リュートも本当は分かって いるのだが、どうしてもヒースには傷ついてほしくなかった。だからこそ素直に頷くことが出来ない。
「時間がない!……来る!」
 <ガーゴイル>は痺れを切 らしたように動き出した。それを一番に確認したヒースも、リュートを無視して右の<ガーゴイル>を止めるべく動く。一歩遅れるようにリュートも<ガーゴイ ル>を足止めするために動き出した。それを見ると、マリーアも部屋の隅で<気>を高めるように精神を集中させる。
 <ガーゴイル>の攻撃を リュートとヒースはそれぞれ剣と短剣でギリギリに受け止める。しかし二体のガーゴイルは素早く再度攻撃を繰り返してくる。その素早い攻撃に、二人ともいつ まで防げるかも分からない。
「くそっ!」
 リュートは剣で何度も弾く ように受け止める。しかし剣よりもリーチの短い短剣を扱うヒースはそうもいかなかった。
「……ッ!」
 防げない分の攻撃は何とか して避ける。その素早い動きのおかげで、<ガーゴイル>の攻撃を何度も喰らうことはなかった。
 一瞬でも気を抜けば、いつ その爪が心臓を引き裂くかも分からない。時をも忘れるほどに<ガーゴイル>と張り合うリュートとヒース。その戦いは気づかずに数分とまで続いていた。そし てその数分の時間は、マリーアの準備を終わらせるには十分な時間でもあった。
 マリーアは<気>を高め、 具現化したような高エネルギーを両手にそれぞれ溜め込んでいる。そして足止めをしていた二人に向かって叫ぶ。
「二人とも、どいて!」
 その言葉にリュートとヒー スは後ろを振り返りマリーアの手にあるものを確認すると、危険を察知するかのように左右へと飛んだ。それを確認すると同時に、マリーアは素早く手に持つそ の<気>を二体の<ガーゴイル>に向かってそれぞれ飛ばす。
 それは一瞬で<ガーゴイ ル>へと飛んでいき、その素早さをもってしても避けることさえ叶わなかった。気づいた時にはマリーアの攻撃が命中している。いくら攻撃しても傷一つ付かな かったその身体は、柔らかいもので出来ているかのように粉々に砕け散っていた。
「す、すげぇ……」
 その恐ろしさに思わずリュー トとヒースは呆然としていた。しかし当の本人は清々しい笑顔を見せて二人を見る。
「これで大丈夫ね。先を進み ましょう」
 <ガーゴイル>がここにい たということは、ここが入り口と言えるのだろう。来た通路とは逆に奥に一本の通路が先へと伸びていた。その先に何が待っているのか分からないが、マリーア は何か懐かしいものを感じるように先へと進む。それに続くように、マリーアの強さを再認識して二人も後を追った。