Mystisea
〜想いの果てに〜
七章 歩みだす世界
07 懐かしの幻
「おかしいわ……」
<ガーゴイル>を倒し、その先を進みだしてからかなりの時間が経った。しかし一向にどこかの部屋を見つけることはなく、ずっと細い通路を歩いている。そこで何かの違和感を感じ、マリーアが立ち止まり周囲を見渡した。
「どうかしたんですか?」
突然止まるマリーアを疑問に思うが、疲れていたリュートはこれを機に少し休むように腰を下ろす。
「リュートは何も感じてない?」
「何もって……何かあるんですか?」
「それは分からないけど……」
はっきりとしないマリーアの答えにリュートは更に分からなくなる。しかしそれはリュートだけのようで、ヒースも何かを感じマリーアの言葉に頷いていた。
「さっきからどれだけ歩いてると思ってるんだ」
「そうね。恐らくもう一時間近くは歩いているわ……」
「そんなに歩いてるんですか!?どうりで疲れるわけだぁ……」
時間の感覚がないリュートはその言葉の意味に気付きもしない。それを指摘するようにヒースが言葉を鋭くする。
「分からないのか?そんなに歩いて何もないんだぞ。いくらここが未知な場所といっても少しおかしいだろ」
「え……」
そこで初めてリュートはその異変に気づく。言われてみれば何かがおかしかった。そしてそれを裏付けるように、マリーアが三人にとって聞きたくもないことを口にする。
「それに……ここって最初に通ったとこと同じような気がしない?」
その言葉に、リュートとヒースは周囲を見回す。けれどいまいち同じなのかは分からない。それもここの通路が全て似ているからだ。それでもどことなくそう言われると信じてしまいそうな信憑性はあった。
「あんまり考えたいことでもないな……」
僅かにヒースも感じていたことだったが、それを口にされると考えたくもなくなってくる。
「それじゃ俺たちさっきから同じとこを歩いてるってことですか!?」
リュートの言葉にマリーアもヒースも頷くことができない。頷いてしまうとそれを認めることになるのだ。
「まだそうと決まったわけじゃないわ……」
「ならこうすればいいだろ」
ヒースは短剣を取り出し、近くの壁に傷をいれた。
「ヒース……?」
「なるほどね。これでまた歩けば、ここへ戻ってくるのかどうかも分かる……」
「そういうことだ」
随分と古典的なやり方ではあるが、これが有効なことであることは理解できる。三人は顔を見合わせ、この傷を見る時が来ないことを祈りながら再び歩き出した。
「お手上げね……」
何度も、何度も歩いた。けれど何度も、何度も同じとこに辿り着く。体力的な疲れ、精神的な疲れも溜まり、三人はその場に腰を下ろす。その視線は憎々しげにヒースが付けた傷ができた壁を睨むように見ていた。
「いったいどうすればいいんですか……」
リュートはどうしようもない現状にため息を零す。そもそもなぜ前に歩いているというのに、同じ場所へと辿り着くのだろう。全て真っ直ぐの一本道なのだ。
「これが月影の神殿ということね……」
未知なる場所。ここに入って出られないという意味が、三人には今初めて理解できた。所々にある白骨でさえ、昔の人々がここで無念にも死んでいった証なのだろう。
「だけど、絶対に何かあるはずだ……」
「ヒース……」
ここが行き止まりなわけがない。何かの力が作用して、恐らくは何度も同じ場所へと辿り着くのだろう。ヒースは諦めず、その先へと進む方法を模索しようとする。その想いに、マリーアとリュートも同じように頷いた。
「お前の言う通りだ。簡単に諦めちゃいけないよな」
「……私たちにはまだやらなきゃいけないことだってある」
三人は再び立ち上がり、前を見据えて挑むように見る。
諦めずに先を見出そうとする希望。その想いが、伝わったのだろうか。またしてもヒースの持つ石が一瞬だけ輝いたのだ。それに気づくと同時に、三人の耳に入る声。
――これじゃまるで迷路だな。何か魔法でもかかってんのか……?けどこんなもんで俺の行く先を阻もうとするなんて無理に決まってるだろ!
幻聴かと思った。けれどこの声にマリーアとリュートは確かに聞き覚えがあった。驚きと、懐かしさと、悲しさと、嬉しさ。
その後に響く大きな轟音。それを耳にした三人はすぐにその原因を見る。壁が壊れるほどの音だったが、見る限りどこの壁も壊れてはいない。けれどそれは確か
に壊れていた。何かがダブるように、壊れた壁と無傷の壁が重なり合う。そしてその前には、先ほどの幻聴の声の主が不敵に笑っていた。
「ライル!!」
思わずマリーアがその名を叫び、そして走った。手を伸ばし、そしてその愛しい人の姿に触れようとする。だが、それは無残にも空振りに終わった。
「……!?」
マリーアの手はライルの身体をすり抜けたのだ。実体のないライルはマリーアがそこにいることにも気づかず、壊れた壁のあとに出来た通路を進んでいく。慌ててマリーアもその後を追うが、しかしそこには無傷な壁があるだけだった。
「何で……どうなってるの!?」
わけも分からず、マリーアは混乱する。それはリュートもヒースも同じだった。
「今の……ライル先生……ですか?」
恐る恐る、リュートはマリーアに尋ねた。確かにさっき聞いた幻聴はライルの声だった。何度も聞いて今だってすぐに思い出せる。けれど先ほど見た姿は、リュートが知っているライルとは違っていた。
「あれはライルよ……。昔の……そう、ちょうど士官学校に入学した頃のライルだわ……。だけど何で……!」
幻だとでも言うのだろうか。しかしそれにしてはやけにリアルだったのだ。
ライルのことを知らないヒースはそんな二人を見守り、そしてトパーズの欠片を取り出した。先ほどこれが一瞬光ったのをヒースは見た。けれどそれも収まり、ますますこの欠片に疑問を抱く。その一方で、ヒースはこの欠片と今の出来事に関連があることを薄々感じていた。
「マリーアさん、そこの壁壊せるか?」
「え……?」
ヒースの言葉を聞いたマリーアは、目の前にあるライルが進んだ壁を見る。そしてそれを改めて見ると、先ほどのライルを思い出した。
「まさか……!」
マリーアもまたヒースと同じ考えに至った。半信半疑ではあったが、マリーアは一度<気>を高めてから強烈な一撃を壁に叩き込む。するとその壁は轟音と共に、ライルの時と同じように壊れていく。
「道が……」
それを見ていたリュートも呆然として呟く。何と壊れた壁の先に新たな通路が現れたのだ。そしてその先には、まるで待っていたかのようにライルがいた。
「ライル!」
またしてもマリーアはその姿を追うために走る。その後をすぐにリュートとヒースも追いかけた。三人が来るのを感じたかのように、ライルは先ほどと同じよう
に近くにある壁を壊して進んでいく。その姿をマリーアはもう捕まえようなどとは思わなかった。何度触れようとしても、絶対にその身体に触れることは出来な
いのだと分かっていたからだ。
「でも、何で先生の姿がここに……」
ライルが進む後を三人は信じて続いていた。けれどリュートにはライルの姿がここにあることがどうしても気になってしまう。しかもリュートの知っている姿ではなく昔の姿だという。
「分からない……。だけどあれがライルであることに間違いはないわ」
マリーアは思わず昔の頃を思い出しそうになるほどだった。
「俺たちを導いてくれてるのかもな……」
ヒースはどこか確信を持ってそれを口に出す。
「そうね……」
「ライル先生……」
二人は哀愁を漂わせるように、死んだはずのライルに想いを馳せた。ヒースの言葉の通り、確かにライルと三人が進む道は一度も同じ場所へと戻っていないのだ。まるで行く先が最初から分かっているかのように、迷うことなくライルは先を進み、時には壁を壊して出来た道を進む。
そうして辿り着くのはまたしても小さな小部屋だった。
「ここは……」
「先へ進めたんですか……?」
「どうやらそうみたいだな」
何もない小さな部屋。しかしその部屋から続く通路は今来た道だけで、先へ続く通路が一つも見当たらなかった。その小部屋を三人は注意深く見回すと、同じように先を行っていたライルも見回していた。そしてまたしてもライルの幻聴が三人の耳に届く。
――今度は行き止まりか。ホントにわけの分からない場所だな……。こんなとこに聖石があるのかも疑わしいぜ。ガセだったらあのババァ絶対許さねぇぞ
ライルは周囲を見渡す。すると部屋の中央に何か丸い窪みがあることに気づいた。
――これは……
何かに気づくと、ライルは部屋の中を歩き回り目的のものを探す。すると奥の壁にそれを発見し、すぐにそれを動かした。
――当たりだな
突然中央の丸い窪みが光輝き、そのすぐ後にはここへ来るのと同じ魔方陣が現れていた。その魔方陣にライルは乗ろうとするが、それを邪魔するかのように部屋の四隅から<ガーゴイル>が襲い掛かった。
――<ガーゴイル>!?何でそんなのがこんなとこに……!!
<ガーゴイル>の攻撃を受け止めながら毒づくライル。しかしそのすぐ後には剣を抜いて<ガーゴイル>を鋭く一閃して斬っていた。頑丈な身体を以ってして
も、ライルの攻撃には耐え切れず、真っ二つにその姿は割れる。四体の<ガーゴイル>は次々に命を失い、バラバラに砕け散っていた。
――ふぅ。聞いてたよりは大したことないな。さてと……行くか
一息つくライルは、再びその魔方陣に乗り込んでいく。それと同時にライルの姿は消え、魔方陣の光も失われていった。
「今のは……」
どこかにトリップしたように三人は呆然としていた。改めて部屋を見回すと、そこにはライルの姿はどこにも見当たらない。けれど同じように部屋の中央には丸い窪みがあった。それを見た三人は頷きあい、リュートが奥の壁にある何かに触れる。
「信じられないわ……」
すると思っていた通りに、その丸い窪みは光輝いて魔方陣が現れる。その魔方陣を睨むように凝視し、覚悟を決めて三人は一緒に乗り込んだ。
一瞬の暗転と共に視界に現れたのは、真白な大きな部屋だった。真白と言っても全てが白いわけではない。所々に彩ったものがあるが、それでもほとんどが真白だった。ずっと見ていると気を失いそうになる。
本当に部屋だけで、出口も先に続く通路も何もない。三人はゆっくり奥へと歩き出す。先へ進んだはずのライルの姿も見当たらない。あるのはその大きな部屋の
最奥に、何かが祭りたてられるように安置されていた。小さな形をした石のようなもので、透明色のクリスタルのように輝いている。
「あれが、聖石……?」
それに神秘的な何かを感じた三人は、急いでそこへ向かおうとする。すると突然三人に謎の声が届く。
「ここまで来るとは思わなかったわ……」
そして三人を阻むかのように、眼前に一人の美しい女性が現れた。