Mystisea
〜想いの果てに〜
七章 歩みだす世界
08 聖石と女神
深緑色の髪をした見るものを魅了するような美しい女性。しかしその背丈は女性にしては高く、リュートよりも頭一つ分くらい高かった。服や身に着けている物は見たこともないものだ。
「<ガーゴイル>に幻影の通路、どちらも抜けてくるなんて……人間にしてはなかなかね」
いきなり現れた謎の女性を前に三人が身動きを取れないでいると、彼女は優雅に佇みながらゆっくりと口を開いた。
「貴女は……いったい……」
三人は警戒を浮かべながら、女性と少しの距離を保つ。何もないはずなのに、いきなり人が現れたのだ。有り得ない出来事に、三人は困惑を隠せない。
「私の名など関係ないでしょう」
「何……?」
「なぜなら、貴方たちはここで死ぬのだから……」
何の戸惑いなく女性は宣言し、右手を三人に向けて突き出した。すると突然三人の身体に蔦のようなものが絡まりだす。
「ッ!?」
「何だよ、これ!?」
それは一瞬にしてそれぞれの身体へと這うように伸び、まるで樹々が成長していくかのような現象だった。三人の身体が身動き出来ないほどに絡まるにはあっという間だ。
「……くっ!」
そこから抜け出そうともがく三人であったが、もがけばもがくほど三人の身体をきつく縛っていく。
「無駄よ。そこから抜け出すことなんて出来ないわ」
「……貴女誰なの!?なんでいきなり……!!」
「……アクレイラを人間の手に渡すわけにはいかないの」
「アクレイラ……?」
謎の言葉を口にする女性。しかしその間も蔦は徐々に三人の身体をきつくしていく。もはや身体中が緑色の樹で覆われ、もとの服さえ見えないでいる。
「貴女たちの言葉では聖石と言うのかしら?」
「……!!あの石が……?」
「驚いたわ。ここにアクレイラがあったことも、人間がここへ到達したことも……」
その樹の先端がだんだんと首へも這っていく。抗う術を持たない三人に苦しみが訪れるのも時間の問題だった。
「くそっ……!!離れろ!!」
「……悪いわね。私も好きで人間を殺したいわけじゃないの。だけど貴女たちが悪いのよ。アクレイラさえ求めなければ、こんなことにもならなかったのに」
女性は妖艶な微笑を浮かべながら、突き出した右手を力を込めるように握り締める。すると三人を絡んでいた蔦は勢いよく首を締め、顔全体を覆うように伸びていった。
「……ぅッ!?」
声にもならない悲鳴を上げる三人。もはや苦しみに耐えかねるその時だった。突如三人を絡んでいた樹が初めからなかったように消え去った。
「何!?」
そのことに一番驚きを露にしたのはリュートたちよりも女性のほうである。死ぬほどの苦しみから解放された三人は、激しく息を咽ながら自分たちが自由になったことを頭の隅で理解する。それと同時にこの場にまたしても闖入者が現れた。
「そこまでにしな。アクレイラを人間に渡すくらい何てこともないだろう?」
「貴女は……なぜここに!?」
現れたのはまたしても美しい女性であり、その背丈は初めの女性よりも高かった。魅せるような鮮やかな金色の髪をして、けれどその長さは女性にしては珍しく短かい。どうやら二人は知り合いであるようで、リュートたちを無視して言葉を交わす。
「なぜ……?それはこっちのセリフさ。あんたこそなぜここにいる?人間を追いかけてこっちまで来たことは知っていたけどね」
「決まってるでしょ!ここに来てアクレイラを見つけたからよ!あれを人間に渡すわけにはいかないわ。邪魔をしないで!」
「人間に……ね。あれはもともと人間のために創られた物だと知らないわけじゃないだろう?それを人間に渡すななどと……それもあいつらの指示?」
「……貴女には関係ないでしょう」
「そうもいかないね。ここのアクレイラは私が最初に発見したんだ。そっちこそ邪魔しないで貰いたい」
アクレイラについて揉める二人の女性。その関係性も、その正体も、リュートたちにはさっぱり分からなかった。
「……どうあっても邪魔するのね」
「何でそこまで人間に渡そうとしない?それともあいつらはそこまで人間を恐れてるとでも?」
「……さぁね。貴女には分からないわ」
「そう。あんたも知らないわけね」
「……ッ!!」
「あんた、あいつらに良いように使われてるって自覚あんの?」
「うるさい!貴女に何が分かるの!?いいから邪魔をしないで!」
その言葉に怒りに身を染める女性は、最初のように手を突き出してどこからか蔦のようなものを発生させる。それは今度はリュートたちだけでなく、口論していた女性にも絡まりだした。けれどそれを見ていた相手の女性はただ冷笑を浮かべるだけだった。
「下らない。こんなもの私に効くわけがない」
その言葉を紡ぐと同時に、四人に絡まっていた蔦はまたしても一瞬にしてその姿を消す。
「くっ……!」
「さっさと帰りな。もともとこのために来たわけじゃないんだろ。早く帰らないと向こうもあんたがいなくて困ってるかもね」
「……このことは報告させてもらうわよ」
「好きにしな」
「……ちぃっ!」
一番初めに現れた女性は忌々しそうに舌打ちし、そのすぐ後には現れた時のように一瞬で消えた。その場所に静寂が漂い、リュートたちは呆然と残された女性を見る。女性もまた三人を次々に見回し、改めて口を開いた。
「遅れたがお前たちを歓迎しようじゃないか。ようこそ、この月影の神殿へ」
「貴女たちはいったい何なの……?」
その存在にどこか恐ろしさを感じる三人はやはり警戒を浮かべて女性と対峙する。
「さぁね。それこそお前たちが知る必要もないことさ。ただ言えることは、私はお前たちの敵ではない。少なくとも今はな」
「……」
「お前たち、アクレイラが欲しいんだろ?だったら取っていきな」
女性はリュートたちに道を譲るように横へ動いた。警戒しながらもその道を三人は進み、やがてアクレイラの前へと辿り着く。間近で見るそれは、思っていたよりも輝かしい光を放っていた。
「これが……アクレイラ……」
「やったじゃんか、ヒース!」
「……」
アクレイラを前にして、三人が思うことは様々だった。驚きと嬉しさと迷い。ヒースはそれを手にする前に、女性に向かって口を開く。
「この石が魔力を与えるというのは本当なのか?」
「……なぜ私に聞く?」
「あんたなら知ってるんだろ」
「……そうさ。その石、アクレイラは魔力を持たない人間のために創られた物だ。それを手にした人間は誰であろうと魔力を得る。それが例え一度魔力を失った者でもな」
「……!?」
その言葉がまるで自分に言われているかのようだった。全てを見透かすように女性はヒースを見つめ、そしてすぐに笑みを浮かべる。
「安心しな。それを創ったやつは本当に人間を愛してた。それを手にしたからといって副作用も何も起こらないさ」
ヒースは再びアクレイラを見つめ、それに手を伸ばすか戸惑った。
「ヒース……?」
その様子を心配そうにリュートは見つめる。
「……君が決めていいのよ」
「……分かってる」
アクレイラを前に迷うヒースの気持ちが、マリーアには何となく理解できた。その判断をヒースに委ね、女性を含めた三人が静かに次の行動を見守る。
(これを取れば魔力が取り戻せる……。だけど……)
迷うヒース。そんなヒースに道を示すかのように、トパーズの欠片が今日二度目の輝きを放った。
――これが噂の聖石か。本当にあったとはな……
聖石を目の前に一人呟くライル。そこにはライル以外誰もいなかった。
――これを手にすれば俺にも魔力が……
けれどなかなか聖石にライルは手を伸ばそうとしなかった。それに焦れるかのように、ライルの前に一人の女性が現れる。
――手にすればいいだろう。そのアクレイラは本物だ。魔力を持たないお前にも、多大な魔力を与えるだろう
――誰だ!?
――ラケシス
――ラケシス……?あんたの名前か?どこかで聞いたような……
その言葉に聞き覚えがあったライルはどこで聞いたのかを思い出そうと思考を巡らせる。しかしそれを邪魔するようにラケシスは口を開いた。
――手にしないのか?それを手にすればお前にも魔力が得られるのだぞ?
――俺は……
――アクレイラを求めてここに来たのだろう?
ライルにとってそれはまるで悪魔の囁きのようだった。確かにライルはここへ聖石を探しに来たのだ。そしてその聖石が目の前にある。ただそれを手にすればいいだけなのだ。ライルはゆっくりとその手を聖石へと伸ばしていく。
――これで俺にも魔力が……
――そうだ。魔力を得れば、お前を捨てた親も見返せるだろう
――……!?何でお前が!?
――優秀な魔道士の子でありながら、一切の魔力を持たなかった子供。それ故に、捨てられた小さな男児。どれほど辛かった?お前はどれほど捨てた親を恨んだ?だが、そのアクレイラを手にすればお前を捨てた親が望んだ以上の魔力を得られる
ライルは自分の過去をラケシスが知っていることに驚きを隠せない。その言葉に動揺し、ライルの手は徐々に震えを見せた。けれどライルはその手を勢いよく握り、その心に決意をする。
――俺の答えは……!!
――……!?
ライルは剣を手に取り、目の前にアクレイラに向かって叩きつけた。もちろんアクレイラは壊れることなく健在であるが、そんなことはライルにとってどうでもいいのだ。ただそれがライルの答えであるということ。
――俺はこんな石の力なんか借りない!
――拒むのか?アクレイラを手にすればお前が望んでいた魔力を得られるのだぞ
――……そうかもしれない。だけど俺は聖石の力を借りてまで魔力を得ようなんて思わないだけだ
――……
――
あんた、一つ勘違いしてるぜ。俺は別に捨てた親を恨んでなんていない。確かにもし俺に魔力があったなら、俺は捨てられなかっただろう。何で俺が魔力を持た
ないで生まれたのかも分からないし、それを恨んだことだってあった。けどな、別に俺はそれで不自由したことなんて何もない。捨てられても俺を拾ってくれた
人間がいる。そいつの下で暮らして、俺は幸せなんだ。そいつの子供に見合うだけの魔力があるのもいいかもしれないけど……そいつは言ってくれた。魔力がな
いことを恥じる必要はない、自分に出来るものを誇れと。だから俺は魔力なんていらない!俺は俺の……剣で世界一を目指してやる!!
ライルは自分に自信のある剣に誇りがあった。それをラケシスへと向け、決意を胸に秘める。
――それがお前の運命か……。その先に絶望があってもそれを進むのか?
――運命なんて言葉で片付けて欲しくないな。それに……俺は神にいいように使われるのはゴメンだ
――ふっ。面白い男だ……。ライル=レンスター、お前の名を覚えておこう
「今のは……」
「ライル……?」
またしてもライルの幻影を見た三人は困惑していた。けれどそれ以上に驚いたのは女性の方だ。
「なぜ、過去が映された……?まさか……!!」
女性はその時、初めてヒースが持つその存在に気づいたのだ。リュートたちも驚く女性に目を向ける。その存在が誰であるかはすでに分かってしまった。
「ラケシス……さん……?」
彼女は今の幻でライルが言葉を交わしていた女性と瓜二つだった。その姿は成長せずにそのままでいたが、二人が同一人物なのだとは三人も理解できた。
「なるほどな。お前たち、ライル=レンスターと知り合いなのか……」
「あんたこそ、いったい何を知ってるんだ!あの幻はいったい……」
「……あれはお前の持つ物が見せたものだ」
ラケシスはヒースに視線を移し、その存在に注意深く警戒する。ヒースはラケシスの言葉を理解し、守るようにそれを服の上から大切に握り締めた。
「しかしまだ継承はしていないのか……。気づかないのも無理はないか」
「何……?」
「お前たち、命拾いしたな。さっきの女がそれに気づいていたら絶対に殺されていたぞ」
「……お前、何を知っている?」
「さてね……。それがフルミネールの欠片、<果てに輝く希望>だということくらいか」
「……!?」
ヒースは驚愕に顔を歪ませ、すぐに短剣を手にしてラケシスと距離を取る。その行動を見たラケシスは苦笑し、安心させるように後ろへ下がった。
「言ったはずだ。今はお前たちの敵ではないと。それを奪うようなこともしないさ」
「何を知っている!?」
「……その名の通り、お前たちの希望の想いが反応して幻を見せたのだろう。お前たちが見た幻は全て過去にここで起きたことだ」
「それじゃぁライルは……!!」
「そう、ライル=レンスターという男はただ一人この頂上へ辿り着いた人間だ。それなのに聖石を手にせず帰った面白い男だ」
その言葉に愕然とするマリーア。そんなこと何も聞かされていなかったのだ。けれどライルの生きた過去を少し見れただけでもそれは嬉しいことだった。
「いったいこの石は何なんだ!?」
ヒースはこの石の手がかりを見つけ、執拗にラケシスに詰問する。しかしその質問だけははぐらかすようにラケシスは答えるだけだった。
「その石が何であるか、それを知る時がお前に来るのかどうか……」
「何……?」
「安心しろ。お前が本当にその石を手にしたいというなら、いずれ知る時が来る。いや……必ずその時が来るだろうな」
全てを見透かした言葉を仄めかすラケシス。しかしヒースはその言葉に満足はしなかった。
「俺が聞きたいのはそんなことじゃ……!」
「ただ言えることは、それを手にする限りお前の身は常に争いの中に置かれることだ。それがお前が望もうと望まないと関わらずにな」
「……お前もそれを言うのか……!」
ヒースは精霊の言葉を思い出した。精霊もまたラケシスの言葉と似たような意味の言葉を言っていた。この石の存在にさらに疑問を募らせる。
「さぁ、お前はどうする?ライル=レンスターのようにアクレイラの力を拒むか?それともその力を手にするか?」
「……」
「これだけは教えよう。お前の魔力はその<果てに輝く希望>が吸い取っている。いつになるかは分からないが、いずれその魔力はお前の下に戻るだろう」
「それは本当か……?」
「本当だ」
それは僅かに心の中で思っていたことだった。ならば確実に<アニラス>を倒すときに聞こえた声はこの石だということになる。
ヒースはアクレイラを前にし、自分の中ですでに出た答えを出そうとする。
「ヒース……」
「リュート……俺は、お前の力になりたいんだ……」
ヒースは一度リュートの目を見つめ、自分の想いを口にした。そして次にはまたアクレイラに視線を移し、その存在に手を伸ばす。
「だから俺は、今力が欲しい。俺はアクレイラを求める!」
ヒースの手がアクレイラに触れた途端、その場に大きな光が輝いた。部屋を覆うほどに光るその輝きは、ヒースの中に吸収されるように収まっていく。やがて光もなくなると、ヒースが手にしていたアクレイラも消えていた。
「消えた……」
「ヒース、大丈夫!?」
「……大丈夫だ」
ヒースは自分の中に魔力が戻ったことを実感していた。いや、戻ったのではない。新たな魔力を得たのだ。それは確かに大きなもので、前にあった魔力よりも大きいかもしれなかった。
「それがお前の答えか」
「……あぁ」
ラケシスは三人に視線を向け、それを返すように三人もラケシスに視線を向けた。
「お前たちが辿る道、それは激しく困難な道だ。時に絶望を見出すかもしれない。だが忘れるな。お前は希望の意志を持っているということを」
ラケシスがそこまで言葉を紡ぐと突然部屋の中に地響きが起こった。
「な、何だ!?」
「時間か……」
「いったい何が……?」
「この神殿はアクレイラの力で動いていたからな。それが消えた今、この神殿もやがて消えるだろう」
「何だって!?それじゃ俺たちは!!」
「安心しろ。そこの魔方陣へ乗れば外へと出られる」
ラケシスが見る方向を三人も見ると、そこにはいつの間にかに新たな魔方陣が現れていた。それと同時にだんだんと大きくなる地響き。リュートたちがいる部屋も壁が崩れ始めていた。
「急ごう!」
三人は魔方陣の前まで走ると、最後にラケシスを振り返る。
「貴女は……」
「私は別の道で行くさ」
「はい……。あの、ありがとうございました!」
突然リュートはラケシスに向かって頭を下げる。
「……なぜ頭を下げる?」
「なぜって……俺たちを助けてくれたでしょう」
「……行け」
ラケシスはそれに何も答えず、ただリュートたちを促した。それに従いまずはヒースが真っ先に魔方陣に乗る。それを見送るとリュートもそれに乗り込んだ。二人が消えた後、マリーアも乗ろうとするが、その前に一度ラケシスを振り向く。
「一度ライルに聞いたことがありました。ラケシスという名前。貴女の正体は……」
「……」
「運命の女神ラケシス、なのですね」
「……」
「……ライルはもう死にました。彼の決意の通り、世界一の剣の使い手になって……」
「……」
「……それでは失礼します」
マリーアは一方的にラケシスに話しかけ、すぐに魔方陣へと乗り込んだ。それ以上ラケシスが返答を返さないことを分かっていたからだ。
三人の姿が消えた後にラケシスは一人で自嘲気味に笑う。
「助けてもいないし、私は女神でもない……。リュート=セルティン……自分の運命を知ったらお前はそれに抗おうとするのか……?それとも受け入れるのか……?」