Mystisea

〜想いの果てに〜



七章 歩みだす世界


09 唐突の再会









 白い部屋から魔方陣に乗って抜け出た後、三人の視界に入ったものは太陽が照りつく朝のリッシュ草原だった。それだけだったら何と幸せなことだっただろうか。しかし三人にとって、それ以上に驚くものがすぐにその眼に入った。
「嘘、だろ……」

 リュートたちは呆然と目の前にいる集団から眼が離せなかった。しかしそれは相手も同様で、いきなり現れたリュートたちに驚きを露にしていた。

「帝国騎士団……!!」

 そこにいたのは数十人の帝国騎士団だった。その鎧の紋様から第一騎士団の者だと分かる。しかしその第一騎士団がなぜここにいるのか、リュートたちは考える余裕さえなかった。

「お、お前たちは……!!」

 騎士団の中で真っ先に言葉を発したのは先頭にいた一人の男だった。その男にマリーアは見覚えがあり、自然とその名を呟く。

「カールストン=レンデレーク……」

「リュート……?……リュートだろ!?それに先生も!」

 第一騎士団副団長、カールストンが反逆者を目の前にその名を叫ぼうとした時、それよりも先に彼らの奥から同じ顔をした二人の少年が前へと出てきた。その存在に思わず懐かしさを込み上げながらが、リュートも彼らの名を口にする。

「キット……!キッド……!」

 それは数ヶ月前の悪友であり、同じ学校で勉学を共にした仲間だった。しかしそれもまるで昔の出来事のように思え、彼らは同じ第一騎士団の証である鎧を着こなしている。

「反逆者マリーア……なぜここに!?」

 カールストンはやっと我に返ったように、マリーアの名を叫ぶ。それと同時に腰に下げた剣を抜き、マリーアと対峙する。

「貴方たちこそ、どうしてマールに……」

「我々のことはどうでもいい!お前たち、どこから現れた!?いきなり光と共に現れるなんて……」

 カールストンが驚くのも無理はなかった。月影の神殿で魔方陣に乗り、このリッシュ草原に一瞬で戻ってきたのだ。それは神殿でラケシスたちと出会ったように、一瞬でここへ現れたのだろう。

「いや……そんなことこそどうでもいい。ここで出会ったからにはアルスタール城まで連れて行く!帝国に仇名す反逆者をな!!」

 その言葉にカールストンの後ろに控えていた第一騎士団たちは揃って剣を抜き始めた。ただキットとキッドが動揺するように動けずにいる。

「ま、待ってください副団長!」

「何だお前たちは……?」

 剣を抜かない二人に対し、カールストンは厳しい眼を向ける。

「俺にはリュートたちが反逆者だなんて思えません!」

「キット……」

 今までずっと疑問に思っていた。信じていなかった。リュートやマリーアが反逆者だということを。それをこの場で主張するキットに、リュートは嬉しさを覚える。しかしカールストンは当然怒りの如くキットを睨んだ。

「何を言っている!陛下があいつらを反逆者だと言ったのだ!それを疑うなどと、それこそお前らも反逆者となるぞ!!」

「……ッ!?」

 理に適っているようで、無理矢理な言葉にキットたちは絶句する。反逆者という言葉の重みを、彼らは知っているのだ。そう言われてしまうとキットは何も返せず、ただ何かに縋るようにリュートを見る。リュートも同じようにキットを無言で見返した。

「……」

 彼らの様子を窺うカールストンはそれだけで愉快そうに笑い、そしてキットとキッドに残酷な命令を下す。

「そうだ、お前らだって反逆者になどなりたくないだろう。ならばお前ら自らの手で、そこにいる反逆者を殺せ!」

「なっ!?」

 その命令にはキットとキッド、そしてリュートたちも大きな反応を見せる。キットは眼に見えるほどに震えていた。キッドも強く反発し、カールストンに食って掛かる。

「……何言っているんですか!そんなこと出来るはず……」

「命令が聞けないとでも言うのか?」

「……ッ!?」

  キッドはカールストンの顔を見た瞬間に全てを悟る。カールストンは残酷で、それでいて愉快そうに笑っていた。それはキットとキッドが反逆者と知己であるこ とをすでに知っている証だ。そんなカールストンに二人は怒りと憤りでいっぱいになるが、そう簡単にそれに反逆することは出来ないでいた。

「……分…かり…ました……」

「キッド!?」

 分かったという顔ではなかったが、最初にそれに頷いたのは兄でもあるキッドだ。思わずその名を呼び、キットはキッドの顔を見る。

「……ここで逆らったら俺たちも殺される……」

「そんな……」

 二人は絶望に打ちひしがれながら、顔を見合わせる。そんな二人を一番痛ましそうに見ていたのはマリーアだった。

「キット……キッド……」

「先生……」

  二人にとってマリーアは大事な先生であり、一番に信頼していた人でもあった。そんな人を敵にすること、そして悪友でもあるリュートを敵にすること。それが どれほど苦しいことなのか、二人は身をもって知る。けれどどうすることも出来ず、二人は前に出て緩慢な動きで剣を抜いた。

「や、止めろ!キット!キッド!」

「リュート……」

 キットとキッドもどうしていいか分からない顔で剣を構える。けれどリュートは二人と戦いたくなんてなかった。戦う理由もなかった。

「キット、キッド、聞いてくれ!あの夜に起こった出来事……俺たちはライル先生を殺してなんていない!」

「……そんなこと俺たちだって分かってるさ!お前やマリーア先生がライル先生を殺せるはずないってことくらい!俺たちは別にお前が反逆者だなんて信じてなかった……」

「だったら剣を退いてくれ!俺はお前たちと戦いたくなんてない!」

「俺たちだって戦いたくなんてないさ!」

 三人は感情的に言葉をぶつけ合い、そこから動くことも出来なかった。けれどリュートは少し間を置いてから、慎重に話を切り出す。

「……俺たちは何も知らなかったんだ。アルスタール帝国で何が起こっていたのかを……」

「……?」

「知ってるか?俺たちの知らないとこで、いろんな町や村で大きな税を搾り取られているとこもあるんだ。そこに住む人々はまるで生気を失ったように絶望して、アルスタール帝国を激しく恨んでいた……」

 リュートはかつて見たカルク村の惨状を思い出し、その様子をキットとキッドに語る。すると二人も何か心当たりがあるのか、顔に陰りを落としながら俯いた。

「それは……」

「何か知ってるのか!?」

「……俺たちが帝国騎士団に入ってから初めての任務でそんな町に行ったことがある……。そこにいた人は確かにお前の言う通りの様子だった……」

「なら分かるだろ!?それも全て帝国がやったことなんだ!」

「けど……俺たちは知らなかったんだ!しょうがないじゃないか!」

「知らなかったらそれでいいのか!?俺は絶対に嫌だ!そんな町や村があったことも知らず、俺はずっと学校で騎士になるために頑張ってたなんて……」

 何も知らなかったリュートは、その時初めて自分がちっぽけな存在に思えたのだ。キットとキッドだって、何も思わなかったわけじゃない。けれどその状況に何か言おうものなら、それが反逆を意味することくらい分かっていたのだ。

「だっ たら……だったら俺たちはどうすれば良かったんだ!?俺たちにはお前みたいに反逆者の烙印を押されて帝国から逃げ切れるはず もない!逆らったら殺されるんだぞ!俺たちは……俺はまだ死にたくなんてない……」

 キットは堪えきれずに想いを爆発させるようにリュートに当たった。キッドも隣で黙っていたが、その辛そうな表情はキットと同じ気持ちを表している。

「キット……」

 その問いにリュートは答えが返せなかった。キットの気持ちが分からないわけじゃない。リュートだってマリーアがいなければ、すぐにでも殺されていただろう。死にたくなんてない。その気持ちは誰だって同じなのだ。

「なぁ、リュート。お前は何で逃げたんだ?」

 そこで黙っていたキッドがリュートに詰問するように聞いた。この二人は外見こそ瓜二つだが、実は性格は正反対のように違う。活発な弟のキットに対し、兄のキッドは冷静だ。そんなキッドが、リュートは時々何を考えているか分からなくなる時もあった。

「……俺たちはあの日真実を知ったんだ。あれ以上帝国にいることなんて出来なかった」

「真実……?」

「……二人はアイーダの正体を知っているのか?」

「アイーダ様の正体?何言ってるんだ、リュート……」

 リュートの言葉に、キットとキッドは困惑する。その反応が二人は何も知らないことを表し、それに対してリュートは少しだけ安心した。そして今まで隠していたその真実を、リュートは二人に向かってはっきりと口にする。

「アイーダの正体は……魔族だったんだ。皇帝もそれを知っていて傍にいさせている。あの日先生を殺したのもアイーダなんだ!」

「……ッ!?」

 あまりにも衝撃の事実に、一瞬二人は何も返せなかった。けれど次第にその言葉を頭で理解すると、確認するように呟く。

「魔族……だって……?」

「ライル先生だけじゃない。ギレイン様もアイーダが殺したんだ……」

「ふざけるな!デタラメを言うな、小僧!」

 それまで黙ってやり取りを見ていたカールストンが、耐え切れずにその会話に口を出した。

「デタラメなんかじゃないわ」

 マリーアも前に進み出て、リュートの言葉を肯定する。それはキットとキッドが信じるには十分なことだった。

「本当なのか……」

「だからお前は城から逃げたのか?」

「あぁ……」

 キットとキッドはそこでやっと真実を知る。
 リュートたちが反逆者なのではないという真実を。
 二人はそれ以上口を開くことが出来ず黙る。そしてリュートはそんな二人に優しく声を掛けた。

「俺はそんな帝国にいることなんて出来なかった。二人はどうなんだ?俺たちと一緒に――」

「止めてくれ!」

 リュートの言葉を遮るようにキットは声を上げる。複雑な想いが巡りながら、キットはリュートを見た。

「今になって……それを言うのか?」

「キット……?」

「お 前が反逆者になって俺たちがどれほど苦しんだと思ってるんだ!俺たち友達だよな……?なのに、何の相談も話もしないで行くな んて……!クルスとは一緒に行ったくせに、何で俺たちをあの時一緒に連れて行ってくれなかったんだよ!!今さらそんなこと言 わないでくれ!!」

 それは奥底にしまっていたキットの本音だった。リュートの言葉を今ではなく、あの日聞きたかったのだ。そうすればキットは迷うことなく頷いていただろう。例えその先に休む暇もない困難な日々が続いたとしてもだ。

  本当は分かっている。すぐに追われ、自分たちに会う余裕さえなかたっということ。たまたまクルスが現場にいたということ。ただ嫉妬しているのだ。自分たち ではなく、落ちこぼれのクルスを連れて行ったということに。その醜い感情をずっと押し殺していたが、キットはここで遂に爆発させてしまう。

「……」

 その心を知ったリュートも、思わず何も言えなくなってしまう。するとそれに良くしたようにカールストンが突然笑いだした。

「ハハハハッ!それでいい!反逆者の言葉になど一切耳を貸すな!さぁ、さっさと反逆者を殺せ!!」

「……ッ!」

  カールストンが再び命令すると、キットとキッドは同時に動揺を露にした。例えリュートの手を跳ね除けても、リュートを殺すとなれば話は別だ。やはり動けな い二人にカールストンは痺れを切らし、怒鳴り声を上げようとする。けれどその前に、それ以上にリッシュ草原に轟音が響いた。

「グゴォォォォッォォ!!!!」

 それと同時に轟く奇声。明らかに人間のものではなかった。

「な、何だ!?」

「あそこだ!!」

 いち早く気づいたヒースの声に、そこにいた誰もがその轟音と奇声の正体を見やる。そこには帝国騎士団の後ろに、いつの間に現れたのか獅子の姿を持つ巨体な魔獣があった。

「あれは……<グナー>……」

 マリーアが恐ろしさを込めてその魔獣の名前を呟いた。それは人間が敵わないとされる数体の魔獣のうちの一体。
 獅子の姿をした<グナー>だった。