Mystisea

〜想いの果てに〜



七章 歩みだす世界


12 精霊魔術









 <グナー>に向かって走り出すリュートとマリーア。後ろからヒースとサラマンダーが援護するようにいつでも攻撃出来る態勢を取っている。対する<グナー>は自身に向かってくる二人を見ながら素早い動きで迎え撃とうとした。
「うわっ!?」

 間近で見る予想以上の素早さに思わずリュートは走りを止めた。するとその隣をマリーアが颯爽と駆け抜けていく。

「先生!」

  声を上げたのも束の間、すぐにマリーアと<グナー>は激突していた。<グナー>が激しく噛み付こうとするのをマリーアは横に避け、そのままその身体に蹴り の一撃を入れた。しかしその強烈な一撃も<グナー>に大しては効かず、僅かによろめかせるだけだ。すぐに<グナー>はマリーアに向かって足で蹴りかかっ た。ガードをしたものの、マリーアはその攻撃に後ろへと軽く吹き飛ぶ。そのまま<グナー>は追い討ちをかけるようにマリーアを追おうとした。

「させるか!」

  しかしそれよりも前に、リュートが後ろから<グナー>へ攻撃する。だがリュートの剣は僅かに<グナー>の身体に食い込むだけだった。そのことに驚きながら もリュートはすぐに剣を引こうとする。しかしその瞬間にも<グナー>はサラマンダーの時と同じように回転しながら尻尾でリュートを吹き飛ばした。そのまま 今度はマリーアでなくリュートを狙い動き始める。すぐにリュートの前に辿り着き、倒れているリュートを踏みつけようと<グナー>は前足を動かした。だがそ れがリュートに当たる前に、<グナー>の身体は吹き飛ばされる。

「サラマンダー!」

 それはサラマンダーが寸前に<グナー>へと体当たりしたからだった。<グナー>が倒れた隙にリュートも起き上がり態勢を整える。

「大丈夫!?リュート!」

 側にはマリーアも走ってきており、リュートの状態を確かめた。大した傷がないことにホッとしながらも、起き上がる<グナー>にすぐに注意を向ける。

「あれが<グナー>……こっちの攻撃が全然効いてないですよ」

「そうね……」

 マリーアの攻撃もリュートの攻撃も、<グナー>にとっては脅威ですらなかった。しかし初めに見た時より僅かにその体力が落ちていることも感じられる。それはやはりサラマンダーという精霊の力なのだろうか。

「すぐに次の攻撃が来るぞ!」

 ヒースが後ろから注意を促し、<グナー>を牽制するように魔術を放つ。それによりリュートとマリーアも気を引き締めて<グナー>に向かった。

 <グナー>はヒースの放つ魔術を軽く避けながら、今度はサラマンダーを標的に突進する。一瞬ともいえる間に縮まる二人の距離。リュートたちが気づいた時には<グナー>とサラマンダーが互いの身体を噛み付こうと必死に動いていた。

「速い……!」

「援護するわよ!」

「はい!」

 それを見てすぐに動き出す三人。リュートとマリーアはサラマンダーの下に走り出し、ヒースは後方から魔術を放つ。

「煌く炎の意志。刃となりて、黒き意志を貫け!」

 鋭利な刃を持った炎が<グナー>に向かう。それは<グナー>の身体に突き刺さり、勢いよくその場で燃え盛る。それにより僅かに怯む<グナー>。その瞬間を逃さず、サラマンダーは至近距離から渾身の炎を吐く。

「グガァァァァァッッ!!」

  奇声を上げ、動きを鈍らせていた。追い討ちをかけるように、リュートとマリーアも続いて<グナー>に攻撃を仕掛ける。剣を突き刺すように、拳を叩きつける ように。<グナー>の硬い身体も、サラマンダーの攻撃によって大分弱っていた。それは致命傷とはいかないまでも、ある程度のダメージを<グナー>に負わせ ることが出来た。

「やったか!?」

 倒れこむ<グナー>。その動きをリュートたちは注意深く見る。期待に眼を光らせるリュートであったが、そう思った次の瞬間には突然<グナー>の身体が淡い光を放っていた。その驚愕な出来事にリュートたちは揃って眼を見張る。

「な、何だよこれ……」

「傷が回復していく……」

 信じられないことに淡い光は<グナー>の傷を癒していく。それにより体力を戻すかのように<グナー>はゆっくりと立ち上がった。リュートたちはすぐにも引き下がり、<グナー>と距離を取る。そこでサラマンダーが何かを知っていたのか、今の出来事を簡単に説明した。

 ――あれは奴の能力だ。自らの身体に取り込んだ獲物の力を借りて自身の傷を癒す

「それって……!」

 ――そうだ。先ほどの人間たちを糧としている

  信じられないその能力にリュートは無意識に震えていた。先ほど<グナー>によって無残にも食われていた帝国第一騎士団。その力を借りて傷を癒しているな ど、そう簡単に信じられるものではない。しかし現に目の前に佇む<グナー>の身体はすでに回復していた。再びリュートたちを獲物として睨み、今にも動きそ うだ。

「ならば一気に息を止めるしかないということか……」

 それがどれだけ難しいことか分からないわけではない。しかしそれでもやらなければならなかった。リュートたちもまたすぐに迎撃の態勢に入り、<グナー>の動きに注意する。すると今度は突然<グナー>の身体の周囲になにやら魔方陣のようなものが巻きついていた。

「これは……」

「何かの魔法だ!」

 ヒースがそれをいち早く察知し、すぐに辺りを見回す。するとまだ遠くであるが、<グナー>のさらに向こうに小さな集団が見えた。







 ――数十分前。魔道師団の精鋭である一個小隊十人が、先頭の三人の男に連れられマール城を出発していた。彼らはすぐにリッシュ草原まで走り、危険な存在である魔獣<グナー>のもとに向かっていた。

「急げ!」

 一番先頭を走る翠髪の男。この中で唯一魔道士ではない者だった。焦りを見せるその男に向かい、ミラとラージュが少しだけ速度を遅くするように抗議する。

「しかし我々は貴方のように体力がありません!急ぐ気持ちは分かりますが彼らのことも考えてやってください!」

「だが……!」

「……なぜ焦っておいでなのですか?」

 珍しく焦燥感を募らせるその男が二人には珍しかった。よく知っている間柄ではないが、その男の性格をある程度分かっているつもりだ。

「嫌な予感がするんだ……」

「それはジル様の……?」

「あぁ」

 男は心の中でジルの言葉を思い出す。マールの人間でない男には、この魔導国家マールに住む人間で知っている者など極僅かだ。それこそジル、それにミラとラージュくらいなものだろう。だが、いてもおかしくはない者たちもいた。

「マリーア……あんたなのか……?」

 それは自分の命を救ってくれたともいえる男にとっての女神。一目惚れといっても過言ではない。出会ったばかりのその女性を守ると男は誓ったのだ。生徒たちを守るという彼女。その彼女を守ると、男は誓ったのだ。

「見えました、ヘルムート様!あれが……<グナー>……!」

 僅かにその存在を目視出来た所で彼らは一旦その歩みを止めた。大きな巨体を持ち、獅子の姿をしている<グナー>。その魔獣と相対しているのは――。

「マリーア……!」

 ヘルムートはその存在を焦がれるように小さく叫んだ。彼女たち反逆者が一人を除いて魔獣のいる海に落ちたことは聞いていた。けれどヘルムートはそれを信じることだけはしなかった。いつかまた、絶対に会える日が来ることを信じていたのだ。

「あれは……確か帝国の反逆者……」

「ラージュ」

「す、すみません……」

 一度任務でシューイのもとで彼らの捕縛を補佐したラージュにはすぐに分かった。けれどその言葉をヘルムートがたしなめる。

「俺はあいつらの加勢に行く。お前らはここで援護しろ」

「分かりました。お気をつけください、ヘルムート様」

 ヘルムートはすぐに<グナー>と戦うマリーアたちのもとに向かった。槍を携え、守ると誓った彼女のそばへ。

「ミラ様……」

 ラージュの言わんとしていることはミラにも分かる。しかしこれはジルが決めたことなのである。彼ら二人にとって、ジルの言葉こそが全てなのだ。当然の如く、それは帝国よりもだ。

「全く……あの方は……。我々の仕事は彼らの援護をすることだ!まずは<グナー>を弱体化させろ!標準、<グナー>!……撃て!!」

 そのミラの号令のもと、小隊の十人は素早く<グナー>の力を弱らせる魔法を放った。







  ヘルムートは<グナー>とマリーアたちのもとに全力で走っていく。しかしヘルムートが辿り着くより前に、頭上をミラたちの魔法が通り抜けていった。それが <グナー>の身体に当たるとその周囲に魔方陣が現れる。すると<グナー>はその場で悲鳴にも似た奇声を上げ、のた打ち回るようにじたばたしていた。

 突然のことに何が起こったのか分からずに動揺するマリーアたち。そしてヒースの声に十人ほどの集団を見つけ、それと同時にその方向からこちらに走ってくる男に眼がいった。

「あれは……まさか……!」

  マリーアはその男――ヘルムートを見て初めは幻なのではないかと思った。だがその幻はマリーアのもとに辿り着き、魔方陣の力で弱った<グナー>に一撃を入 れる。すると今までマリーアたちの攻撃が効いていなかったのが嘘のように、<グナー>は遠くへと吹き飛ばされる。それを確認してからその幻はマリーアに向 かい笑いかけた。

「……久しぶりだな、マリーア。怪我はないか?」

 その声を聞き、やっと幻は現実になった。自分でも気づかぬうちにマリーアは涙を一筋流す。

「ヘルムート……どうして……」

「マリーア……俺のために泣いてくれてるのか?」

「……ッ!?」

 その言葉に初めてマリーアは自分が涙を流していることに気づいた。慌てるようにその涙を拭いてから、少し怒ったようにけれど嬉しさの笑顔を見せる。

「……すまなかった。だが話は後だ。まず先にあいつを片付けないとな」

  ヘルムートはマリーアの笑顔に罪悪感を感じながらも、<グナー>を警戒するように視線を向けた。マリーアも聞きたいことはたくさんあったが、まずはその言 葉に頷きを見せる。<グナー>の身体に巻きつくように絡まっている魔方陣が描かれた帯状の何か。何の魔法かは分からないが、魔導師団が放ったものは確実に <グナー>の力を弱めていた。

「グギュァァァァァ!」

 <グナー>はそのまま立ち上がり、射殺すようにヘルムートたちを睨みつける。その視線に僅かに竦みながらも、リュートは剣を手に持つ力を強めた。

「いけるか?」

「はい!」

 ヘルムートの言葉にリュートは力強く答える。その返事に満足しながらヘルムートも<グナー>に視線を向けた。<グナー>は今にもこちらへ向かってきそうな勢いだ。そう思ったと同時、<グナー>はその身体を動かした。

「来るぞ!」

  突進してくる<グナー>。まずその目的は新たに現れたヘルムートだった。近くから見ていたリュートとマリーアには、その<グナー>の素早さが先ほどから明 らかに遅くなっていることが分かる。もちろんその攻撃を避けることも出来たが、そうせずにヘルムートは槍を使いながら受け止めた。そのまま<グナー>と離 さないように力を強める。その隙を見逃さず、すぐにリュートとマリーアは横から<グナー>に攻撃を入れる。

「グガァッ!」

 今までほとんど効かなかった二人の攻撃は、目に見えるほどに見違い<グナー>の身体に傷をつけた。赤黒い血が傷跡からドクドクと流れている。

「効いてる……!」

「えぇ。これならいけるわ!」

  すでに弱りきった<グナー>を目の前に、リュートたちは勝利を確信した。そのまま二撃目を繰り出し、後ろを確認する。するとそこにはヒースが魔力を溜め て、何かを待つ様子があった。それを見たリュートたちは最後にもう一度攻撃をしながら、その場から素早く下がる。ヘルムートもいなくなった今<グナー>は 自由になるが、すでに蓄積されたダメージが身体の自由を奪わせていた。

 ――やるぞ、ヒース

「……」

  身動きが出来ない<グナー>を前に、サラマンダーはヒースへと呼びかけた。その声にヒースは黙って頷く。そしてヒースが前に溜めた魔力の中に、サラマン ダーはその身体を小さくしながら溶けるように一緒になった。その瞬間、その魔力は溢れるように大きくなり、その色を輝かせる。それを感じながらも、ヒース は<グナー>に向けて詠唱を始める。

「掲げ、灼熱なる炎。燃えろ、永久に輝く炎。そして焦がせ、永遠なる炎よ!その金色の炎を以って……滅せよ!」

 ヒースの手から溢れる見たこともない黄金色の炎が<グナー>の身体を燃やし尽くす。


 それは上級魔術を超えた魔術

 精霊と力を合わせた、精霊魔術