Mystisea
〜想いの果てに〜
七章 歩みだす世界
14 導王ジル
あらかたの顛末を話し終えたヘルムートはマリーアから視線を外さなかった。
「それじゃ貴方は今ジル様のとこに……?」
「あぁ。心配かけて悪かった……」
ヘルムートが無事であったことに、マリーアは涙を隠せない。
「……ホントね。死んだとばかり思ってた……。殺したのは私なのにね」
「それは違う!俺が自分で選んだ道なんだ」
それだけはハッキリと言えた。ヘルムートは何をしてもマリーアたちを逃がしたかった。そういう意味でいえば、ヘルムートはアイーダに勝ったともいえるのだ。
「だけど……生きていて良かった……」
「マリーア……」
それはマリーアの偽りない本音だ。それがヘルムートにも分かり、嬉しさのあまりにマリーアを抱き締めた。
「ちょっ……!ヘルムート!!」
「悪い……。少しだけこうさせてくれ……」
「ヘルムート……」
直に触れた胸からヘルムートの想いがマリーアにも伝わってくる。いつもならばすぐに引き離すはずなのに、今だけはマリーアも少しヘルムートの自由にさせていた。
「……ヘルムート様」
どれくらいの間そうしていたのだろうか。いつまでもそのままでいるわけにもいかず、無粋であると分かりつつもミラがヘルムートに声を掛ける。
「あぁ……」
ヘルムートもそれに頷き、名残惜しそうにしながらマリーアから離れた。そしてそのままマリーアたちに向かい口を開く。
「マリーア、一緒にマール城へ来ないか?」
「え……?」
「心配するな。ジル殿ならお前たちを悪いようにはしない。俺が保証するさ」
ヘルムートには確信があった。ジルはここでマリーアたちが<グナー>と戦っているのを知っていたのだ。それを助けに行かせたということは、マリーアたちを悪いようにはしないだろう。
「……それは好都合だわ。私たちもちょうどマール城へ行くとこだったの」
「……そうか」
予想していたマリーアの言葉を聞き、ヘルムートは安心して笑みを浮かべた。そしてすぐにミラにもそれを確認する。
「ならばすぐにでも出発しましょう。<グナー>にやられた帝国騎士の傷が心配です。一刻も早く城で治療する必要があるでしょう」
ミラは少し離れた場所に倒れているキッドに視線を向けた。キッドの周りには回復魔法をかける魔道士の姿があり、それをキットとリュートが心配そうに見つめ
ている。しかし彼らは回復を専門とする魔道士ではないために、ただの応急処置程度にしかならなかった。本格的な治療をするには城にいる回復魔道士の治療を
受ける必要があるのだ。
「キッド……」
マリーアもまた、キッドの無事を祈るように視線を向けた。これ以上自分の生徒が死んでしまうのを見たくはないのだ。亡くなった一人の生徒を思い浮かべながら、マリーアは気を強く持つ。
そしてキッドの応急処置を終えてから、すぐにでも全員がマール城へと足を向けていった。
城下町であるマールの聖都セインツを通りながらマール城へと向かうリュートたち。魔導師団の団長と副団長が先頭に立ちながら、後ろに並ぶ魔道士と見知らぬ
人物。それが今世界中で噂されている反逆者だと気づく者もいれば、そうでない者もいた。街の人々はそんな彼らを不審に思いながら見つめている。
「着きました。ここが魔導国家マールの王、導王ジルが住まうマール城です」
目の前にがっしりと地に立つマール城は、帝国のアルスタール城ほどにはいかずとも、十分立派な建物であることは分かった。門番の兵士がミラを確認すると、すぐにその扉を開ける。そこからミラは中へと進み、リュートたちもその後を追った。
城の中に入るとすぐに広いホールがあり、そこにある幾つもの扉からいろんな所へ繋がっているのが分かる。
「すぐに帝国騎士の少年を医務室へ連れて行け。マリーア殿たちは私に続いてください。ジル様のもとへ案内します」
「分かりました」
ミラの命令にキッドを抱えていた魔道士がすぐに医務室に向かう。ずっとその側で不安な顔をしていたキットも迷わずにその後を着いていった。思わずリュートはその背中に声を掛ける。
「……キット!」
「リュート……」
一旦後ろを振り返るキット。何を言いたかったのかも分からなかったリュートは、無難な言葉だけを残す。
「……俺も後で様子を見に行くから」
「……あぁ」
泣きそうな顔をしながら無理に笑おうとするキットの顔が、リュートは真正面から見れなかった。そしてキットはすぐにキッドの後を追いかける。ミラたちもすでに先に歩いていたようで、リュートも慌ててその後を追った。
マール城の最奥に位置する魔導の間。そこに唯一の玉座があり、そしてそこに座る資格を持つ者こそが、この国の王である導王ジルなのだ。
ミラとラージュがゆっくりとその扉を開け、ヘルムートたちを先に中へと促す。四人がその中へと歩いていき、玉座と一定の距離を保ったまま止まる。そこで玉座に座る導王ジルを見て、その正体にリュートだけが驚いて声を上げた。
「嘘だろ……!?」
「よく来たな、反逆者マリーアとその生徒たち」
ミラとラージュがジルの両側に付き従うように並び、ジルは悪戯が成功したような笑みを浮かべてリュートたちを出迎えた。
その姿はとても齢百を超えたとも思えぬ姿で、まだ十歳くらいの少女にしか思えなかった。そしてその姿を、リュートたちはここに来る前に二度見た記憶もある。
「やはり貴女でしたか……。これまでの数々の無礼、お許しください」
ミストの森へ行く前に、月影の神殿に行く前に、二度に渡り助言をくれた謎の少女。彼女こそがこの国の王だったのだ。僅かに予想していたマリーアは、すぐにそれまでの非礼を詫びた。
「何じゃ……驚いたのは少年一人か。つまらんのぅ……」
三人の顔を見渡すジルであったが、驚いた顔をしているのはリュートだけだ。マリーアは予想通りであったが、ヒースなんかはここでも無表情を貫いている。驚いているのかどうかすらも分からない。
「ど、どういうことですか……!?君が……導王ジル……?」
まだこの状況を全て理解しきっていないリュートは混乱したままだ。そんなリュートにジルは愛らしい笑みをリュートに返した。
「そうじゃ。私がこの魔導国家マールの王、導王ジル。この姿は魔法によるものじゃ。……改めて挨拶しようか。よく来たな、マリーア=ホーネット、リュート=セルティン、そしてヒースよ。私はお前たちを歓迎するぞ」
その言葉が友好的なものであることは、その場にいる誰もが分かった。そしてその言葉の意味に驚く者もいれば、予想していたように平然とする者もいた。
マリーアもまた分かってはいたけれど、確認するようにジルに尋ねる。
「それは私たちを反逆者として迎え入れたわけではないということですか?」
「そうじゃ。お前たちを反逆者とするなら、とっくに捕まえて帝国に渡している。だがワシはそうはしなかった」
「それはいったい何故なんですか?失礼ですがジル様の言葉は私たちを匿うと仰られてるようにしか聞こえません。しかしそれは帝国を敵に回すということなのではありませんか?」
「私も正直納得できません!いくらジル様とて、いきなりこのようなことを……!」
マリーアの疑問に便乗するように口を開いたのはジルの部下でもあるラージュだった。そんなラージュにミラが睨みを聞かせると、ビクッとしたように口を閉じ
る。しかし顔では納得していないことは明らかだった。普段から帝国に逆らうなと言い続けたのはジルとミラなのだ。それが急に逆らうという選択を取られれば
戸惑うのも無理はないだろう。
「帝国を敵に回すか……。確かにそうなるかもしれぬな。だが、そのためにお前たちはここへ来たのではないのか?」
ジルは全てを見透かすような眼でマリーアを見つめた。思わずその視線にマリーアは動揺してしまう。
「どうしてそれを……」
「少し考えれば分かる」
確かにそうでもなければ、一度捕まったことがあるこの地に二度と来る気にはならなかっただろう。それを簡単に分かってしまうジルを改めて凄い人間なのだと思えた。
「それじゃそろそろ話を進めようじゃねぇか。マリーア、お前たちの話はどういうことなんだ?」
なかなか話が進まないヘルムートは、それを進めるために横から口を挟む。ヘルムートにもこれからの話が自分に無関係ではないのだとすでに分かっているのだろう。
「……ならば正式に話をさせて貰います。私たちは南の自治都市セクツィアの使者として、ジル様にお願いがあって参りました」
マリーアは自治都市セクツィアの妖精族の使者としてジルの前に立つ。ジルもまたその言葉に驚きを見せず、魔導国家マールの王として相対した。
「先
日の帝国のセクツィアへの侵攻の一件、すでにご存知ではありましょう。あれを機にセクツィアは正式に帝国と敵対することを決意しました。それにより魔導国
家マールには、自治都市セクツィアとの同盟を結んでいただくべく参上致しました。来る時には妖精族と手を組んで、帝国と戦って欲しいのです。それが妖精族
の族長ムークと私マリーア=ホーネットの願いであります」
その言葉に魔導の間には少しの静寂が訪れる。ジルは予想していた内容に少しだけ陰りを浮かべていた。
「今になって妖精族との共闘か……。それは確かに彼らも望んでいるのじゃな?」
「はい。それぞれの族長全ての同意は得ています」
「そうか……。族長ムーク……確かエルフの者だったか。覚えがあるな……」
ジルは何かを考え込むように口を閉じた。マリーアは少しだけ不安になりながらも、ジルが口を開くのを待つ。
「ジル様……迷われているのですか?」
主が気になったミラが思わず声をかけてしまう。
「迷うか……そういうわけではない。ただ……」
ジルはまだ気になっていることがあった。そしてそれをマリーアたちは知っているのだろう。それを知るためにもジルは再び口を開いた。
「今の帝国に対して確かに私等は不信を抱いている。昔に比べればアルスタール皇帝も変わった気配もあろう。その理由をお前たちは知っているのか?」
「……知っています」
「それは宰相アイーダが原因なのか?」
「……!?知っていたのですか!?」
確信を持ったジルの言葉に驚いたのはマリーアだった。
「怪しいと思うくらいにじゃがな。して、奴は何者なのだ」
「……アイーダの正体は今では伝承とまでなった魔族なのです」
「魔族だと!?」
その言葉にやはりマールの人間たちは驚きを見せ、その中で一番驚いたのはやはりヘルムートなのだろう。そして直に戦ったことのあるヘルムートが真っ先にその答えに納得していた。
「信じられぬのも無理はありません。しかしあの男が人間でないことだけは確かでしょう」
「信じていないわけではない。むしろ魔族だというなら、あいつが負けたことにも納得できよう」
ジルの憂いを帯びる言葉と表情に、マリーアはすぐに何を言いたいのか分かってしまった。
「ジル様……それはライルのことでしょうか……?」
「……」
ジルはその時だけ、導王としてのジルではなく一人の人間としてのジルだった。
「お前の話はよく聞かされたものだ。本当に一度でもいいから会ってみたかった。しかしまさかこんな形で出会うことになろうとはな……」
「私もジル様の話は聞かされていました。貴女に出会えたことに本当に感謝していたと……」
二人はライルを思い浮かべながら僅かに哀愁を漂わせた。しかし話の見えないリュートはライルがどんな風に関わっているのかが分からないでいる。
「先生、いったいどういうことなんですか……?」
「あぁ……リュートは知らないのよね」
「……?」
「ジル様とライルはね、親子なのよ」
「え……?本当ですか!?」
初めて知るその事実にリュートは驚きを隠せなかった。頭の中でライルとジルの共通点などを思い浮かべるが何も出てこない。そればかりかライルは魔法を使えなかったはずだ。頭の中で混乱していくリュートだったが、それに気づいたジルが助けるように口を開く。
「親子といっても血が繋がっているわけじゃない。子供の頃捨てられていたあいつをワシが拾ったのじゃ」
「捨てられたって……そういえばあの時ライル先生もそんなことを言ってたような……」
リュートは月影の神殿で見たライルの幻影を思い出しながら、確かにそんな言葉を聞いた記憶があった。
「お前のこともよく話に出ていたぞ」
「え……」
「一番手の掛かる生徒じゃとな」
「そんな……」
一瞬嬉しさに満ちた顔になったが、すぐに落胆した顔になった。その落差が話に聞いていた通りで、ジルは思わず笑ってしまう。同時にそんなリュートやマリーアを、ライルは命を懸けてまで守ったのだと改めて思った。
本当は最初から答えなど決まっていた。血は繋がってなくとも、確かにジルとライルは親子だった。それを否定する者は誰であろうとジルは許さない。そして親
馬鹿と言われようが、ジルはライルを愛していた。そのライルが愛した者たちを守ることこそ、ジルがすべきことでもあるのだ。
「……いいだろう。ムーク殿に伝えてくれ。私等魔導国家マールは貴殿らと共に帝国と戦うことをな」
「ジル様……!」
マリーアはジルの答えに頷きを見せ、喜びを露にした。
「本当にいいのですね?帝国の力はジル様もご存知のはず……」
ジルの気持ちを確認するようにミラもまた声を掛ける。
「お前たちには苦労をかけるな……」
「お気になさらずに。我等は貴女に従うまでです」
ジルが是と言えば是。否と言えば否。それがジルを主君と定めた時に決めたミラの決意でもあった。