Mystisea

〜想いの果てに〜



七章 歩みだす世界


15 キットの想い









「それでお前たちはこれからどうするのじゃ?」
 話が一段落付くと、ジルがこれからのことを聞いてきた。ジル個人の想いとしては、もう少しここに留まって話をしたいのが本音なのだ。しかしそうも言ってはいられないだろう。

「セクツィアには戻らず、このままレーシャン王国を目指します」

「やはりそうか……。しかし言いたくないが今やあの国の王は完全に帝国の言いなりじゃぞ」

「存じています。王族だけでなく、貴族ですら帝国の犬と成り下がっていましょう。それでも私たちは行かなければならないのです」

 マリーアの決意は本物で、ジルはその想いに打たれるようにこれ以上何も言えなかった。

「先生、そこまでレーシャン王国は危ないんですか?」

「危ないというわけではないわ。だけど、あそこを味方に付けるには少し難しいかもしれない……」

「そう、ですか……」

「だが味方に付けなくては帝国に勝てはしないだろう。あそこの王国騎士団も帝国騎士団に匹敵する強さを持つと聞いている」

 ヒースが事実を述べるように口を開くが、その言葉には何故だかそうしなければならないという強さがあった。弱気になりそうな時も、いつもヒースの言葉が強気にさせてくれることがある。いろんな意味でマリーアはヒースに感謝していた。

「ここからレーシャン王国までは長いじゃろう。必要な物はこちらで用意する。しばらくはここで休むがいい」

「ありがとうございます。それではお言葉に甘えさせていただきます」

「ありがとうございます!」

 マリーアたちは礼を述べると、ミラとラージュが部屋へと案内するべく歩き出した。それに着いていこうとする三人であったが、僅かにジルがマリーアを呼び止める。

「マリーアよ、後で少し話をしようぞ。あいつのことについて聞きたいことがいっぱいあるのじゃ」

「……分かっています。私も昔のライルのことを知りたいです」

「……そうか」

 ジルは笑いながらマリーアと約束を交わしていた。ライルがアルスタール帝国に行ってからは数えるほどしか会っていないのだ。向こうにいる間のライルを知れる機会が出来て、ジルはその嬉しさに満足を覚えるほどだった。







 
 与えられた部屋に案内された後、リュートはすぐにミラに医務室の場所を聞いて向かった。不安な気持ちを抑えながらも、そこに辿り着くとゆっくりとその扉を開ける。

「リュート……?」

 そこにはベッドに横たわるキッドとそれを心配そうに見守るキットの姿だけがあった。入ってきたリュートに気づき、キットが振り向いてその姿を確認する。

「キッドは……?」

 医務室の中にゆっくりと入りながら、二人のもとへと歩いていく。キッドは未だ気を失っているようで、少なくとも最悪の事態は免れたようだ。

「多分大丈夫だって……。明日には眼が覚めるみたい……」

「そっか……。なら良かった……」

 リュートはキッドが無事なことに安心して胸を撫で下ろす。しかしその言葉にキットは苛立って口を荒げた。

「良いわけないだろ!キッドは俺を庇って怪我したんだ!本当ならここで倒れてるのは俺のはずなんだよ……!なのに何でキッドが……!」

「キット……」

 キットが今一番怒りを向けているのはリュートでも<グナー>でもない。何も出来なかった自分なのだ。キットはただ悔しそうに俯き、リュートはそんな姿を見守ることしか出来なかった。

「いつだって俺たちはずっと一緒だったんだ……。生まれた時からずっと……ずっと……死ぬ時でさえ一緒なんだって誓ったのに……」

「……」

「キッドが目の前で倒れた時、本当に世界が真暗になったんだ……。こんなとこでキッドを失うって思ったら凄い怖くなって……どうしたらいいか分からなかった……。ただキッドの名前を呼ぶことしか出来なかった……」

 眼を瞑れば今でもあの瞬間が浮かび上がる。その度にキットは恐怖し、半身を失うのを恐れてしまう。身体が震えそうになるのを必死で抑えていると、その肩にリュートが優しく手を乗せた。

「届いてたよ。キットの声はちゃんとキッドに届いてた。だからキッドは無事だったんだ」

「リュート……ありがとう……」

 そのまま二人とも口を開かず、ただ時間だけが少しずつ過ぎていった。相変わらずキッドが眼を覚ます気配はなく、恐らくキットはキッドが目覚めるまでここにいるだろう。

 無言の空気の中で、リュートはキットにこれからのことを尋ねる。

「なぁ、キット……お前はこれからどうするんだ……?」

  カールストンの部隊に配属されていた二人だったが、もはや二人以外の帝国騎士は<グナー>にやられてしまっている。それを報告する義務もあったが、さすが のキットもこのまま簡単に帝国に帰れるとは思ってない。アイーダが魔族だということも、騎士団が非道な行為を繰り返していることも知ってしまったのだ。

「分からない……俺にはどうしたらいいか分からない……。昔っからキッドがいないと何にも出来ないんだよ」

「キット……」

「ずっとそうだった……。士官学校に入るのだって、騎士になるのだって、全部最初にキッドが決めたんだ。俺はその後をついてっただけなんだよ……」

 キットは昔を思い出して、自嘲するように呟いた。ずっと兄であるキッドの後をついていくだけで、自分で何一つ決めようとしてこなかった。リュートはキットの言葉が半ば信じられず、思わず詰問してしまう。

「それでいいのか……?それじゃもしキッドが帝国に戻るって言ったらお前も戻るのかよ!?」

「キッドがそう言うなら……」

「そんなのおかしいだろ!いくら双子っていっても、本当にいつまでも二人でいられるわけないじゃないか……!別々の道を行く時が来たらどうすんだよ!」

  リュートには双子がどれほど心が繋がっているのか分からなかったが、全て同じ道を行くのはどうしてもおかしいとしか思えなかった。普段はキットの自発的な 悪戯に面倒ながらも加わっていたキッド。しかしここぞの時はキッドの道を歩むキット。リュートは初めてそんな二人の本当の関係に迫った気がした。

「別々の道なんて来ないさ!俺たちはずっと……死ぬまで一緒だって誓ったんだ!お前には俺の気持ちなんて分からないさ!」

「キット……!」

 キットだって何とかしなきゃいけないのは分かっている。それでもキットにはキッドが必要なのだ。

「だったらあの時の言葉は何だったんだよ!?リッシュ草原でお前が言った言葉が、お前の本当の気持ちなんじゃないのか!?」

「それは……!」

「あの時の言葉は確かにお前の意思だったはずだ!キッドの後をついていく言葉なんかじゃなかった!」

 リュートの言葉にキットは何も言い返せなかった。キッド以外に出会った初めての友達がリュートなのだ。そのリュートについていきたかったという想いが確かにキットの中にはあった。

「キット、お前は帝国の本当の姿を知ってどう思った?」

「それは……」

「それを知ってもお前は帝国に戻りたいと思うのか?」

「そんなわけないだろ!俺だって今の帝国がおかしいって思ってる!」

 それは紛れもないキットの想いだ。けれどそれでもキッドが帝国に戻ると言うなら、キットはそれについていくのだろう。

「だったらキット……俺たちと一緒に行こう」

「リュート……」

「あの時は逃げるのに精一杯で城に戻ることも出来なかったんだ……。だけどみんなのことを少しも思わなかったわけじゃない!ずっと気になってはいたんだ……」

「何で……何でだよ……」

 キットはその手を素直に掴めないでいた。それはキッドのこともあったけど、理由はそれではない。一つだけ気になっていることがあったからだ。そしてそのことをキットは口にしてしまう。

「だったら何でガルドーは死んだんだ!?みんなお前が殺したって言っている!そんなの……そんなの嘘だよな……!?」

 ガルドーはお世辞にも友達と呼べる間柄ではなかっただろう。しかしそれでも同じチームの仲間であることに変わりはなかった。決して好きな相手と呼べるわけではなかったが、それでも嫌いなわけではないのだ。

「…そ…れは……」

 リュートはガルドーの名前を出されて大きな戸惑いを見せた。それはまだ自分の中でも解決してない出来事でもあるのだ。

「ガルドーはずっとお前を敵視していたけど……だからって死ぬことはなかったはずだ!」

「俺だってそう思ってる……」

「だったらどうして……!」

「仕方なかったんだ!!」

 キットの言葉を遮るように、リュートは大声を出した。その表情が余りにも辛そうで、キットも思わず黙ってしまう。

「あぁするしかなかったんだ……。ガルドーはアイーダによって魔獣にされかけていた……俺だって助けたいと思ったさ!……だけど、どうすることも出来なかった……。何よりあのガルドーが殺してくれって……!意地の塊だったあいつがだ……!」

「……そんな……」

「だから俺は……俺があいつを殺したんだ……」

 それは拭えようもない事実。どんな懺悔をしても消し去ることは出来ない事実だった。

「アイーダの…せいなのか……?」

「分からない……。ただあいつはガルドーがあいつに魂を売り渡したと言っていた……。だけどガルドーがそんなことをするなんて俺には思えない!」

「当たり前だ……プライドの高いあいつがそんなことするなんて……」

 ガルドーがそんな選択をするなんてリュートにもキットにも思えなかった。

「それじゃ殺したくて殺したんじゃないんだな……?」

「当たり前だ!そんなこと絶対にない!」

「そうか……ならいいんだ……」

 キットはホッと胸を撫で下ろした。やり切れない想いはあったが、リュートもまた辛い想いをしたのだろう。キットはそうせざるを得なかった原因のアイーダを許すわけにはいかなかった。

「俺は絶対にアイーダを許せない……。ライル先生もギレイン様もあいつに殺された。ガルドーだってきっと……」

「あぁ、分かってる……」

「アイーダだけじゃない。今の帝国だってこのまま見ているわけにはいかないんだ。……だから俺は戦うって決めた」

「リュート……」

「お前がキッドの後を追うっていうならそれでいいんだ。だけどキット……お前はどうしたいんだ?」

「俺は……」

  キッドが目覚めたとしても、キッドなら帝国に戻ると言うことはないだろう。むしろ進んでリュートたちに力を貸すかもしれない。そうすればキットも一緒に リュートたちと行くのだろう。しかしそれではキッドの後を追うことから何も変わりはしないのだ。だからこそ、キットにとって今が自分を変える瞬間でもあっ た。

「俺は……リュート、お前と一緒に行くよ……」

「キット……」

「キッドが決めた道を行くんじゃない……。俺は俺の決めた道を行く……。誓いは今も変わらないけど、それでも俺は変われるよな……」

「……当たり前じゃないか。お前はお前だよ」

 それはキットが決意した揺ぎ無い想いだ。誰にも変えられないその想いを携えて、キットはリュートたちと一緒に行くことを決めた。その決意に後悔だけはしないと誓って。
「ありがとう、リュート……」