Mystisea
〜想いの果てに〜
八章 遠き道のり
01 レーシャンという王国
マール城に滞在してから数日。リュートたちは遂に出立することになった。本来なら一日でも早く発ちたかったが、ここまで時間をかけたのはキッドの治療を優先してのことだった。
キットがリュートと共に行くと決意した後、キッドにもその話をしたら快く承諾したのだ。そのことにマリーアも嬉しがり、キッドの傷が癒えるまでマール城に滞在していたのだった。
「名残惜しいの……」
マール城の城門にてジルがリュートたちを見送りに来ていた。数日の間だったが、マリーアとは思った以上に打ち解けている。それも二人の間にライルという人物がいたからなのだろう。マリーアも同じ気持ちになりながらジルに別れの挨拶をする。
「お世話になりました。ジル様に出会えて本当に嬉しかったです」
「それはこっちのセリフじゃ……。お前みたいな娘、ライルにはもったいなかったの」
「そんなこと……」
それこそマリーアの言葉なのだと思った。ライルと恋人同士ではあったが、自分が彼に相応しいとはいつも思えなかったのだ。ライルのことを思い出しそうになりながらも、それを抑えてマリーアはこの数日姿が見えなかった人物について尋ねようとした。
「それよりジル様、彼はいったい……」
その言葉にジルはいち早く気づき、すぐに答える。
「ヘルムートか……あいつにも考えることがあるのだろう。だが、きっとあいつはお前さんの力になるはずじゃ。信じてやってくれ」
「それは分かっています……」
「ならいいのじゃ。あいつもまたライルに負けぬほどの男じゃぞ」
ジルは最後だけからかうようにマリーアを見た。当の本人はジルの言葉が冗談なのか本気なのかも分からず、少しだけ困ったように笑っている。
「……それでは私たちはもう行きます」
「あぁ……」
「ジル様、ありがとうございました」
「ありがとうございました!」
マリーアに習うように、リュートたちも揃ってジルに向かって頭を下げた。そんなリュートたちの様子をジルはただ微笑んで見守るだけだ。
やがてキットとキッドを加えたマリーアたち五人が聖都セインツを出発していった。
大怪我を負ったキッドを心配するようにキットは尋ねる。その心配性にキッドは思わず苦笑を漏らしてしまう。
「大丈夫だって。そんな心配するなよ。もうほとんど癒えてるんだから」
「けど……」
キットの中では未だにあの時の罪悪感は消えていない。それはキッドも薄々と感じ取っていた。
「キッドが大丈夫って言ってるんだから大丈夫だよ。そんな心配したらキッドも困るって」
見かねたリュートが助け舟を出すように口を開いた。しかしその内心ではもちろんキッドのことを心配している。
「リュート……分かったよ」
キットは渋々といった感じで了承した。それに対してキッドは笑いながら目でリュートに感謝の視線を送る。リュートも同じようにそれをキッドに返した。その些細なやり取りが少しだけ昔に戻ったようでリュートは懐かしく思えて笑ってしまう。
「だけど傷口が開くこともあるんだから、痛くなったら無理しないで言ってね」
最後にマリーアがそれだけを残し、三人ともがその言葉に頷いて終わる。
その様子を関心のなさそうに見ているのがヒースだ。ヒースにとって二人はまだ特別な存在ではない。ただ単純にこれからの旅に二人が加わるのと、二人はセリアやレイみたいなリュートにとって大切な友達なのだろうということだ。
そう思っていると、ヒースは一番最初に前方に佇む人物に気がついた。
「あれは……」
その声でリュートたちも同じようにそのよく知る人物に気づく。
「ヘルムートさん!」
真っ先に声をあげて呼んだのはリュートだ。駆け寄る五人に対し、ヘルムートは呑気に答える。
「やっぱここで待ってたら会えたか」
いつのもの笑顔を浮かべながらリュートたちを見回す。そこにキットとキッドがいても、驚いた顔一つしないのはすでに知っていたからなのだろう。
「ヘルムート!貴方いったい……!」
「何だ?俺がいなくて寂しかったか?」
詰問するようにマリーアが口を開くので、ヘルムートはふざけてそれに返した。しかしすぐにマリーアが怒っていく雰囲気を察知し、慌てて真面目な顔になる。
「っと……悪い悪い……」
「ヘルムート……何を考えているの?」
マール城でいくら探しても会えなかったヘルムート。明らかにマリーアたちを避けていたのだ。お礼も言えないまま別れることにマリーアは幾分ヘルムートへと怒りがあった。
「俺もいろいろと考えることがあってな……」
マリーアの怒りも尤もだと思っていたが、ヘルムートにも譲れない想いがある。
「けど、こうしてここで待っててくれてたってことは俺たちと一緒に来てくれるんですよね!?」
リュートが嬉々とした表情でヘルムートに尋ねる。それに対してヘルムートは苦笑しながらもマリーアを見た。
「そうだな……。次はレーシャン王国へ行くんだったか」
「えぇ……」
「……お前たち、本当にレーシャン王国が味方に付くと思っているのか?」
ヘルムートの声音は真剣で、それは決して冗談から出たものではない。その言葉の意味にリュートたちは疑問符を浮かべるが、その真意にマリーアだけは気づく。
「そんなの分からないじゃないですか!今は帝国に従ってますけど、アイーダのことを知ったらちゃんと……!」
「……そう簡単にいけばいいけどな。……マリーア、あんたはどう思う?」
「そうね……。もしかしたら無理かもしれない」
「先生!?」
マリーアの弱気な発言にリュートは驚いて大声を上げてしまう。
「これでも俺はレーシャン王国の生まれだ。だからこそあの国がセクツィアやマールに手を貸すとは思えない。その意味が分かるだろう?」
「分かるわ。あの国の王族や貴族はどうしようもない人間ばっか。強いものには媚を売って、弱いものには侮蔑の視線を見せる。当然、アルスタール帝国に逆らおうなんて微塵も思っていないかもしれない」
その言葉に何も知らなかったリュートはショックを受けた。その旅路は困難かもしれないが、当然のようにレーシャン王国も魔導国家マールのように味方になってくれると思っていたのだ。
「その通りさ。そんな国をどうやって味方に付けようって言うんだ?」
「……だけどセクツィアとマールだけで帝国と王国に勝てるとは思えない。……やってみないと分からないわ」
「……無駄だ。あんただってあの国王たちを知ってるだろう?」
知っていながらも諦めようとしないマリーアをヘルムートは諭そうとする。しかしそのマリーアはヘルムートの気持ちを知ってか知らずか、思いがけないことを口にした。
「えぇ。でもね、微かな期待もあるわ」
「期待……?」
「そう……。腐った王族の中でも一人だけ異質とも呼ばれた人がいるわ」
「……」
「五年前に国を捨てたといわれるレーシャン王国の第二王子……」
マリーアは真剣な瞳でヘルムートのそれを見つめる。その視線が自分の全てを見透かされているようでヘルムートは僅かに動揺した。
「……それのどこが期待だっていうんだ。そいつのことなら俺だって聞いたことはある。単に国を捨てて逃げた弱虫だろう?」
「とぼけないで!」
捲くし立てるようにその王子の悪口を口にするヘルムートだったが、マリーアのその声にピタリと止めた。そして僅かに切なげな眼でマリーアを見つめる。
「……一度だけその王子を見たことがあるわ。だからこそ、初めて貴方に会った時から気になっていた」
「……」
「ヘルムート……ヘルムート=ラスカーク=レーシャン。貴方が国を捨てた王国の王子なんでしょう?」
それは確信に満ちたマリーアの言葉だった。